Summer Blue ~君が残したシトラスの嘘と約束~




     

「……どんなけ見ても一緒やんけ」

部屋の床には服の山。
その前でそらはうなだれていた。


数日前、そらは勇気を振り絞って啓太朗を誘った。

「啓太朗さん、もしよかったらなんですけど、
休みの日かバイト終わりにどっか遊びに行きませんか?」

送信ボタンを押す指が少しだけ震えていた。
既読がつくまでの数秒がやけに長く感じる。
そらが啓太朗を誘うのはこれで二度目だ。
今回は前と違ってすぐに返事が返ってきた。

『二十三日、そらもシフト入ってたよな?
その日、終わったらどっか行こか』

画面越しの言葉に、そらの心は浮き足立った。
ベッドの上には、コンビニで買ったばかりのメンズファッション誌。
「夏のデートコーデ集」なんていう見出しに惹かれて、
思わずレジに持っていったものだ。
モデルが着こなす淡いブルーのシャツ。ゆるいシルエットのパンツ。
爽やかで、おしゃれで……。
どれも自分には程遠かった。

「……無いもんは、無い」

ため息まじりにつぶやいて、床に突っ伏す。
何回クローゼットを開けても、
手持ちの服はほとんどTシャツとジャージばかり。
それなのに、何度も開け閉めしてしまう自分が情けない。

(……必死すぎやろ俺。
でもしゃーないやん。かっこよくみられたいって思ってまうやん)

全身を服の中にうずめたまま、
足をジタバタさせて悶えていた、そのとき。
ガチャリとノックもなく、そらの部屋のドアが開いた。

「なにしてんのー?」

「あっ、涼。勝手に入ってくんなや!」

「うわ、めっちゃ服散らかしとるやん。
てかそれ雑誌? お前が? まじで?」

 涼は心底驚いて、そのあとケタケタ笑った。

「うっさい! 笑いすぎや。
今ちょっと……めっちゃ悩んどるんやから!」

「はいはい。何の服選びやの?」

「明日の。啓太朗さんと……一緒にご飯行くから」

そらが小声で言うと、涼の手がピタッと止まった。

「え、デート?」

「ちゃうちゃう! そんなんちゃう!」

「ふーん……」

「でも、二十三日そらもシフト入ってるよなって!
シフト覚えとってくれてたんよ」

「……ほぉ」

ぱたん。雑誌を閉じた涼は、止まったまま動かない。

「涼?」

「……いや、なんかさ」

不意に、彼の声のトーンが少しだけ変わった。

「……あんま鵜呑みにすんなよ。喜んでるとこ悪いけどさ」

そらの胸が、ひゅっと縮む。嫌な予感が走った。

「別に昔の話やし、ただの噂やけどな。
ちょっと、お姉(ねえ)からいろいろ聞いて……」

涼はフウっと息を吐いて、ぽりぽりと後頭部をかいた。

「……姉ちゃん?」

「うん。上のお姉なんやけど、実は黒川さんと同級生やってんよ」

「えっ、そうやっけ?」

「中学、同じやってんて。
小学校は違うらしいけど。お姉が言うには……」

少し間を置いて、涼は真面目な顔になった。

「あの人、けっこう有名やったって」

「有名って……どんな?」

「……まぁ、あれよ。遊び人?みたいな」

「……へえ……」

そらの浮かれた気分がすこしずつ沈んでいく。

「お姉が言うには全然長続きせえへんかったって。
短い期間でとっかえひっかえよ」

「……そっか」

「でな、これもただの噂話なんやけど──」

涼は少し言いづらそうに言葉を探した。

「中学のときな、一瞬だけ噂が立ったことがあったらしい。
男と手つないどったって」

「──えっ」

そらが思わず声を漏らす。

「うん、ほんまに一瞬やったって。
でもその直後にな、黒川さん、顔に怪我して学校来たことあったんやって。
しかも結構ひどめの。
何があったんかは誰も聞かへんかったけど、周りはざわついとったらしい」

「……」

「その後はすぐに、また彼女作ってたらしいし、
めっちゃ賢い高校受かったから、噂なんてすぐ消えたみたいやけどな」

「……じゃあ、その手つないでたって男の人は……?」

「分からん。誰も名前も顔も知らんらしい。
もしかしたら、ただの誤解かもしれん。
でもお姉は、あの時だけはなんか、
いつもとちゃう空気やったって言っとった」

部屋の中が、静まりかえる。
扇風機の風が、そらの髪をふわっと揺らした。

「だからな。お前が喜ぶ気持ちも分かるけど……
ちゃんと考えたほうがええかもしれんぞ。
遊ぶだけ遊んで捨てられんように気ぃつけな。
まぁ昔の話やから、今は真面目になっとるかもしれんけどな」

「…………」

「……って、いらんこと言うたな、俺」

そう言って、涼は立ち上がった。
そらはまだ、目を伏せたまま床の服をぎゅっと握っている。

するとそらの膝に「おい、これ」と言って何かがポイポイ投げられる。

「このTシャツの上に、
そこのシャツ羽織って下はこのパンツ履いとけ。
……それでバランス取れて、おしゃれに見えるやろ」

「えっ……」

「ほれ、時間かかりすぎ。ほなな」

涼は手をひらひら振って、さっさと部屋を出ていった。
そらは呆気に取られて、手元の服を見つめる。

──なんやねん、あいつ……。

つぶやきながら並べてみると、
白のTシャツに青のストライプシャツ。
下は黒のテーパードパンツ。
シンプルなのに、ちゃんとおしゃれに見える。
というか、雑誌で見たどのコーデよりもしっくりきていた。

「──涼!」

廊下を歩いていた背中が、少しだけ振り向く。

「……ありがとな」

涼は「はぁ?」とだけ返した。

「……さっきの話、本人から聞いたわけちゃうし、
聞かへんかったことにする。
でも、教えてくれて……ありがと」

その言葉に「……おまえ真っ直ぐすぎやで」とだけ言って、
涼はまた背を向けた。
部屋に戻って、涼に言われたコーディネートを丁寧に畳む。

(……。めっちゃオシャレやん、
この組み合わせ……。あいつ、何もんなん?)

「……ぐだぐだ考えてもしゃーないし、とりあえず明日に備えよ」

そらはスマホのアラームをセットして、ベッドにもぐりこんだ。

(明日会える……)

それだけで、うれしくて。眠れそうで、眠れない夜がはじまった。