遥と出会ったのは伊達が小学生のとき。
朝、伊達は一人電車に揺られ学校へ向かっていた。
その途中に気がついた。ドアの隅に独りで俯きがちに泣いてる子がいる。
手で涙を拭う様子をみて、黙っている事ができず、伊達は声を掛けた。
「どうしたの?」
「……」
「……どこか痛いの?」
「…」
僅かにその子の頭が動いた。
「転んだ?…どこが痛いか教えて」
伊達は屈んで目線を合わせる。
「…」
お腹を押さえる仕草をしたので、手を引いて空いている席を探した。
次の駅に着いて、立ち上がる大人と入れ替わるように「座ろ」とその子の手を引いた。
伊達は手すりにつかまり、座るその子の前に立った。
「いたい?」
「うん…」
「薬ある?」
「……」
「…次で、降りようか」
ゆっくりと頷いた後も目を濡らし、その子は俯いた。
その背中を手でさすり伊達は「大丈夫だよ」と言った。
◆
数日が過ぎ、伊達は今日も電車に揺られていた。
あの日、降りた先で駅員さんにあの子を引き渡して別れた。
その後あの子を見かけることはなかった。
きっと大丈夫だったんだろう。
そう思った後、伊達の頭に泣いていたあの子の顔がよぎった。
伊達が車窓から流れる景色を見ていると、ふいに服を引っ張られる感覚がした。
見ると、あの時の子がまっすぐ伊達を見ていた。
「あ、この前の」
その子は視線を僅かにずらした後、掴んだ服を放さず言った。
「あの、この前は…ありがとう」
「ううん、もう良くなった?」
前回と違い、やや強張っているけれど泣いてはいない。
どうやらお礼を言いにわざわざ来てくれたらしい、その子を見て伊達は笑顔になった。
それから、学校に行くまでの移動時間を、遥と電車の中で過ごした。
流行ってるゲームの話、仲のいい友だちの事、好きな食べ物、嫌いなもの、とにかく沢山お喋りして和気あいあいと楽しかった。
その楽しい時間もあっという間だった。
中学に上がると、電車通学ではなくなってしまう。
何度もその事を遥に伝えようとして、言えずに帰る。そんな日が続いた。
伝えることが、なかなか出来ずに時が過ぎる。
そしてとうとう前日になった。
「遥…」
「なに?」
「…あのな、明日でこの電車、もう乗らないんだ」
何度も練習しただけあり、すんなりと口にする事が出来た。が、伊達はなんとも言えない表情になる。
遥は、まだ理解出来ていないようだった。
それきり、お互い押し黙り、別れた。
次の日。今日で会えなくなる。
遥は伊達の腕を掴んだまま、離さないでいる。
ぎゅっと掴む遥の手を見て、伊達は言った。
「また会お」
「…ぃっ」
「…遥?」
「…」
「手紙かくから、それで決めよ」
「…」
「やだ?」
「…」
口を真一文字に結び、遥は最後まで黙っていた。
伊達は、自分の住所を書いた紙を、遥のポケットに入れた。
電車を降りるギリギリまで伊達を放さなかった遥を振り返る。
ドア越しに見えた遥に手を振る。
いつも会える空間がなくなってしまった。
ふつふつと実感が湧いてきた。
遠ざかっていく遥が見えなくなると、なんだか急に涙腺が緩んだ。
瞳が水槽になったみたいに、水の膜を張っていく。
ぼろぼろと溢れた涙が頬を滑り落ち、ぼたぼたと地面にシミをつくる。
プラットホームにいた周りの大人が狼狽していたのを覚えてる。
あんな頃もあったと、伊達はいまだに遥と別れるとき、偶に思い出す。
人目も憚らず泣いた記憶が恥ずかしくも懐かしく思えるようになってきた。
それからしばらくしても、遥からの連絡はなかった。
新しい環境に身を置いた伊達は、もう伊達の事など忘れてしまったんだろう、と思いながら中学生活を送った。
でも、郵便物を確認するとき、いつもどこかで遥の手紙を待っている自分がいた。
ある時、伊達のもとに一通の手紙が届いた。
差出人の名は無い。切手も貼られていない。
しかし開くと、遥からだとわかった。
朝、伊達は一人電車に揺られ学校へ向かっていた。
その途中に気がついた。ドアの隅に独りで俯きがちに泣いてる子がいる。
手で涙を拭う様子をみて、黙っている事ができず、伊達は声を掛けた。
「どうしたの?」
「……」
「……どこか痛いの?」
「…」
僅かにその子の頭が動いた。
「転んだ?…どこが痛いか教えて」
伊達は屈んで目線を合わせる。
「…」
お腹を押さえる仕草をしたので、手を引いて空いている席を探した。
次の駅に着いて、立ち上がる大人と入れ替わるように「座ろ」とその子の手を引いた。
伊達は手すりにつかまり、座るその子の前に立った。
「いたい?」
「うん…」
「薬ある?」
「……」
「…次で、降りようか」
ゆっくりと頷いた後も目を濡らし、その子は俯いた。
その背中を手でさすり伊達は「大丈夫だよ」と言った。
◆
数日が過ぎ、伊達は今日も電車に揺られていた。
あの日、降りた先で駅員さんにあの子を引き渡して別れた。
その後あの子を見かけることはなかった。
きっと大丈夫だったんだろう。
そう思った後、伊達の頭に泣いていたあの子の顔がよぎった。
伊達が車窓から流れる景色を見ていると、ふいに服を引っ張られる感覚がした。
見ると、あの時の子がまっすぐ伊達を見ていた。
「あ、この前の」
その子は視線を僅かにずらした後、掴んだ服を放さず言った。
「あの、この前は…ありがとう」
「ううん、もう良くなった?」
前回と違い、やや強張っているけれど泣いてはいない。
どうやらお礼を言いにわざわざ来てくれたらしい、その子を見て伊達は笑顔になった。
それから、学校に行くまでの移動時間を、遥と電車の中で過ごした。
流行ってるゲームの話、仲のいい友だちの事、好きな食べ物、嫌いなもの、とにかく沢山お喋りして和気あいあいと楽しかった。
その楽しい時間もあっという間だった。
中学に上がると、電車通学ではなくなってしまう。
何度もその事を遥に伝えようとして、言えずに帰る。そんな日が続いた。
伝えることが、なかなか出来ずに時が過ぎる。
そしてとうとう前日になった。
「遥…」
「なに?」
「…あのな、明日でこの電車、もう乗らないんだ」
何度も練習しただけあり、すんなりと口にする事が出来た。が、伊達はなんとも言えない表情になる。
遥は、まだ理解出来ていないようだった。
それきり、お互い押し黙り、別れた。
次の日。今日で会えなくなる。
遥は伊達の腕を掴んだまま、離さないでいる。
ぎゅっと掴む遥の手を見て、伊達は言った。
「また会お」
「…ぃっ」
「…遥?」
「…」
「手紙かくから、それで決めよ」
「…」
「やだ?」
「…」
口を真一文字に結び、遥は最後まで黙っていた。
伊達は、自分の住所を書いた紙を、遥のポケットに入れた。
電車を降りるギリギリまで伊達を放さなかった遥を振り返る。
ドア越しに見えた遥に手を振る。
いつも会える空間がなくなってしまった。
ふつふつと実感が湧いてきた。
遠ざかっていく遥が見えなくなると、なんだか急に涙腺が緩んだ。
瞳が水槽になったみたいに、水の膜を張っていく。
ぼろぼろと溢れた涙が頬を滑り落ち、ぼたぼたと地面にシミをつくる。
プラットホームにいた周りの大人が狼狽していたのを覚えてる。
あんな頃もあったと、伊達はいまだに遥と別れるとき、偶に思い出す。
人目も憚らず泣いた記憶が恥ずかしくも懐かしく思えるようになってきた。
それからしばらくしても、遥からの連絡はなかった。
新しい環境に身を置いた伊達は、もう伊達の事など忘れてしまったんだろう、と思いながら中学生活を送った。
でも、郵便物を確認するとき、いつもどこかで遥の手紙を待っている自分がいた。
ある時、伊達のもとに一通の手紙が届いた。
差出人の名は無い。切手も貼られていない。
しかし開くと、遥からだとわかった。
