「で、ミカールはここで何をしていたの?」

 一階にあるソファーに座らされた少年は、目の前で自分を見下ろす二人の捜査官たちを、ちらりちらりと上目遣いに見た。

「人助けだよ」

 最初に銃弾を発射された時の恐怖は落ち着いたようで、口調はしっかりしていた。

「レイジーとアシュリーを助けにきたんだ」
「お前が?」
「そうだよ」

 質問にも、きちんと返事をする。

 トラヴィスは改めてミカールを観察した。十代の少年だ。身長は高く、何かスポーツをやっているのか、体つきも頑丈そうである。Tシャツにジーンズにスニーカーという、どこにでもいるありふれた少年の格好だ。問答無用で引き金を引いたが、当たらなくて良かったと肩をすくめた。ミカールは反射神経がいいのだろう。撃たれていたら、こうして話を聞く機会も無かったのだから。

「レイジーとアシュリーは、俺のせいで捕まったんだ」

 ミリアムとトラヴィスは無言で視線を交わした。先程のジェレミーの発言が甦った。

 ミカールは中東系の顔立ちをしていた。

「俺はアメリカ人だぜ? ここで生まれたんだから。両親はエジプトから移民してきたけど」

 捜査官たちの沈黙を、ミカールは過去の経験からか馴れたように喋った。

「あなたの話をもっと聞きたいわ」

 二人はテーブルを挟んで座る。

「その前にさ、あんたたち、FBIなんだろう?」
「コメディアンにでも見えるのか?」

 トラヴィスはジョーク交じりに恐い声を出す。少々イラついていた。ミカールもおそらく、レイジーたちと同世代なのだろう。

 また、ガキだ。

 それが気に障っていた。

「もちろん、FBIよ」

 ミリアムは身分証明のバッジを見せた。トラヴィスも乱暴に出す。

 ミカールはそれを目で読んだ。

「良かった。本物なんだ」
「映画のロケから、はぐれたわけじゃない」

 少年は安心したように笑った。

「あなたは、レイジーとアシュリーのお友達なの?」

 ミリアムは優しい口調で質問をつづける。

 ミカールはちらっとミリアムに視線を投げた。少しだけ頬が赤くなって、気恥ずかしそうに横を向いた。

「……俺は、レイジーの知り合いなんだよ」
「どこで知り合ったの?」
「フェイスブックさ」

 二十一世紀のコミュニケーションは、液晶画面から始まる。

「俺もレイジーも、オンラインゲームにハマっていてさ。それをフェイスブックに紹介して交流が始まったんだ。俺もレイジーもまだスマホを持っていないから、パソコンでのやり取りでさ。レイジーはとにかくゲームが好きだった。オンラインだけじゃなくて、プレステとか」

 トラヴィスは腕組をしながら、レイジーの部屋を思い返した。レイジーの部屋にゲーム機はなかった。

「で、どうやってネット上のレイジーから、現実世界のレイジーと会ったんだ?」

 ミカールは少々ムッとしたように言い返した

「そんなの簡単だよ。フェイスブックでやり取りしていて、二人で会おうって話になったんだ」
「どっちがそれを言い出したんだ?」
「レイジーさ」

 それのどこが悪いんだと言いたげに、唇をひん曲げる。

「いつだ?」
「一年前だよ。あのさ、ここでゆっくり話している暇なんてないんだけど」
「アシュリーは保護したわ」

 ミリアムは優しく伝えた。

 ミカールは中東特有の様々な血が交じり合った彫りの深い顔全体に、喜びをいっぱいにした。トラヴィスがいなければ、その勢いでミリアムに抱きついていたかもしれない。

「良かった! すごく心配したんだ!」
「で、お前はここで何をしていたんだ?」

 最初の質問に戻る。

「俺を背後から襲おうとするなんて、誰の人助けなんだ?」
「違うよ! 声をかけようと思ったら、おっさんがバンって撃ってきたんだ」

 トラヴィスの頬が引き攣った。

「もう一度バンって撃たれたくなかったら、そのおっさんの質問に答えろ」
「だから、レイジーとアシュリーの……」
「どうして、ここに捕まっているってわかったんだ?」
「……二人を連れ去ったのが、俺の知っている人だから」
「つまり?」

 畳みかけるような問いかけに、ミカールの顔から喜びが消え失せ、代わりに心配そうな翳が色濃く浮かんだ。

「つまり……その……」

 上目遣いにミリアムへちらっちらっと目をやる。優秀で大人な捜査官は、安心させるようににっこりと笑ってあげた。

「その……」

 言いにくいというのは、身近な人間なのかもしれない。トラヴィスはそう判断した。今までのミカールの態度を眺めていて、度胸がありそうだとは感じたが、それでも躊躇うというのは、かなり近く、もしかしたら身内かもしれないと考えた。

「つまりさ……」

 トラヴィスの予感は当たった。

 ミカールは口ごもった末に、俺の兄貴なんだと呟いた。