「くっ……」「うわぁ……」「ここ……ですの?」
ゴォォォォ……。
地響きと共に、熱風が吹き上がる。その先には、奈落への入り口のような、赤黒い亀裂が口を開けていた。マグマからの熱が、深淵から不気味に揺らめいている。
ルナの顔は青ざめていた。
「あそこに最大火力の魔法を……当てるの……?」
噴気孔に当たらねば噴火は誘発できないが、撃てるのは一発だけ。やり直しは効かない。最大火力で撃てば魔力は空になってしまうからだ。
成功したことのない最大火力の精密制御を、この本番でやり遂げる――それはとてもではないが無理に思えた。
「そんなこと……そもそも最大火力なんて……うっ!」
ルナは頭を抱えた。トラウマがフラッシュバックしてしまったのだ。
あの日の記憶が、鮮明に蘇る。
名門魔法学院の実技訓練。十三歳のルナは、特待生として入学を果たした天才少女だった。誰もが彼女の才能を称え、将来を嘱望した。
だが、その日、全てが崩れ去る。
最大火力の制御訓練。教官の前で力を制御しようとした瞬間、魔力が暴走を始めた。
制御を離れた猛炎が、訓練場を焼き尽くしていく。逃げ惑う生徒たち。悲鳴。絶叫。そして――。
『ルナ! 止めて!』
親友のリーゼの声が、今も耳の奥にこびりついている。
炎に包まれた彼女を、ルナは助けることができなかった。自分の生み出した炎なのに、自分の力なのに、何もできなかった。
幸い、リーゼは一命を取り留める。だが、彼女の左腕には、今も消えない火傷の痕が残っているという。
『もう……近づかないで』
病室で、リーゼはルナを見ようともしなかった。
『あなた怖いのよ!』
その言葉が、ルナの心を永遠に凍りつかせた。
自主退学。
魔法学院を逃げ出し、行き場をなくし、路地裏でうずくまる日々。誰にも必要とされず、自分の存在意義さえ見失っていたあの頃。
(私は……化け物なんだ)
何度、そう思っただろう。
強すぎる力は、祝福ではなく呪いだった。愛する者を傷つけ、大切なものを焼き尽くす、災厄の炎。
「ま、また暴走したら……」
ルナの手が、小刻みに震え始める。
このままでは、確実に失敗する。いや、それ以上に危険な事態を招くかもしれない。
「ルナ?」
レオンが、優しく声をかける。
「君なら、できる」
「で、でも! 私、前に……」
「知ってる」
レオンは静かに頷く。そして、ルナの肩にそっと手を置いた。
「君が苦しんでいることも、怖がっていることも、全部知ってる。でも、今の君は、あの時の君じゃない」
「違わないわよぉ! あれから練習したこともないのよ? 私は……私は変わってない!」
ルナが叫ぶ。涙が頬を伝う。
「こんな強い魔力、制御なんて無理よ……。また、全てを台無しにしてしまうわ!」
自己否定の言葉が、堰を切ったようにあふれ出す。
その時、ミーシャが一歩前に出た。
「ルナさん、その力を持って生まれたことには、きっと意味があるはずですわ」
「え……?」
いつもの微笑みを浮かべながら、ミーシャは続ける。
「神様は、必要のないものはお創りになりません」
ミーシャの言葉は優しい嘘だった。腹黒い彼女も、この時ばかりは本人を想い、語っている。
「でも、私は……」
「失敗を恐れるのは当然ですわ。でも、その恐怖に負けて力を使わずにいることこそが、本当の失敗ですわ……よ?」
「使わないことは……失敗……?」
その言葉が、心の奥底に響く。
ルナは知っていた。逃げ続けてもどこにも行けないことを。
魔法学院を辞めてから、ずっと逃げてきた。自分の力から。自分の過去から。そして、自分自身から。
でも、逃げれば逃げるほど、人生は行き詰まっていくばかりなのだ。
その時だった――――。
ポゥ……。
三人の身体が虹色の輝きに包まれた。
「えっ!?」
「こ、これって……」
「シエルだ」
レオンがニコッと笑った。
「きっとシエルが頑張っているんだよ」
同じミッションに就いているアルカナのパーティには、いくばくかの加護の分配があるのだ。
「シエル……すごい……」
「やりましたわね……」
ルナは湧き上がってくる魔力、一段と研ぎ澄まされる魔法センスに信じられないというような顔をした。
シエルも戦っている。
自分と同じように、過去のトラウマを抱えながら。逃げ出したい恐怖と向き合いながら。それでも、仲間のため、街の人たちのために立ち上がっている。
「ルナ……。シエルだって【運命鑑定】通り活躍できているんだ。君にだってできるんだよ? 大丈夫……心配しないで」
「本当……?」
ルナは涙目でレオンを見上げる。
ふと、レオンと会った時のことを思い出した。
路地裏でうずくまっていた自分を、レオンが見つけてくれた日のことを。
『なんであんたみたいな、ひ弱そうなやつがこんなところにいるのよ』
警戒心むき出しで睨みつけたルナに、レオンは怯むことなく微笑んだ。
『君の炎は世界で最も美しい。その炎は、二度と君を裏切らない。僕が、そう導いてみせる』
馬鹿げている、と思った。
こいつは何も分かっていない。私がどれだけの罪を犯してきたか。どれだけの人を傷つけてきたか。
でもその言葉を聞いた瞬間、涙が溢れ出した。
止められない。長い間押し殺してきた感情が、一気に決壊した。
あの日から、ルナの世界は変わり始めた。
ゴォォォォ……。
地響きと共に、熱風が吹き上がる。その先には、奈落への入り口のような、赤黒い亀裂が口を開けていた。マグマからの熱が、深淵から不気味に揺らめいている。
ルナの顔は青ざめていた。
「あそこに最大火力の魔法を……当てるの……?」
噴気孔に当たらねば噴火は誘発できないが、撃てるのは一発だけ。やり直しは効かない。最大火力で撃てば魔力は空になってしまうからだ。
成功したことのない最大火力の精密制御を、この本番でやり遂げる――それはとてもではないが無理に思えた。
「そんなこと……そもそも最大火力なんて……うっ!」
ルナは頭を抱えた。トラウマがフラッシュバックしてしまったのだ。
あの日の記憶が、鮮明に蘇る。
名門魔法学院の実技訓練。十三歳のルナは、特待生として入学を果たした天才少女だった。誰もが彼女の才能を称え、将来を嘱望した。
だが、その日、全てが崩れ去る。
最大火力の制御訓練。教官の前で力を制御しようとした瞬間、魔力が暴走を始めた。
制御を離れた猛炎が、訓練場を焼き尽くしていく。逃げ惑う生徒たち。悲鳴。絶叫。そして――。
『ルナ! 止めて!』
親友のリーゼの声が、今も耳の奥にこびりついている。
炎に包まれた彼女を、ルナは助けることができなかった。自分の生み出した炎なのに、自分の力なのに、何もできなかった。
幸い、リーゼは一命を取り留める。だが、彼女の左腕には、今も消えない火傷の痕が残っているという。
『もう……近づかないで』
病室で、リーゼはルナを見ようともしなかった。
『あなた怖いのよ!』
その言葉が、ルナの心を永遠に凍りつかせた。
自主退学。
魔法学院を逃げ出し、行き場をなくし、路地裏でうずくまる日々。誰にも必要とされず、自分の存在意義さえ見失っていたあの頃。
(私は……化け物なんだ)
何度、そう思っただろう。
強すぎる力は、祝福ではなく呪いだった。愛する者を傷つけ、大切なものを焼き尽くす、災厄の炎。
「ま、また暴走したら……」
ルナの手が、小刻みに震え始める。
このままでは、確実に失敗する。いや、それ以上に危険な事態を招くかもしれない。
「ルナ?」
レオンが、優しく声をかける。
「君なら、できる」
「で、でも! 私、前に……」
「知ってる」
レオンは静かに頷く。そして、ルナの肩にそっと手を置いた。
「君が苦しんでいることも、怖がっていることも、全部知ってる。でも、今の君は、あの時の君じゃない」
「違わないわよぉ! あれから練習したこともないのよ? 私は……私は変わってない!」
ルナが叫ぶ。涙が頬を伝う。
「こんな強い魔力、制御なんて無理よ……。また、全てを台無しにしてしまうわ!」
自己否定の言葉が、堰を切ったようにあふれ出す。
その時、ミーシャが一歩前に出た。
「ルナさん、その力を持って生まれたことには、きっと意味があるはずですわ」
「え……?」
いつもの微笑みを浮かべながら、ミーシャは続ける。
「神様は、必要のないものはお創りになりません」
ミーシャの言葉は優しい嘘だった。腹黒い彼女も、この時ばかりは本人を想い、語っている。
「でも、私は……」
「失敗を恐れるのは当然ですわ。でも、その恐怖に負けて力を使わずにいることこそが、本当の失敗ですわ……よ?」
「使わないことは……失敗……?」
その言葉が、心の奥底に響く。
ルナは知っていた。逃げ続けてもどこにも行けないことを。
魔法学院を辞めてから、ずっと逃げてきた。自分の力から。自分の過去から。そして、自分自身から。
でも、逃げれば逃げるほど、人生は行き詰まっていくばかりなのだ。
その時だった――――。
ポゥ……。
三人の身体が虹色の輝きに包まれた。
「えっ!?」
「こ、これって……」
「シエルだ」
レオンがニコッと笑った。
「きっとシエルが頑張っているんだよ」
同じミッションに就いているアルカナのパーティには、いくばくかの加護の分配があるのだ。
「シエル……すごい……」
「やりましたわね……」
ルナは湧き上がってくる魔力、一段と研ぎ澄まされる魔法センスに信じられないというような顔をした。
シエルも戦っている。
自分と同じように、過去のトラウマを抱えながら。逃げ出したい恐怖と向き合いながら。それでも、仲間のため、街の人たちのために立ち上がっている。
「ルナ……。シエルだって【運命鑑定】通り活躍できているんだ。君にだってできるんだよ? 大丈夫……心配しないで」
「本当……?」
ルナは涙目でレオンを見上げる。
ふと、レオンと会った時のことを思い出した。
路地裏でうずくまっていた自分を、レオンが見つけてくれた日のことを。
『なんであんたみたいな、ひ弱そうなやつがこんなところにいるのよ』
警戒心むき出しで睨みつけたルナに、レオンは怯むことなく微笑んだ。
『君の炎は世界で最も美しい。その炎は、二度と君を裏切らない。僕が、そう導いてみせる』
馬鹿げている、と思った。
こいつは何も分かっていない。私がどれだけの罪を犯してきたか。どれだけの人を傷つけてきたか。
でもその言葉を聞いた瞬間、涙が溢れ出した。
止められない。長い間押し殺してきた感情が、一気に決壊した。
あの日から、ルナの世界は変わり始めた。



