余命2年の初恋泥棒聖女は、同い年になった年下勇者に溺愛される。

黄色く色付くポプラの木々が、右に左に小さく揺れている。
天気は快晴。雲一つない穏やかな昼下がりだ。
しかしながら、漂う雰囲気は途方もなく侘しい。

わたくしは祈りを解いて、そっと視線を上向かせた。
そこには白い柱のようなモニュメントが建っている。
これは慰霊碑だ。
魔王に命を奪われた人々を祀ると共に、悲しみの記憶を後世に伝える役割を担っている。

そう。ここはユーリが生まれ育った村ポップバーグ。
式を間近に控えたわたくし達は、追悼と結婚のご報告のためにこの地を訪れていた。

「ありがとうございます。父もさぞ喜んでいることと思います」

小柄でふくよかな男性が声をかけてくる。年齢は三十歳前後。
人好きのする笑顔は、彼のお父様を自然と思い起こさせてくれる。

フレディ・ペンバートン様。
前領主であるオスカー・ペンバートン様の次男で、現在はポップバーグの領主をお務めになっている。

そんなフレディ様の背後には、ポップバーグの全景が広がっている。
ここは小高い丘の上にあって、村を一望することが出来るのだ。

けれど、懐かしさはあまり感じない。
その景観はわたくし達の知るものとは大きく異なっていたから。
畑や牧草地の面積も、立ち並ぶ家々の数も十年前の比ではない。
その発展ぶりは、もはや町に近いと感じた。

あの惨劇をバネにされたのね。
決して闇に屈しない、彼らの死を無駄にしない、そんな熱い思いが伝わってくるようだわ。

わたくしは、彼らのことを心から尊敬した。
でも、ユーリはどうにも受け入れがたいみたい。
村に入ってからというものずっと暗い表情をしている。
きっとまだ心の整理がついていないのね。
ここに来るのにはまだ早かったのかも。
ごめんなさいね、ユーリ。

「それでは私はこれで。邸にてお待ちしております」

去り際、フレディ様が茶目っ気たっぷりにウインクをしてきた。
そう。彼はわたくしの企みを知っているから。
苦笑しつつフレディ様の背中を見送る。

「エラ」

ユーリが腕を差し出してくる。
わたくしは笑顔で応え、その逞しい腕に掴まった。

冷たい風がわたくしの深緑色のドレスを撫でていく。
フリルはスカートの裾にほんの少しだけ。
形状もハイネックタイプで露出も抑えた。

ユーリは言うまでもなく白い軍服姿だ。
勇者となったユーリを見て、ご両親は、かつてのお仲間は何を思うのだろう。

「どこに行くんですか?」
「ふふっ、内緒よ」

やれやれと首を振るユーリを愛でながら、ちらりと背後に目を向ける。
二十歩ほど離れたところにレイとビルの姿があった。
端的に言えば、彼らは護衛役だ。
ありがたいことにポップバーグに行くと言ったら率先して付いてきてくれた。

レイは相変わらずの黒の革製のジャケット、パンツ、ブーツスタイル。
ビルも以前のような、チュニック&パンツのとてもカジュアルな格好をしている。

共に笑顔こそ浮かべていないものの、纏う雰囲気は穏やかであるように思う。
静かに受け止めているのね。
過去も、やりきれない思いの数々も。

「……やっぱりな」

目的地に着くなりユーリは深い溜息をついた。
ここはユーリがわたくしにプロポーズをしてくれた場所だ。
左手には家畜小屋、右手には牧草地が広がっている。
従業員の方の姿はなく、牛の鳴き声だけがのんびりゆったりとこだましていた。

「ねえ、貴方はどうしてわたくしを選んでくれたの?」
「……言わなきゃダメですか?」
「ダメね。絶対にダメよ」

嬉々として求めると、ユーリはわたくしの視線から逃れるように放牧柵に手をついた。
わたくしもその後に続いて、横からじっと覗き込む。
『逃がしませんわよ』と、そう言わんばかりに。

「……端的に言えば、一目惚れでした」

観念したのか、ユーリがぽつりぽつりと語り出した。
やはりどうにも気恥ずかしいのか、顔を俯かせている。
まぁ、わたくしの方が十センチほど小さいから丸見えなのだけれど。

「貴方は本当に綺麗だった。目も、髪も、纏う雰囲気まで全部」
「まぁ! 本当に?」
「ええ。気付けば俺は貴方の虜に。心を奪われていました」

直後、「もぉ~~~」と牛の鳴き声が響き渡った。
至ってマイペースで、わたくし達にはまるで興味がないみたい。

ユーリが不満げに舌を鳴らす。
台無しだと、そう思っているのだろう。
ふふっ、まだまだ青いわね。

「……だけど、貴方はただの綺麗なだけの人ではなかった。ご自分の信念を貫くためなら、死すら厭わない。そんな強くて儚い人だと知りました。だから、守りたいと思った。貴方自身も、その信念も」

すべてが繋がった。
数々の努力も、大いなる矛盾の訳も。

「ご納得いただけましたか?」
「ええ。とっても」
「では、貴方は? どうして俺を選んでくれたんですか?」
「言わなくてはダメ?」
「ダメです。絶対にダメだ」
「まぁ?」

一頻り笑い合った後で、思いを整理していく。
嘘をつくつもりはない。単純な準備不足だ。
問い返されるなんて夢にも思っていなかったから。

「決め手はやっぱり……不屈の精神でしょうね」
「貴方らしいですね」
「初心なところも気に入ってる」
「そんなこと言っていいんですか? 後で泣きを見るのは貴方の方ですよ」
「そうそう! そういう負けず嫌いなところも好きよ」
「……言ったな?」
「きゃっ!」

ユーリが覆い被さってきた――と思ったら、次の瞬間には横抱きにされていた。
有無を言わさずクルクルと回されていく。

「きゃーー!! おろしてーー!!」
「嫌です」
「もう!」

ケラケラと笑い合う内に、徐々に減速していった。
ピタリと止まるのと同時に、どちらともなくキスをする。

主導権を握ったのはユーリの方だった。
わたくしの唇を啄んで、目尻や頬にも甘いキスを落としていく。
わたくしはただされるがままだ。
このままでは暴かれてしまう。何もかも全部。
でも、構わない。貴方にならわたくしは――。

熱い吐息を絡ませながら至近距離で見つめ合う。
金色がかった栗色の瞳が――挑発的でもあり、悪戯っぽくもある瞳がわたくしを甘く蕩かしていく。

「こんなの序の口です。覚悟しておいてくださいね」
「それは楽しみね」

形ばかりの強がりだ。ガタガタでボロボロで。
ほんの一押しで崩れ去ってしまった。
あとに残ったのは浅ましい女のわたくし。
目を閉じて彼を求める。もっと……もっと……と。

「……あら?」
「何か?」
「いえ……」

あっさりとおろされてしまった。
当のユーリはきょとんとしている。
悪意はまるで感じない。焦らしたわけではなさそう。
……ああ! なるほど! 気付かなかったのね。

「何笑ってるんですか?」
「別に?」

どうやら買い被り過ぎたようね。
やはり貴方はまだまだ青い。
まぁ、そんなところもまた愛おしいのだけれど。

「……バカにしてますよね?」
「愛でているの間違いよ」
「……くそ」
「むくれないで。ささっ、領主様のお屋敷に参りましょう」

ユーリの腕を引いて歩いていく。
ひんやりと冷たかったはずの秋風が、今は何だか心地いい。