聖夜の宣言から俺へのクラスメイトの対応はがらっと変わった。
みんな挨拶してくれる。にやにやしてはいるけど親しみのこもった目で見てくれる。ちょっとした雑談を振ってくれる。
クラスのグループラインにも入れてもらえた。ろくに話したこともない、派手目の女子にだ。「返事とかなしでいいし、基本みんな既読だけだから」とかどうとか。
――こんなことってあるんだ……
俺自身はなにも変わってない。なのに、聖夜の友達というだけでみんなから一目置かれるのは正直むずがゆい。……俺にいやがらせをしてきたやつだっているわけだし。
ちなみにたっくんとの仲は相変わらずだ。聖夜の宣言はあちこちでみんなが話しているので――たぶん、ほかのクラスにも伝わっていると思う――彼もだれかから聞いただろうけどそれについても特にリアクションはなかった。
もう俺に愛想を尽かしてしまったのかもしれない。そう思うとさびしかったけど、話しかけてもろくに返事をしてもらえない、ラインも既読スルーという状況ではどうしようもなかった。
「聖夜、がんばれよ」
「綿辺くんもまたねー」
放課後、伊藤や人気のある女子たちに手を振られながら俺たちは教室をでる。こんなの生まれて初めてだ。
なんか付き合い立ての公認カップルみたいだな、と思ってからいやいやいやと否定した。
聖夜はそりゃ男でも好きになりそうなくらいかっこいいけど、この『好き』はそういうんじゃないし。聖夜だって……。
「そういや聖夜の誕生日ってやっぱクリスマスなの?」
部室についたあと、ふと気になって尋ねてみる。
今日はここでテスト勉強することになっていた。自習室でもいいけど、聖夜に教えてもらうので周りを気にせず話ができるこっちのほうが都合がいい。
「そうだよ。クリスマスイブ」
「なんかロマンチックだな」
「よく言われる」教科書を鞄から取りだしながら聖夜は苦笑して、「いいことばかりじゃないけどね。クリスマスプレゼントと誕生日プレゼント一緒に渡されるし」
「え、そうなの? 別々じゃなくて?」
「そっちのほうが用意するの楽だからね」
「でもそれって手抜きだよな。――決めた。俺、聖夜の誕生日にはちゃんとふたつ贈るよ」
「……ん」聖夜はくすぐったそうに笑う。目を細めてから、からかうように俺を見てきた。
「それってさ、夏稀、イブにデートしようって誘ってくれてる?」
「で、デートじゃなくて……ふつうに……」
「俺も夏稀へのプレゼント考えておかなくちゃ。そのまえに誕生日だね。七月十二日だったよね?」
「うん――」とうなずいてから、「あれ、聖夜に教えたっけ?」と俺は首をひねった。聖夜は微笑する。
「XのIDに入ってるだろ。0712って。てっきり自分の誕生日だと思ったんだけど」
「あ、そっか。うん。それであってる」
「なにかほしいものある?」
「んー……急に言われると困るけど……ゲーム用の指サックとか」
「もっと高いものでいいよ?」
「だ、ダメに決まってるだろ。指サックも安いものでいいから」
「……そう」なぜか聖夜は残念顔。「夏稀のためならいくらでもだすんだけどな……」
聖夜の冗談ってたまに不思議だ。
「まず数学からはじめようか。今回の範囲だけど……」と聖夜が教科書を開くのを見ながら、俺は彼にXのアカウントを教えたかふと疑問に思った。
Xは公式の情報を追いかけるためにしか使っていない。交流用や発信用ではないので、だれかに積極的に教えたりはしていなかった。リアルの知り合いで相互になっているのもたっくんくらい。
――たっくんから聞いたのかな……?
それも不思議な話ではあったけど、まあいいかと俺は特に気にしなかった。見られて恥ずかしいというか、見られることも特につぶやいてないアカウントだったから。
……ほんとうは、もっと追求するべきだったんだろうけど。
聖夜の教え方は先生よりわかりやすい。するする頭に入ってくる。
勉強がすこし進んだところで部室のドアが開き、鳥見橋先輩が顔を見せた。
「あれ? もしかしてテス勉してる?」
「自習室だと声出せないんで」
「俺もたまには真面目に勉強するかなー」と言いながら先輩は俺の横に座る。遠慮がないので腕が俺の腕にぶつかって、ぴく、とそれを見た聖夜の眉が動いた。
「……先輩、よかったらこちらへどうぞ」
「ん? いいよべつに、こっちで」
「ひとりのほうが広くていいでしょう?」
聖夜は教科書や筆記道具を持って立ちあがる。鳥見橋先輩はなにか探るようにその顔を見て、「……はいよ」と席を移動した。
俺の隣にきた聖夜は教科書を広げて俺に見せながら、さっき鳥見橋先輩がぶつかったところを手で払ってくる。さりげなく。
「……? 聖夜、なに?」
「なんでもないよ。ここの公式だけどね……」
「あー、そういやさ」
鳥見橋先輩がのんびりした声で割って入ってきた。「いまさ、新田と夏の大会前に合宿しようって話でてんの。あいつの親戚が旅館やってるから安く泊めてもらえるんだって。夏休みに一泊二日で、どう?」
「ゲーム合宿ってことですか?」
「聖夜も入ったことだしさ」
そんなの絶対楽しい。
新田先輩はちょっと厳しくて鳥見橋先輩はこの通りつかみどころのないひとだけど、長時間一緒にいても苦にならない。聖夜はもちろん。たっくんだって……
「……あ」
たっくんと気まずいんだった。いま。
「なんか予定入ってる?」
「それは大丈夫だと思うんですけど……いま、たっくんと気まずくて」
「え、なにそれ?」
俺はこのまえのことを先輩に話す。その間聖夜は手持ち無沙汰そうに教科書をめくっていて申しわけなかったけど、先輩に報告しないわけにもいかない。
「……ふうん」と話を聞き終えた鳥見橋先輩は意味ありげにうなずいた。もしかして、心当たりある?
「先輩はなんでかわかるんですか?」
「うん。だって拓虎って、夏稀のこと大好きじゃん」
「へ?」
「それからは自分で考えろよー。じゃあ俺、めずらしく家帰って真面目に自習するから」
「めずらしくって自分で言わないでくださいよ……」
先輩はひらひら手を振りながら部室をでていく。
「なんか謎深まったんだけど……?」と聖夜に言うと、彼は「そうだね」と教科書を見下ろしたまま答えた。
ってか話長くなっちゃってごめん、と俺は謝る。
「そんなの気にしてないよ。――それより、夏稀」
「ん?」
彼はソファに置いた俺の手の上に自分の手を重ねてきた。いったいなにを言いだされるのかとどきっとしたら、
「俺も夏稀のこと、ナツって呼びたい。遊佐くんはそう呼んでたよね?」
「……あ、なんだ。そんなことか」
「そんなことって?」
「なんか告白でもされるのかと……」
「……俺はいま、告白するのと同じくらい緊張してるけど?」
「またそういうこと言って」
べつにいいよ、と俺は笑って答える。「聖夜なら。好きに呼んで」
「……うん。ありがとう」
ほっとしたように聖夜は微笑む。
あだ名呼びをオッケーされたくらいでこんなふうに笑ってくれるなんてとか思うと、いじらしくてなんでもしてやりたくなる。
「……話変わるけどさ。聖夜って洗濯自分でやってるんだよな? ほかの家事は?」
「掃除はやるよ。料理もほんとうはやらなきゃいけないんだけど、どうしてもできなくて。家では冷凍の弁当ばっかり」
……あんまり一般的な家庭環境じゃないみたいだ。
聖夜の家族って――と思わず考えこんでいると、「俺、いま一人暮らしなんだ」と聖夜が言ってきた。
「え!? 一人暮らしって……マジで!?」
「みんなには教えてないんだけどね。親がいなくて気楽だからって溜まり場にされたくないし」
「それ……すごく大変じゃないか?」
「慣れるよ」
やっぱりなにか複雑な事情がありそうだ。それにどこまで俺が踏みこんでいいかわからないけど……。
「……じゃあ、さ。聖夜がいやじゃなければなんだけど」
断られたらどうしよう。どきどきしながら俺は提案してみる。
「今度――なにか、料理作りにいこうか?」

