Epilogue
「緑、起きろ」
翌朝、いつも通り耀司が起こしに来た。
俺が朝起きないのは耀司が来てくれるから。起こしてもらいたくて寝たふりをしているんだって、耀司は気づいてるのかな。
いつからか触れる手にドキドキしていた。
もっと触ってもらいたくて必死に隠していた。
この手が俺だけのものになればいいのにと叶わない夢を見ていた。
なのに──もう、この手も、起こす声も、目を開けた時、視界に広がる耀司の悪戯っぽい笑みも──全部俺のものになったなんて。
世界が変わってしまった。
気持ちを伝えたら終わると思っていた世界が、キラキラと眩しく色めいている。
「緑」
髪を撫でるのか、頬に触れるのか──ドキドキしていたら、肌掛けを思いっきり剥がされ、俺にまたがってきた。
「ちょ、ななななに」
ばっちりと目が開く。
嘘寝なんかバレバレだったのか、耀司はまるで作業のように寝間着代わりのTシャツをめくり、ハーフパンツをずらす。
「おいっ」
「ピアスどんな?」
俺の抵抗も空しく、晒された腹にはシルバーのヘソピアスが現れる。
先日、先生のマンションからの帰りに、復讐だからと言ってヘソピを開けることになった。
喜んで受けると言った以上ノーとは言えず、俺は覚悟を決めた。
「襲われるのかと思った」
「バーカそんな時間ねーよ」
俺の冗談に、余裕たっぷりに返す耀司が彼氏すぎてときめいてしまう。
──俺たちは幼馴染じゃなく恋人になったんだ。
「どう、痛い?」
俺の呼吸で上下する腹をじっと見る。
「いや、もう全然」
俺も耀司の服を捲った。
ヘソには同じシルバーのファーストピアスが光る。
ボディピアスの店に連れて行かれた時俺は、一緒になって選ぶ耀司に疑問を持った。
「もしかしてお揃で開ける?」
「もち」
当然のように答えた。
「俺だけかと思った」
「ンなわけ。二人だけの秘密を持ちてーの。緑は俺のもの、俺は緑のものだってね」
死んでしまうような殺し文句。キュンとして見つめると、
「だからお互いのヘソにぶっ刺す」
物騒な言葉に、俺は何も言えなくなった。
ショップスタッフにアドバイスを貰って全てを揃え、耀司の望み通り、お互いのヘソにニードルを刺し合った。
「緑の嘘でできた隙間の代わりにさ。俺が緑の身体に俺の印を残すんだ。これで本当にお揃いだろ」
正気の沙汰とは思えない重たさなのに、そう言われた俺の心は喜んでいて。
それを隠すために、俺はわざと怯えた声を出した。
「……怖いよ、耀司くん……」
「一生許さないって言っただろ?」
ニヤリと悪い笑みを浮かべて俺にキスをした。
耀司が俺に開けて、俺が耀司に開ける。
じゃんけんで、どっちが先にやるか決めて。
何度も何度も消毒して。
開けられる時は盛大にビビり散らかして、耀司の皮膚にニードルを刺す時は、恐怖で手がブルブルだった。
刺された一瞬グッと圧がかかったあとの、ズンっとくる鈍痛は強烈で、声にならない悲鳴をあげた。
終わると互いに寄り掛かって安堵した。
けれど、耀司も痛みと恐怖心を俺に委ねているんだと思うと、なんとも言えない高揚感があった。
ずっと好きだった耀司の肌に穴を開けてピアスを通す──ただそれだけなのに。
興奮した自分がいたとは口が裂けても言えない。
触れそうで触れない、ピアスの通る皮膚にそっと触れる。
ヘソの上側に、縦に通るシルバーのピアス。
安定するまで六ヶ月かかるから、最初はシンプルなものにしようと二人で選んだ。
「耀司は? 痛い?」
「俺も大丈夫。でも服とか引っかけると地獄な」
耀司の無駄な肉のない腹部。
耳にピアスも開けてないのに、ここだけ開いてるなんて何だかエロい。
「俺も寝る時寝返りすんの怖かったわ」
俺のヘソにも耀司の手が触れる。
「緑、ここ、俺以外に見せんなよ。ヘソピしてるって誰にも知られちゃダメだかんな」
耀司のささやかな復讐。
「うん守る。でも耀司だって俺以外に見せんなよ?」
「当たり前だろ。これは俺たちの秘密なんだから」
耀司の特別という優越感をまた一つ貰ってしまって、それだけで生きられる。
夏を迎えた日差しが眩しかった。
大学の最寄り駅を降りると、構内は木々に囲まれ蝉の大合唱が始まっていた。
嘘をついた、あの冬の日から半年──
黒のTシャツにダボパン姿で隣を歩く耀司をチラリと見る。
「あっつ」
耀司がダルそうに呟いた。
「今日三十五度いくらしーぜ」
「溶けるな」
「溶ける」
揃って登校する俺達を見つけてワタルが「よっ」と手を上げた。
「仲直りしたん? 喧嘩の期間は一週間と、俺の心の手帳にメモっとくわ」
「思ったより長かったよな。どっちが折れたん?」
ワタルと登校していたコースケがニヤニヤして訊いてくる。
「「内緒」」
耀司と重なってしまって二人は「夫婦復活やん」と爆笑した。
手が無意識に腹部を確認してしまう。
耀司と同じピアスがここについている。
誰も知らない、二人だけの秘密感が俺の自尊心を満たす。
「痛い?」
耀司がそんな俺に気づいたのか小さな声で訊く。
そういう耀司も無意識なのか自分の腹部に手がいっている。
「……や、なんか、おまえとお揃いしてんのかと思うとドキドキして……」
暑さのせいと言い訳できないレベルで顔が火照る。
「ヤメロ、俺まで移る」
ひとりでドギマギする俺につられるように耀司まで手で顔を扇ぐ。
二人でコソコソしていたら、ワタルとコースケが不思議そうに見合っていた。
「なんだよおまえら、おんなじよーな恰好して、腹に手ぇ当てて。一緒にピーピーになってんのか?」
ピアスが服に当たらないよう、俺も耀司もゆったりしたTシャツを着て、ダポパンを腰までずらしている。
俺も、耀司も、あんまりにもヘソピを意識しすぎててぷっと噴き出してしまう。
こんなのいつかバレちまうじゃんか。
「おいおい、なに笑ってんだよ」
ワタルとコースケが怪訝そうに眉を寄せた。
「「秘密」」
同時に口にして、耀司と顔を合わせて笑った。
END
