今日、初めて日直当番がまわってきた。
名簿順、ふたりずつでやる。
もうひとりの当番は、佐久間 妃菜子さん。
おれと同じ名字のひと。
日直なんて、簡単単純なことしかしないけれど、ちょい面倒と言えば面倒。
学級日誌を書くことと黒板消しに加えて、授業前後の起立、礼、の号令かけをやらなくてはならない。
中学のとき、号令かけは学級委員の仕事だったのに、この学校では、日直の仕事になっている。
朝、登校するなり、佐久間さんがおれの席にやってきた。
「おはよう、佐久間くん」
「おはよう」
口をきくのは、初めてだ。
佐久間さんもおれ同様眼鏡をかけている。背丈は、ほぼ同じくらい。
ちょっと茶色がかった長い髪はくせ毛なのだろう、ゆるやかにウェーブを描き、うなじでふたつに分けられている。
「日直のことなんだけど━━」
佐久間さんが、あせったように話し出す。
「あたし、あがり症だから、大きな声だすの怖くて……。黒板消しと日誌書きはあたしがやるから、佐久間くん、号令かけやってくれる?」
「全然大丈夫だよ」
「本当? ありがとう」
気安く受け合うと、佐久間さんは、ほっとしたようにその表情を和らげた。
「黒板消しは、一緒にやるよ。ふたりでやった方が早い」
「え……いいの?」
「全然、かまわないよ」
「ありがとう」
佐久間さんは、うれしそうに満面の笑みを見せてくれた。
「え、何が?」
突然、背後から割り込んできたのは、王太陽だった。
「おはよう。佐久間くんと佐久間さん」
王太陽のあいさつに、佐久間さんは、ビクッと肩を揺らし、頭を横に傾げてから、スササササッと足早に自分の席に戻っていった。
「今日の日直だよ。声だすの緊張するんだって。だから、号令かけは、おれの仕事になった」
「え? 号令かけ、毎回やるの?」
「まあ……」
「律が?」
「そう……」
「大変じゃね? それって!」
「……いや、それほど大変では」
「だったら、おれもやるって」
「は?」
「律が始まりの号令かけやって、終わりは、おれがやるよ」
「あ……そう?」
親切な王太陽のおかげで、仕事が半分になった。
親切は、それだけにとどまらなかった。
おれと佐久間さんが、思い切り手を伸ばしたり、ピョンピョン跳び跳ねるのを見て、不憫に思ったのだろう。
黒板消しまでやってくれた。
おれと佐久間さんは、揃って、王太陽に頭をヘコヘコ下げた。
「このくらい、いーって」
王太陽は、ニカッと笑った。
こいつ、いいヤツじゃん。
王太陽のさりげない優しさに、胸がじんわりあたたかくなった。
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
今日は弁当なしなので、おれは、購買に走った。
もみくちゃにされながらもパンをいくつかゲットして、教室に戻ってみると━━窓際の席の一番後ろに、ひとりポツンと座って、お弁当を食べている佐久間さんが目に入った。
あれ? と思った。
佐久間さんはいつも、四人くらいのグループで食べていたはずだ。
なんとなく気になって、彼女の近くに行った。
「今日は、ひとり?」
声をかけたら、佐久間さんが、ビクッと顔をあげた。
「めずらしいね、ひとりなんて」
「あ━━その……ほかのコは、学食行っちゃって……」
佐久間さんは、箸をもった手を口元にあて、モゴモゴ言った。
「あたし、学食、って苦手で……」
「どうして?」
「ひとが大勢いるところ、って、なんか怖いの……。教室にいるくらいの人数が、せいぜいで……」
「そうなんだ……」
ひとそれぞれ、苦手なものはあるだろう。
佐久間くん、とふいに、硬い口調で呼ばれた。
「悪いんだけど……一緒に、食べない……?」
「え?」
「なんか、ひとりで食べてるのも、怖くて……。へんな目で見られてたら、どうしよう、って……」
「あ……」
女の子にすがるようなまなざしで言われて、拒絶できる男は、いないだろう。
「……おれ、で、よければ……」
おれは、空いていた隣の席に腰かけた。
「ありがとう。なんか、ごめんね。いろいろと、厄介な人間で……」
「全然大丈夫」
ガチガチに肩に力が入っているらしい佐久間さんに、おれは、ちょっと笑ってみせた。
「じゃあ、おれは、ココ座っていい?」
そう言って、おれの前の席に座ったのは、王太陽だった。
おれは、声をださずに驚いた。
「━━っくり、した……」
「驚いた? わりぃわりぃ。佐久間さんも、ごめんね」
王太陽は、佐久間さんに謝ると、けどさ、とこっちを見て、つづけた。
「ふたりで食ってると、妙な噂たてられるぞ」
「……教室で、弁当食ってるだけで?」
「世間って、そうゆうもんだよ」
したり顔で、王太陽は言った。
結局、佐久間さんのことを気にかけた友人たちが早めに戻ってくるまで、おれたちは、三人で食事をとった。
妙な三人組に見られてるだろうなあとは思ったけれど、案の定、あとで、あっくんに、妙な三人でメシ食ってたな、と言われた。
やがて、本日の授業のすべてが終わり、無事放課後となった。
「今日は、本当にありがとう」
書き終えた学級日誌を胸に抱えて、佐久間さんは、おれと王太陽それぞれに頭を下げた。
「また一緒に日直やろーね」
王太陽が言って、佐久間さんは、うれしそうに頷いて、教室から出ていった。
「また三人で日直やるの?」
「その方がラクだろ?」
「まあね」
おれは、素直に応えた。
「じゃあ、マック行こうぜ」
「え、今日って、バレー部のはずじゃ……」
「まだ出してない、入部届け。水泳部は出したけど」
「……じゃあ、行くか、マックに」
王太陽が、おれの背中をたたく。
ふたり並んで、教室から出ていった。
名簿順、ふたりずつでやる。
もうひとりの当番は、佐久間 妃菜子さん。
おれと同じ名字のひと。
日直なんて、簡単単純なことしかしないけれど、ちょい面倒と言えば面倒。
学級日誌を書くことと黒板消しに加えて、授業前後の起立、礼、の号令かけをやらなくてはならない。
中学のとき、号令かけは学級委員の仕事だったのに、この学校では、日直の仕事になっている。
朝、登校するなり、佐久間さんがおれの席にやってきた。
「おはよう、佐久間くん」
「おはよう」
口をきくのは、初めてだ。
佐久間さんもおれ同様眼鏡をかけている。背丈は、ほぼ同じくらい。
ちょっと茶色がかった長い髪はくせ毛なのだろう、ゆるやかにウェーブを描き、うなじでふたつに分けられている。
「日直のことなんだけど━━」
佐久間さんが、あせったように話し出す。
「あたし、あがり症だから、大きな声だすの怖くて……。黒板消しと日誌書きはあたしがやるから、佐久間くん、号令かけやってくれる?」
「全然大丈夫だよ」
「本当? ありがとう」
気安く受け合うと、佐久間さんは、ほっとしたようにその表情を和らげた。
「黒板消しは、一緒にやるよ。ふたりでやった方が早い」
「え……いいの?」
「全然、かまわないよ」
「ありがとう」
佐久間さんは、うれしそうに満面の笑みを見せてくれた。
「え、何が?」
突然、背後から割り込んできたのは、王太陽だった。
「おはよう。佐久間くんと佐久間さん」
王太陽のあいさつに、佐久間さんは、ビクッと肩を揺らし、頭を横に傾げてから、スササササッと足早に自分の席に戻っていった。
「今日の日直だよ。声だすの緊張するんだって。だから、号令かけは、おれの仕事になった」
「え? 号令かけ、毎回やるの?」
「まあ……」
「律が?」
「そう……」
「大変じゃね? それって!」
「……いや、それほど大変では」
「だったら、おれもやるって」
「は?」
「律が始まりの号令かけやって、終わりは、おれがやるよ」
「あ……そう?」
親切な王太陽のおかげで、仕事が半分になった。
親切は、それだけにとどまらなかった。
おれと佐久間さんが、思い切り手を伸ばしたり、ピョンピョン跳び跳ねるのを見て、不憫に思ったのだろう。
黒板消しまでやってくれた。
おれと佐久間さんは、揃って、王太陽に頭をヘコヘコ下げた。
「このくらい、いーって」
王太陽は、ニカッと笑った。
こいつ、いいヤツじゃん。
王太陽のさりげない優しさに、胸がじんわりあたたかくなった。
午前中の授業が終わり、昼休みになった。
今日は弁当なしなので、おれは、購買に走った。
もみくちゃにされながらもパンをいくつかゲットして、教室に戻ってみると━━窓際の席の一番後ろに、ひとりポツンと座って、お弁当を食べている佐久間さんが目に入った。
あれ? と思った。
佐久間さんはいつも、四人くらいのグループで食べていたはずだ。
なんとなく気になって、彼女の近くに行った。
「今日は、ひとり?」
声をかけたら、佐久間さんが、ビクッと顔をあげた。
「めずらしいね、ひとりなんて」
「あ━━その……ほかのコは、学食行っちゃって……」
佐久間さんは、箸をもった手を口元にあて、モゴモゴ言った。
「あたし、学食、って苦手で……」
「どうして?」
「ひとが大勢いるところ、って、なんか怖いの……。教室にいるくらいの人数が、せいぜいで……」
「そうなんだ……」
ひとそれぞれ、苦手なものはあるだろう。
佐久間くん、とふいに、硬い口調で呼ばれた。
「悪いんだけど……一緒に、食べない……?」
「え?」
「なんか、ひとりで食べてるのも、怖くて……。へんな目で見られてたら、どうしよう、って……」
「あ……」
女の子にすがるようなまなざしで言われて、拒絶できる男は、いないだろう。
「……おれ、で、よければ……」
おれは、空いていた隣の席に腰かけた。
「ありがとう。なんか、ごめんね。いろいろと、厄介な人間で……」
「全然大丈夫」
ガチガチに肩に力が入っているらしい佐久間さんに、おれは、ちょっと笑ってみせた。
「じゃあ、おれは、ココ座っていい?」
そう言って、おれの前の席に座ったのは、王太陽だった。
おれは、声をださずに驚いた。
「━━っくり、した……」
「驚いた? わりぃわりぃ。佐久間さんも、ごめんね」
王太陽は、佐久間さんに謝ると、けどさ、とこっちを見て、つづけた。
「ふたりで食ってると、妙な噂たてられるぞ」
「……教室で、弁当食ってるだけで?」
「世間って、そうゆうもんだよ」
したり顔で、王太陽は言った。
結局、佐久間さんのことを気にかけた友人たちが早めに戻ってくるまで、おれたちは、三人で食事をとった。
妙な三人組に見られてるだろうなあとは思ったけれど、案の定、あとで、あっくんに、妙な三人でメシ食ってたな、と言われた。
やがて、本日の授業のすべてが終わり、無事放課後となった。
「今日は、本当にありがとう」
書き終えた学級日誌を胸に抱えて、佐久間さんは、おれと王太陽それぞれに頭を下げた。
「また一緒に日直やろーね」
王太陽が言って、佐久間さんは、うれしそうに頷いて、教室から出ていった。
「また三人で日直やるの?」
「その方がラクだろ?」
「まあね」
おれは、素直に応えた。
「じゃあ、マック行こうぜ」
「え、今日って、バレー部のはずじゃ……」
「まだ出してない、入部届け。水泳部は出したけど」
「……じゃあ、行くか、マックに」
王太陽が、おれの背中をたたく。
ふたり並んで、教室から出ていった。
