「おい、何だその目は。この俺に何か言いたいことでも――っ!? こっ、こら! 何をする!」
「ふふっ、悪いようにはしませんわ」
セオお兄様の腕を引いてバルコニーを目指す。
お兄様の腕はユーリのものとは違って細く、しっとりとしていた。
同じ男性でもこうも違うものかとしみじみと思う。
「……もういいだろ。離せ」
「つれないですわね」
バルコニーに出るなり、お兄様は忌々し気に手を払った。
わたくしは唇を突き出していじけたフリをしつつ、何ともなしに庭を眺め始める。
馬車道を避けるようにして円形に芝が敷かれている。
我が家自慢の薔薇園はここからは見えないけれど、香りだけはしっかりと感じ取ることが出来る。
甘やかな風が、わたくし達の揃いの髪を撫でていった。
「良い拾い物をしたな」
「ユーリのことですか?」
「ヤツもまた俺を敬うが、それはあくまで義兄としてだ。はっ、実に愉快だ」
お兄様の祈り・結界術の腕前は、歴代五十名の聖者・聖女の中でも最上とされ、信徒のみならず王都中の人々から『神の愛し子』と崇められている。
信徒にとっては『聖教の象徴』、その他の方々にとっては『守護の要』であり『救命の最後の砦』でもあるからだ。
かかる重圧は相当なものなのだろう。
だからこそ、お兄様は人として扱われることを好む。
ユーリのような存在はありがたいのだ。
「っ! お兄様……」
霧がかかった虹色の光に包まれる。
超濃度の生命力が流れ込んできた。
一般的な成人女性なら、三日は徹夜出来てしまいそうな程の。
けれど、それでも削れた命は元には戻らなかった。
体が軽くなる。ただ、それだけで。
「チッ……何が神の愛し子だ。妹一人救えないで」
そう言って勢いよく鼻を啜る。
相も変わらず、直情的でお優しい方だ。
そんな貴方だからこそ、民を守る道を選んだ。
いえ。選んでしまわれたのですね。
「俺はただの天才だ」
「ええ。仰る通りです」
「っ! アルお兄様」
振り返るとそこには、わたくしの三番目の兄の姿があった。
アルバート・カーライル。三十一歳。
切れ長の目に濃紺の瞳の、涼やかな目元をしている。
お顔立ちはミシェルお兄様にとてもよく似ているけれど、印象は真逆だ。
アルお兄様は品行方正で厳格。
ともすれば冷たい印象を抱かせる。
黒く真っ直ぐな髪は後ろで一つ結びに。
セオお兄様同様に白いカソックに身を包んでいるけれど、首からは『ストラ』と呼ばれる紺色の帯のようなものを下げている。
あれは聖職者でありながら、戦闘を許可されたものの証だ。
そう。アルお兄様は『司祭』の位階を持つ聖職者でもありながら、トップレベルの魔術の才を持つ『賢者』でもあるのだ。
その特異性を活かして、セオお兄様の護衛 兼 秘書官をお務めになっている。
まさに替えの利かないお方だ。
「貴方のその才は『慧眼者』の方々の鑑定結果にもある通り、至高の域に達しています。ですが、それでも神の領域には……命は勿論のこと、失われた臓器や手足を生成することは出来ない」
「……皆まで言うな」
「ですが、それでも貴方は『神の愛し子』であり続けなければなりません。救いを求める信徒と民のためにも」
「うるさい。分かっている」
アルお兄様はご納得されたようだ。
深く頷きつつ、それとなくハンカチを差し出す。
セオお兄様はそれを酷く乱暴に受け取ると、躊躇なく鼻をかみ始めた。ずーーーっ!!!! と、それはもう豪快に。
流石ですわ、セオお兄様。
「ほら、神子の鼻水だぞ。ありがたく受け取れ」
「……まったく」
アルお兄様は放り返されたハンカチを水の球体で包み込むと、肩の辺りにぷかぷかと浮かせ始めた。
流石ですわ、賢者様。
「エラ、お前は変わらず礼拝に来るのだろう?」
「ええ、勿論です」
「なら、終わったら必ず俺の部屋に来い。アル、話を通しておけ」
「承知致しました」
「治療をしてくださる……ということでしょうか?」
「気休めだが、しないよりはマシだろう。週に一度は俺が。それ以外はユーリを頼れ」
「あら? お兄様もご存じなのですね。ユーリが祈りを扱えることを」
「当たり前だ。この俺が直々に指南してやったのだからな」
「まぁ!」
考えてみれば必然だった。
この国で祈りを扱えるのは、お父様、セオお兄様、シャロン様、そしてシャロン様のお父上である教皇様だけだ。
ユーリの指南役を担ってくれそうな方となると、セオお兄様以外にない。
「あの……因みに、ユーリはなぜ祈りを?」
「ヤツに聞け」
「ええ。ぜひ聞いてあげてください。とても素敵な理由ですよ」
アルお兄様に促されるままユーリに目を向ける。
今度はお母様と、二人のお姉様に囲まれていた。
凄まじいまでのモテっぷりね。
対応に追われてあくせくとしている。
『祈り』を習得した理由、ちゃんと教えてくれるわよね?
甘くやわらかなシフォンケーキのような予感を胸に、夜空を見上げた。
小さな星々が瞬いて、この賑やかな夜を彩ってくれている。
セオお兄様の祈りのお陰か、体はまだまだ軽い。
もう少しだけ。もう少しだけ楽しませてもらいましょう。
家族と過ごす、このかけがえのない夜を。
「ふふっ、悪いようにはしませんわ」
セオお兄様の腕を引いてバルコニーを目指す。
お兄様の腕はユーリのものとは違って細く、しっとりとしていた。
同じ男性でもこうも違うものかとしみじみと思う。
「……もういいだろ。離せ」
「つれないですわね」
バルコニーに出るなり、お兄様は忌々し気に手を払った。
わたくしは唇を突き出していじけたフリをしつつ、何ともなしに庭を眺め始める。
馬車道を避けるようにして円形に芝が敷かれている。
我が家自慢の薔薇園はここからは見えないけれど、香りだけはしっかりと感じ取ることが出来る。
甘やかな風が、わたくし達の揃いの髪を撫でていった。
「良い拾い物をしたな」
「ユーリのことですか?」
「ヤツもまた俺を敬うが、それはあくまで義兄としてだ。はっ、実に愉快だ」
お兄様の祈り・結界術の腕前は、歴代五十名の聖者・聖女の中でも最上とされ、信徒のみならず王都中の人々から『神の愛し子』と崇められている。
信徒にとっては『聖教の象徴』、その他の方々にとっては『守護の要』であり『救命の最後の砦』でもあるからだ。
かかる重圧は相当なものなのだろう。
だからこそ、お兄様は人として扱われることを好む。
ユーリのような存在はありがたいのだ。
「っ! お兄様……」
霧がかかった虹色の光に包まれる。
超濃度の生命力が流れ込んできた。
一般的な成人女性なら、三日は徹夜出来てしまいそうな程の。
けれど、それでも削れた命は元には戻らなかった。
体が軽くなる。ただ、それだけで。
「チッ……何が神の愛し子だ。妹一人救えないで」
そう言って勢いよく鼻を啜る。
相も変わらず、直情的でお優しい方だ。
そんな貴方だからこそ、民を守る道を選んだ。
いえ。選んでしまわれたのですね。
「俺はただの天才だ」
「ええ。仰る通りです」
「っ! アルお兄様」
振り返るとそこには、わたくしの三番目の兄の姿があった。
アルバート・カーライル。三十一歳。
切れ長の目に濃紺の瞳の、涼やかな目元をしている。
お顔立ちはミシェルお兄様にとてもよく似ているけれど、印象は真逆だ。
アルお兄様は品行方正で厳格。
ともすれば冷たい印象を抱かせる。
黒く真っ直ぐな髪は後ろで一つ結びに。
セオお兄様同様に白いカソックに身を包んでいるけれど、首からは『ストラ』と呼ばれる紺色の帯のようなものを下げている。
あれは聖職者でありながら、戦闘を許可されたものの証だ。
そう。アルお兄様は『司祭』の位階を持つ聖職者でもありながら、トップレベルの魔術の才を持つ『賢者』でもあるのだ。
その特異性を活かして、セオお兄様の護衛 兼 秘書官をお務めになっている。
まさに替えの利かないお方だ。
「貴方のその才は『慧眼者』の方々の鑑定結果にもある通り、至高の域に達しています。ですが、それでも神の領域には……命は勿論のこと、失われた臓器や手足を生成することは出来ない」
「……皆まで言うな」
「ですが、それでも貴方は『神の愛し子』であり続けなければなりません。救いを求める信徒と民のためにも」
「うるさい。分かっている」
アルお兄様はご納得されたようだ。
深く頷きつつ、それとなくハンカチを差し出す。
セオお兄様はそれを酷く乱暴に受け取ると、躊躇なく鼻をかみ始めた。ずーーーっ!!!! と、それはもう豪快に。
流石ですわ、セオお兄様。
「ほら、神子の鼻水だぞ。ありがたく受け取れ」
「……まったく」
アルお兄様は放り返されたハンカチを水の球体で包み込むと、肩の辺りにぷかぷかと浮かせ始めた。
流石ですわ、賢者様。
「エラ、お前は変わらず礼拝に来るのだろう?」
「ええ、勿論です」
「なら、終わったら必ず俺の部屋に来い。アル、話を通しておけ」
「承知致しました」
「治療をしてくださる……ということでしょうか?」
「気休めだが、しないよりはマシだろう。週に一度は俺が。それ以外はユーリを頼れ」
「あら? お兄様もご存じなのですね。ユーリが祈りを扱えることを」
「当たり前だ。この俺が直々に指南してやったのだからな」
「まぁ!」
考えてみれば必然だった。
この国で祈りを扱えるのは、お父様、セオお兄様、シャロン様、そしてシャロン様のお父上である教皇様だけだ。
ユーリの指南役を担ってくれそうな方となると、セオお兄様以外にない。
「あの……因みに、ユーリはなぜ祈りを?」
「ヤツに聞け」
「ええ。ぜひ聞いてあげてください。とても素敵な理由ですよ」
アルお兄様に促されるままユーリに目を向ける。
今度はお母様と、二人のお姉様に囲まれていた。
凄まじいまでのモテっぷりね。
対応に追われてあくせくとしている。
『祈り』を習得した理由、ちゃんと教えてくれるわよね?
甘くやわらかなシフォンケーキのような予感を胸に、夜空を見上げた。
小さな星々が瞬いて、この賑やかな夜を彩ってくれている。
セオお兄様の祈りのお陰か、体はまだまだ軽い。
もう少しだけ。もう少しだけ楽しませてもらいましょう。
家族と過ごす、このかけがえのない夜を。
