「治癒術師のお仕事はどう?」
「え~? 何ですかいきなり」
「とっても興味があるの。どうか教えて」
ミラは行き場を失ったハンカチを胸に当てつつ、「ん~」と首を捻る。
「そうですね……。めっちゃ大変だけど、やりがいはありますよ」
「まぁ? どんなところが?」
「当たり前ですけど、痛いのも苦しいのもしんどいじゃないですか。それを笑顔に変えられるのが、すごく嬉しくて。昔はほら……苦しむみんなのことを、ただひたすら励ますことしか出来なかったから」
彼女には、治癒術師を志して挫折した過去がある。
励ますことしか出来なかった、というのは挫折~再起に至るまでの、冒険者時代に経験した出来事のことを言っているのだろう。
「ライフワークには?」
「そりゃしたいですよ。でも、無理。これでも一応フォーサイスの嫁ですから」
今のミラと、十年前のわたくしの姿が重なり合う。
夢を諦めかけていた、そんな過去の自分と。
大丈夫よ、ミラ。貴方の夢はわたくしが守るから。
「だけど、わたくしの頼みなら?」
「エレノア様の……?」
「『家庭には入らず、一人でも多く患者様をお救いしたい』そんなわたくしの夢もまた、舞台や本を通じて広く知れ渡っているのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「ならばこのハンカチは、治癒術師としての貴方を守る盾となるはずです」
わたくしはミラの手を、白いハンカチごと優しく包み込んだ。
ミラは困惑している。
けど、それと同じくらい期待もしてくれているのが分かった。
彼女の濃緑の瞳が爛々と輝いていたから。
「わたくしの夢を、このハンカチと共に貴方に託します。変わらず邁進して、一人でも多く患者様をお救いください」
「……っ、……はい……」
ミラの濃緑の瞳から大粒の涙が零れ出す。
そう。泣くほど嬉しいのね。
わたくしは愛おしさのなすままに、彼女をぎゅっと抱き締める。
彼女の体は変わらず小さくて、わたくしの胸の中にすっぽりと収まった。
三大勇者一族に嫁いでしまった以上、子を成す義務が免除されることはないでしょう。
それでも、過度に求められる事態は避けられるはず。
聖教の権威維持のため、一族繁栄を何よりも重んじるお父様がユーリとの結婚を――血筋由来の才を持たない男性との結婚を許すくらいですもの。
民衆の声は、フォーサイスとて無視出来るものではないはずよ。
「本当に……本当にありがとうございました」
ルイス様が深々と頭を下げた。
その肩は小さく震えている。
喜びと安堵と共に、無力感にも苛まれているような気がした。
私一人では、治癒術師としての彼女を守り切ることが出来なかった、と。
「わたくしがお力になれるのはここまでです。どうか、ミラのこと……よろしくお願い致します」
「心得ました」
とても力強いお返事だった。
心から愛していらっしゃるのね。
ミラのことを、その生き様も含めて。
ふふっ、『類は友を呼ぶ』とはよく言ったものね。
「ミラ」
「あっ、あい……っ」
「向こうで待っています。ですから、ちゃんと忘れずに返しに来てくださいね」
ミラはこくこくと頷いて応える。
言葉にならないみたいだ。
一層愛おしく思っていると、ざざっと石畳を滑るような音が聞こえてきた。
「すみません! 遅くなりました」
ユーリが一瞬にして姿を現す。
剣技の一種である颯か、風魔法を使って移動して来たのだろう。
今日の彼もまた馴染みの白の軍服姿だ。
凱旋パレードなのだからこれは当然としても、そろそろ別の装いも見てみたいわ。
今晩の舞踏会でならそれも叶うかしら?
肩を竦めつつ前に出て、ユーリに労いの言葉を送る。
「ご苦労様でした。間に合って良かったわ」
「まぁ……何とか……っ!」
顔を上げたユーリと目が合う。
彼の白い頬がぶわっと紅潮して、栗色の瞳もじんわりと蕩けていく。
ふふっ、何だかデジャブね。
「思い出しちゃった? エレノア様と初めて会った日のことを」
「ばっ!? なっ、何言ってんですか先生!」
泣きじゃくったままのミラに代わって、ビルが茶々を入れてきた。
ユーリはそれを受けて勢いよく顔を逸らす。
ああ、完全なる悪手だわ。
周囲の他の戦士の方々はおろか、従者の皆までもが頬を緩ませている。
対するユーリは悔しさからか、肩をぷるぷると震わせて。
可愛いけれど、ちょっと可哀そうになってきた。
「やっぱり、レイさんは来られないって?」
見兼ねた様子で、ルイス様が助け舟を出してくれる。お優しい方。
ユーリはありがたい! と言わんばかりに勢いよく食いつく。
「ああ。ったく……ほんっと頑固だよな」
なるほど。貴方はレイにパレードに出るよう、お願いをしに行ってくれていたのね。
レイは国を代表する魔術師でありながら、こういった公の場には一切顔を出さない。
異国人、スラム出身、元男娼であることを理由にして。
今となっては、ユーリと共に国を救った英雄の一人でもあるのだから、もっと堂々としていればいいのに……。
この分だと、結婚式にも出てもらえないかもしれない。
彼は叔父様の愛弟子で、わたくしから見れば従兄のような存在だ。
出来れば参加してもらいたいのだけれど、無理強いは良くないわよね。
「何だかんだ言って見に来ると思うよ。エレノア様とユーリの晴れ舞台だからね」
気休めとも取れるビルの励ましを背に受けながら、フロート車の二階を目指していく。
「え~? 何ですかいきなり」
「とっても興味があるの。どうか教えて」
ミラは行き場を失ったハンカチを胸に当てつつ、「ん~」と首を捻る。
「そうですね……。めっちゃ大変だけど、やりがいはありますよ」
「まぁ? どんなところが?」
「当たり前ですけど、痛いのも苦しいのもしんどいじゃないですか。それを笑顔に変えられるのが、すごく嬉しくて。昔はほら……苦しむみんなのことを、ただひたすら励ますことしか出来なかったから」
彼女には、治癒術師を志して挫折した過去がある。
励ますことしか出来なかった、というのは挫折~再起に至るまでの、冒険者時代に経験した出来事のことを言っているのだろう。
「ライフワークには?」
「そりゃしたいですよ。でも、無理。これでも一応フォーサイスの嫁ですから」
今のミラと、十年前のわたくしの姿が重なり合う。
夢を諦めかけていた、そんな過去の自分と。
大丈夫よ、ミラ。貴方の夢はわたくしが守るから。
「だけど、わたくしの頼みなら?」
「エレノア様の……?」
「『家庭には入らず、一人でも多く患者様をお救いしたい』そんなわたくしの夢もまた、舞台や本を通じて広く知れ渡っているのでしょう?」
「ええ、まぁ……」
「ならばこのハンカチは、治癒術師としての貴方を守る盾となるはずです」
わたくしはミラの手を、白いハンカチごと優しく包み込んだ。
ミラは困惑している。
けど、それと同じくらい期待もしてくれているのが分かった。
彼女の濃緑の瞳が爛々と輝いていたから。
「わたくしの夢を、このハンカチと共に貴方に託します。変わらず邁進して、一人でも多く患者様をお救いください」
「……っ、……はい……」
ミラの濃緑の瞳から大粒の涙が零れ出す。
そう。泣くほど嬉しいのね。
わたくしは愛おしさのなすままに、彼女をぎゅっと抱き締める。
彼女の体は変わらず小さくて、わたくしの胸の中にすっぽりと収まった。
三大勇者一族に嫁いでしまった以上、子を成す義務が免除されることはないでしょう。
それでも、過度に求められる事態は避けられるはず。
聖教の権威維持のため、一族繁栄を何よりも重んじるお父様がユーリとの結婚を――血筋由来の才を持たない男性との結婚を許すくらいですもの。
民衆の声は、フォーサイスとて無視出来るものではないはずよ。
「本当に……本当にありがとうございました」
ルイス様が深々と頭を下げた。
その肩は小さく震えている。
喜びと安堵と共に、無力感にも苛まれているような気がした。
私一人では、治癒術師としての彼女を守り切ることが出来なかった、と。
「わたくしがお力になれるのはここまでです。どうか、ミラのこと……よろしくお願い致します」
「心得ました」
とても力強いお返事だった。
心から愛していらっしゃるのね。
ミラのことを、その生き様も含めて。
ふふっ、『類は友を呼ぶ』とはよく言ったものね。
「ミラ」
「あっ、あい……っ」
「向こうで待っています。ですから、ちゃんと忘れずに返しに来てくださいね」
ミラはこくこくと頷いて応える。
言葉にならないみたいだ。
一層愛おしく思っていると、ざざっと石畳を滑るような音が聞こえてきた。
「すみません! 遅くなりました」
ユーリが一瞬にして姿を現す。
剣技の一種である颯か、風魔法を使って移動して来たのだろう。
今日の彼もまた馴染みの白の軍服姿だ。
凱旋パレードなのだからこれは当然としても、そろそろ別の装いも見てみたいわ。
今晩の舞踏会でならそれも叶うかしら?
肩を竦めつつ前に出て、ユーリに労いの言葉を送る。
「ご苦労様でした。間に合って良かったわ」
「まぁ……何とか……っ!」
顔を上げたユーリと目が合う。
彼の白い頬がぶわっと紅潮して、栗色の瞳もじんわりと蕩けていく。
ふふっ、何だかデジャブね。
「思い出しちゃった? エレノア様と初めて会った日のことを」
「ばっ!? なっ、何言ってんですか先生!」
泣きじゃくったままのミラに代わって、ビルが茶々を入れてきた。
ユーリはそれを受けて勢いよく顔を逸らす。
ああ、完全なる悪手だわ。
周囲の他の戦士の方々はおろか、従者の皆までもが頬を緩ませている。
対するユーリは悔しさからか、肩をぷるぷると震わせて。
可愛いけれど、ちょっと可哀そうになってきた。
「やっぱり、レイさんは来られないって?」
見兼ねた様子で、ルイス様が助け舟を出してくれる。お優しい方。
ユーリはありがたい! と言わんばかりに勢いよく食いつく。
「ああ。ったく……ほんっと頑固だよな」
なるほど。貴方はレイにパレードに出るよう、お願いをしに行ってくれていたのね。
レイは国を代表する魔術師でありながら、こういった公の場には一切顔を出さない。
異国人、スラム出身、元男娼であることを理由にして。
今となっては、ユーリと共に国を救った英雄の一人でもあるのだから、もっと堂々としていればいいのに……。
この分だと、結婚式にも出てもらえないかもしれない。
彼は叔父様の愛弟子で、わたくしから見れば従兄のような存在だ。
出来れば参加してもらいたいのだけれど、無理強いは良くないわよね。
「何だかんだ言って見に来ると思うよ。エレノア様とユーリの晴れ舞台だからね」
気休めとも取れるビルの励ましを背に受けながら、フロート車の二階を目指していく。
