これは俺からのささやかな復讐

Prologue(プロローグ)


(みどり)、起きろ」

 眩しい初夏の日差しを遮る影が、俺を覆った。
 伸びてきた手がふにふにと頬を摘み、鼻と唇まで弄ぶ。
 まどろみの中にいながら、俺はいつまでも目を開けない。

「んーまだ早いってぇ」

 指先が頬を撫でて髪を梳く。
 そうっと触れてから指先は髪の中へ潜り、優しく包み込まれる。
 気持ちがいいからこのまま寝てしまおうか──そう思った時だった。

「おまえ今日一限必修だろ」
「うぇっ、そうだった、ヤベえ!」

 飛び起きると、ゴチンと頭に強烈な痛みが走った。

「「イテぇーーーー!!!」」

 同時に叫んで額を押さえると、寝てる俺に跨っていた幼馴染が悶絶している。

「バッカ、突然起き上がんなよ!」
耀司(ようじ)が近けーんだってっ」

 頭突きし合ってお互い涙目だ。

「目ぇから火ぃ出た」
「俺も鼻血出そ」

 そう言いつつも。
 耀司は自分のではなく俺の額を撫でた。
 間近になった幼馴染の顔。
 影のあるイケメン、と女子達が言ってたっけ。
 整った顔立ちに切れ長の瞳。出会った頃から耀司はモテていた。

「頭ぐわんぐわんしてる……」
「……大丈夫か?」

 耀司が心配そうに覗き込んできた。

「大丈夫。ちょっとびっくりしただけ」
「ならいいけど」

 思ったよりも優しく撫でられて、痛みなんかすぐ消えた。
 触ってもらえて嬉しい、とか。
 もうそんなの友達の範疇じゃないんじゃないの。

「緑。時間」
「やばっ」

 まだ俺の身体を跨いだままの耀司を、今度はちゃんと避けてベッドから飛び降りた。

「緑、スマホ、通知来てるけど」

 枕元で充電してたスマホを耀司が取る。

「ん? 見して」
「誰?」
「んー、ワタル。俺が昨日図書館で借りた資料本見してだって」
「ふうん。あいつから連絡きた?」

 あいつ──そう発されただけで、一瞬で空気が変わる。

 長いまつ毛に縁取られた瞳の奥──感情を隠して、声を落として。
 気まずくなっても、耀司はそうやって、確認する。

「来ねーよ、」

 だから何度でも俺は言う。

「別れてんだから」
「ん」

 緊張の解けた声。
 ほどけて空気が戻ると、耀司は俺の髪をくしゃっと撫でた。
 
 ──触ってもらうために、俺は嘘をついたまま。
 心を隠して、本音は言わない。
 だって俺と耀司は幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない。
 他に気持ちを向けない、お互いを優先した関係。
 それをなんて言うのか知ってる?
 知らないだろう。
 俺達だってわからないんだから。