こうして、パーティ『アルカナ』は、伝説への第一歩を踏み出した。
後世の歴史書には、こう記されている。
『クーベルノーツの奇跡』
『奇跡の五人』
『運命を覆した者たち』
様々な呼び名で、彼らは語り継がれることになる。
だが、この朝の彼らは、ただの若者だった。
怯えながらも、笑い。
震えながらも、前に進み。
泣きながらも、仲間を信じる。
ただの、若者。
もちろん特別なスキルはあったが、そんなのは安全の保障にはなっていなかった。
死が待つ地平線に向かって、五人の影が長く伸びていく。
朝日に照らされて、その影は巨人のように大きかった。
やがて、その影は大陸全土を覆う、巨大な伝説となる。
でも、それはまだ先の話。
今はただ五人の若者が、戦場へと歩いていく。
運命に抗うために。
『アルカナ』の伝説は、こうして始まったのだった。
◇
辺境の砦「ストーンウォール」。
千年の歴史を刻む人間界最後の防壁。幾多の魔物の波を砕いてきた不落の要塞。
だが今、その堅牢な石壁は、生きた棺となっていた。
中庭で、若い兵士が震える手で羽根ペンを握る。
「母さん、俺はここで――」
インクが涙で滲み、言葉が紙に染み込んでいく。書き終えることのない、最後の手紙。
武器庫では、白髪の老兵が無言で槍を磨いていた。
「五十年、共に戦った相棒よ。最後も一緒だ」
錆一つない刃が、虚しく松明の光を反射する。それは死出の旅の準備だった。
三万、対、三百――――。
百倍の絶望が、砦を押し潰そうとしていた――。
◇
砦の裏口。
普段は使われない、秘密の小さな扉。
苔むした石壁に隠れるようにして、ひっそりと存在している。
ギィィ……。
その扉が、軋みながら開いた。
「援軍に来ました!」
レオンの明るい声が、死の静寂を切り裂いた。
【運命鑑定】が示した奇跡のルート。魔物の群れを巧妙に避け、罠を回避し、不可能を可能にしてここまでたどり着いた五人。
門番の兵士が振り返る。その瞳に、一瞬――本当に一瞬だけ、希望の火が灯った。
だが――。
「へ?」
希望は、瞬く間に絶望へと変わる。
「たったの……五人?」
声が震える。まるで、最後の藁をも失った溺れる者のように。
「しかも、素人装備の……子供じゃないか……」
膝から力が抜ける。槍が、カランと石畳に落ちた。
「俺たちは、見捨てられたんだ」
誰かが呟く。その声は、墓場から聞こえる死者の囁きのよう。
中庭に集まっていた兵士たちが、死んだ魚のような目で五人を見る。
視線は虚無へと沈んでいく。まるで、五人など最初から存在しなかったかのように。
「おい、聞いたか? 援軍は子供五人だってよ」
「ははっ……最高の冗談だな」
乾いた笑い声が響く。それは笑いではなく、絶望の悲鳴だった。
◇
砦のタワー上部。千年の歴史を刻む石造りの作戦室に、五人は通された。
巨大な地図が広げられた円卓。その上に散らばる敵を示す黒いマーカーは、まるで死神が撒いた種のように、おぞましく辺りを覆い尽くしていた。
司令官ガルバン・アイアンハート。
顔に刻まれた無数の傷跡は生き延びた戦いの証だった。だが今、その瞳には諦めの色が濃い。
「聞いていると思うが……敵は三万以上。我が軍は三百」
肩を落とし、自嘲的に笑う。
「これは戦いではない。虐殺……かもな?」
鋭い眼光がレオンを射抜く。まるで「お前に何ができる」と問いかけるように。
しかし――。
「司令官殿、作戦があります」
レオンが、朝の散歩でも提案するかのような軽やかさで告げた。
「この谷の上流にある火山を、僕らが噴火させます」
「は?」
「へ?」
「な、何を……?」
部屋の空気が凍りついた――――。
幹部たちはお互いの顔を見合わせ困惑している。
この地の火山が最後に目覚めたのは、三百年前。今は深い眠りについている。
「ちょうど魔物たちは谷となってる川沿いの集落に集結しています」
レオンが地図を指差す。
「火砕流がそこを一気に流れ下り、焼き尽くします」
ガン! ガルバンの鉄拳が地図を粉砕した。マーカーが飛び散り、まるで砕け散った理性のように床を転がる。
「貴様!」
咆哮が、石壁を震わせた。
「気でも狂ったか!」
五十年の戦歴で培った威圧感が、部屋全体を満たす。
「神にでもなったつもりか!」
「子供の妄想だ!」
「出て行け、狂人め!」
幹部たちの怒号が津波のように押し寄せる。
非難と罵声が、五人を取り囲む。
だが――。
レオンは微動だにしない。
嵐の中の巨岩のように、ただ静かに微笑んでいる。
その翠色の瞳には、一片の動揺もなかった。
後世の歴史書には、こう記されている。
『クーベルノーツの奇跡』
『奇跡の五人』
『運命を覆した者たち』
様々な呼び名で、彼らは語り継がれることになる。
だが、この朝の彼らは、ただの若者だった。
怯えながらも、笑い。
震えながらも、前に進み。
泣きながらも、仲間を信じる。
ただの、若者。
もちろん特別なスキルはあったが、そんなのは安全の保障にはなっていなかった。
死が待つ地平線に向かって、五人の影が長く伸びていく。
朝日に照らされて、その影は巨人のように大きかった。
やがて、その影は大陸全土を覆う、巨大な伝説となる。
でも、それはまだ先の話。
今はただ五人の若者が、戦場へと歩いていく。
運命に抗うために。
『アルカナ』の伝説は、こうして始まったのだった。
◇
辺境の砦「ストーンウォール」。
千年の歴史を刻む人間界最後の防壁。幾多の魔物の波を砕いてきた不落の要塞。
だが今、その堅牢な石壁は、生きた棺となっていた。
中庭で、若い兵士が震える手で羽根ペンを握る。
「母さん、俺はここで――」
インクが涙で滲み、言葉が紙に染み込んでいく。書き終えることのない、最後の手紙。
武器庫では、白髪の老兵が無言で槍を磨いていた。
「五十年、共に戦った相棒よ。最後も一緒だ」
錆一つない刃が、虚しく松明の光を反射する。それは死出の旅の準備だった。
三万、対、三百――――。
百倍の絶望が、砦を押し潰そうとしていた――。
◇
砦の裏口。
普段は使われない、秘密の小さな扉。
苔むした石壁に隠れるようにして、ひっそりと存在している。
ギィィ……。
その扉が、軋みながら開いた。
「援軍に来ました!」
レオンの明るい声が、死の静寂を切り裂いた。
【運命鑑定】が示した奇跡のルート。魔物の群れを巧妙に避け、罠を回避し、不可能を可能にしてここまでたどり着いた五人。
門番の兵士が振り返る。その瞳に、一瞬――本当に一瞬だけ、希望の火が灯った。
だが――。
「へ?」
希望は、瞬く間に絶望へと変わる。
「たったの……五人?」
声が震える。まるで、最後の藁をも失った溺れる者のように。
「しかも、素人装備の……子供じゃないか……」
膝から力が抜ける。槍が、カランと石畳に落ちた。
「俺たちは、見捨てられたんだ」
誰かが呟く。その声は、墓場から聞こえる死者の囁きのよう。
中庭に集まっていた兵士たちが、死んだ魚のような目で五人を見る。
視線は虚無へと沈んでいく。まるで、五人など最初から存在しなかったかのように。
「おい、聞いたか? 援軍は子供五人だってよ」
「ははっ……最高の冗談だな」
乾いた笑い声が響く。それは笑いではなく、絶望の悲鳴だった。
◇
砦のタワー上部。千年の歴史を刻む石造りの作戦室に、五人は通された。
巨大な地図が広げられた円卓。その上に散らばる敵を示す黒いマーカーは、まるで死神が撒いた種のように、おぞましく辺りを覆い尽くしていた。
司令官ガルバン・アイアンハート。
顔に刻まれた無数の傷跡は生き延びた戦いの証だった。だが今、その瞳には諦めの色が濃い。
「聞いていると思うが……敵は三万以上。我が軍は三百」
肩を落とし、自嘲的に笑う。
「これは戦いではない。虐殺……かもな?」
鋭い眼光がレオンを射抜く。まるで「お前に何ができる」と問いかけるように。
しかし――。
「司令官殿、作戦があります」
レオンが、朝の散歩でも提案するかのような軽やかさで告げた。
「この谷の上流にある火山を、僕らが噴火させます」
「は?」
「へ?」
「な、何を……?」
部屋の空気が凍りついた――――。
幹部たちはお互いの顔を見合わせ困惑している。
この地の火山が最後に目覚めたのは、三百年前。今は深い眠りについている。
「ちょうど魔物たちは谷となってる川沿いの集落に集結しています」
レオンが地図を指差す。
「火砕流がそこを一気に流れ下り、焼き尽くします」
ガン! ガルバンの鉄拳が地図を粉砕した。マーカーが飛び散り、まるで砕け散った理性のように床を転がる。
「貴様!」
咆哮が、石壁を震わせた。
「気でも狂ったか!」
五十年の戦歴で培った威圧感が、部屋全体を満たす。
「神にでもなったつもりか!」
「子供の妄想だ!」
「出て行け、狂人め!」
幹部たちの怒号が津波のように押し寄せる。
非難と罵声が、五人を取り囲む。
だが――。
レオンは微動だにしない。
嵐の中の巨岩のように、ただ静かに微笑んでいる。
その翠色の瞳には、一片の動揺もなかった。



