第一皇子の俺、12歳の誕生日に世界樹として埋葬されました。〜どうやら俺が世界樹の王らしいので、内側から国を繁栄させようと思います〜

 俺が森で倒れ、再び目を覚ましてからしばらくの月日が流れた。
 あの後、民たちと交流を図ったことで、俺は民のことをよく知れたし、民にも俺のことを理解してもらえたと思う。
 それに街に活気が出て来たおかげか、ここに初めて来たときより、世界樹が元気になっているような気もしていた。

 相互理解が信頼の始まり。
 以前何かの本で読んだ記憶のある言葉だったが、正にその通りで、今となっては『思考処理加速』のスキルを持つルミネを頼らなくとも、誰に何を頼めばいいか判断できるようになってきた。
 もちろん、依然としてルミネは優秀だが。

 そして民との信頼構築以外にも、俺はこの期間に取り組んできたことがあった。
 それが、騎士団の編成だ。

 住居の問題が解決するとともに、イグドラシルの次なる目標は早速、魔獣ニーズヘッグの討伐に決まった。
 とは言え、俺たちは肝心のニーズヘッグについての情報を何も持ち合わせていない。

 ロロに尋ねても、彼女もニーズヘッグを実際に見たことがあるわけではないらしく、恐ろしく強大で、その体に纏う毒炎で簡単には近づくことすらままならないという情報と、木々の記憶から辿るに四つ足で陸を這うように動く、巨大な蛇とワニの中間のような見た目をしていることしか分かっていない。

 そのため、一先ずはこの辺りの地理を少しずつ理解していくことから始めようということになった。
 ニーズヘッグが現在住み着いている場所は大分先の地点らしく、ここのところは活発に活動している様子もないようなので、俺たちはその間に情報と地の利などを得ようという訳だ。
 もちろん、戦闘訓練も含めて。

 そこで考えたのが、約十数名から二十名よりなる戦闘系スキル持ちによる全十一個の騎士団の結成だった。

 約200名の戦闘系スキル所持者を適正ごとに振り分け、一班として行動、連携を取らせる。
 俺の『世界樹権能:指揮形態(ユグドラシル:モードタクト)』でどこにいてもイグドラシルの民ならば連絡が取れるということも大きく、騎士団を結成してから俺たちは目を見張るようなスピードでこのイグドラシルを取り巻く世界樹の森を探索して行っていた。

 今は、俺の護衛となった第一騎士団を除く、第二から第十一騎士団の団長が探索報告に来るのを待っていた。
 指揮形態で連絡が取れるのは便利だが、俺以外がそれを聞くことが出来ないのは問題だった。
 そのため、全員に情報共有が必要な情報についてはこうして集まっているのだ。

「後、揃っていないのは第四騎士団だけですね」

 第一騎士団団長、俺の護衛を強く志願したクルセドが報告をあげる。

「そうだな。集合時間はまだとは言え、もう少ししても帰還の予兆が見られなければ、俺の方で連絡を取ってみよう」

 その報告に樹具化させた指揮棒を持ちながら答えれば、クルセドはお願いしますと恭しく一礼した。

「第四騎士団が向かったのは北側でしたね。遠く離れているとはいえ、北側はニーズヘッグが棲み処としている方角……心配ですね」

 俺の隣に腰かけるロロが不安に表情を曇らせる。
 
 囲んだ机に広げられた地図に視線を落とせば、段々と埋まりつつあるこの辺りとはかなり離れた位置に一つの印がつけられていた。
 それがロロの情報から割り出したニーズヘッグの現在地だ。
 もし仮に今、遠征部隊を率いてニーズヘッグの討伐に向かうとしても、たどり着くまでに二、三週間はかかりそうな距離。
 
 そのため、徐々に探索範囲を広げてはいるものの、第四騎士団がニーズヘッグから何かしらの影響を受けることは考えにくかった。

「そうだな。……ニーズヘッグの被害ではないとしても、怪我人が出たのかもしれない。ロロ、そう言えばここでの怪我はどんな扱いになるんだ? アスガルドと同じ? それとも世界樹の何かしらの恩恵があるのか?」

 怪我人、そのことを考えて気が付く。
 こちらに来てからまだ怪我人が出ていないことに。
 もしかしたら、大怪我がないだけで打撲や打ち身程度なら起こっているのかもしれないが、少なくとも俺に怪我の報告は上がってきていなかった。

「はい。イグドラシルでの怪我はアスガルドでの物とは全く別物です。そもそも食事を必要としないここでは、血液が新しく生成されません。血液の代行には世界樹の力が当てがわれています。この街を作るときにアルトが世界樹の枝を切ったでしょう? あの時を思い出してもらうと少しわかりやすいかもしれません。あの枝をアルト以外の者が切ろうとした結果を覚えていますか?」

 俺の質問に、ロロは巨木を切り倒したときのことを思い出せと言ってくる。
 俺たちからしてみればあれらは正しく巨木なのだが、世界樹の王女であるロロの認識は枝なんだな……と言う、今はそこまで重要ではない思考に引っ張られながらも、俺はあの時のことを思い返していく。

 そう言えば、あの時、何人もの有志が俺の手伝いに名乗りを上げてくれた。
 火系、水系、雷系などイグドラシルで最も数の多いの属性武器スキル所持者、クルセドやリスタなどの希少スキルを持った者など、だが、その誰もが試した結果は同じだった。

 火や雷ならば、巨木、ロロの言う枝の表面を少し焦がす程度、水ならば濡らす程度とその結果は散々なものだった。

 だが、この結果が怪我とどうかかわってくるのだろうか?
 と、そう考えていれば、俺の疑問を見透かしたようにふわりと笑ったロロが答えた。

「基本的にどんな攻撃でも傷がつくことはなかったでしょう? あれが世界樹の力、恩恵なのです。そしてアスガルドで()()についた皆さんは文字通り世界樹化しています。つまり……」

 そこで意図的に言葉を止めて、俺の方を見据えるロロ。

「……つまり、世界樹化した俺たちは怪我をしないってことか?」

 そんなロロの意図をくみ取るような形で、俺は半信半疑にそれを口にする。

「はい。もちろん部分的にと言う意味ですが」

 するとロロが正解ですと言う風に指で小さく丸を作って見せ、その後でまだ完全ではないと言うように言葉を続けた。

「ここイグドラシルでは、アスガルドで起こっていたような骨折などの怪我をすることはありません。ただし、怪我をしないからと言って、倒れない、不倒の戦士になる訳ではありません。攻撃を受ければ体にダメージは蓄積していき、上限を超えると、先日のアルトのようにその場で気を失ってしまいます。もちろん、あの枝を見てもらえば分かる通り、アスガルドとは比べ物にならないほどに頑丈にはなっていますが、そう言ったリスクもあると覚えておいてください」

 なるほど。
 世界樹の力によって体を動かせている民たちはつまり、その力の許容範囲を超えると気を失う、
 休眠状態に入ってしまうということか。

「なあ、ロロ。そうだとするとダメージがなければイグドラシルの民は不死なのか?」

「極端に言えば、その通りです。世界樹化している皆さんの生命はつまり世界樹の生命と同義。世界を跨ぐこの世界樹に寿命はありませんから、死なないという意味では不死だと言えるでしょう。ですが、木が育ち、枝葉を付けるのに数年単位の時間がかかる通り、一度深刻なダメージを負ってしまえば、再び目を覚ますのはいつになるか……それは分かりません」

「なるほどな……」

 反応の難しい話だった。
 不死とは人の最上の欲望であり、そして叶うことのない祈りだ。
 だが、人ではなく、世界樹化している者にはそれが与えられる。
 しかし、その不死は人が理想に描いた不死ではなく、状況説明的な物。
 つまり、アスガルドと同じように人が亡くなるような重傷を負った場合、死にはせずとも、もしかしたら、数百年単位で眠りに就くこともあるかもしれないということだ。

 難しい顔をしてそんなことを考えていると、ロロがもう一つ、と指を立てる。

「そして、もう一つ。そんな恒久的な生命を持つはずの世界樹ですが、魔獣ニーズヘッグだけはその恒久を超えてしまいます。かの獣の牙と爪、それから纏う毒炎は世界樹をその根本から焼き払います。ニーズヘッグによって甚大なダメージを負ってしまった者については、どうなるのか、それは私にも分かりません」

 ニーズヘッグ……こうして聞かされると、その脅威を改めて認識させられる。
 恒久的な命を持つ世界樹を唯一枯らせてしまう存在。
 いったいどれほど強大なのだろうか……?
 
「アルト様、もうしばらくで集合時間となります。ですが、やはり第四騎士団の帰還は見えません」

 すると、たった今この作戦室とも会議室とも呼べる部屋に入って来たルミネがそんな報告をしてくる。
 どうやら、ロロと話しているうちに結構時間が経ってしまっていたらしい。

「そうか。では、俺の方で連絡を取ってみる。念のため、リスタを始めとした騎士団の団長たちには捜索の可能性を伝えておいてくれ」

「かしこまりました」

 ルミネが一礼してこちらに背を向ける。
 俺はそれとほぼ同時に樹具化した指揮棒を振り、第四騎士団の者たちと通信を試みた。

『第四騎士団各位、聞こえているか? 俺だ、アルトだ。まもなく集合時間だが、何か問題が——』

 通信を繋げ、会話を試みようとした時だった。
『——ギャァァアッ』
『——グハァァァッ』
 俺の脳内に十数人分の絶叫や悲鳴のような声が飛び込んでくる。

「——ぐぅっ!? な、なんだ? 今のは?」

「アルトっ!? どうかしたのですか?」

 突然左手を突き、右手で額を抑えるようにして何とか崩れ落ちるのを耐えた俺にロロが心配そうに立ち上がり介抱しようとしてくれる。
 だが、俺はそれを手で制して、もう一度第四騎士団との通信、連絡を試みた。

『第四騎士団各位! 俺の声が聞こえている者はいるか! 何でも良い、返事をせよ!』

『………………ア、アウド、ざマ……。ダ、助け……て』

 再び聞こえて来た悲鳴と絶叫の中で、俺は唯一声になっていそうなそれを聞き取った。

『助け? どうしたっ! 何があった!』

 すぐにその声に反応を返し、状況把握をしようとするも、限界ギリギリで絞り出したかのようなその声が再び返事をすることはなく、しばらくもしないうちに、絶叫や悲鳴さえ聞こえなくなった。

 くっ……なにが起きているんだ!? だが、考えている時間はない!

「クルセドっ! リスタっ! その他騎士団長各位! 全員集合せよ!」

 俺はまだ第四騎士団からの連絡があるかもしれないと、樹具化した指揮棒はそのままに、若干声を荒げるようにして、全騎士団長を呼び集めた。
 何事かと、それぞれまだ整列はせずに談笑や情報共有をしていた騎士団長たちは血相を変えて、俺の元に整列する。

「全員よく聞け。第四騎士団の探索任務中に問題が発生したようだ。連絡で聞き取れたのは絶叫と悲鳴、それから何とか絞り出した助けを求める声だけ。この意味が分かるな?」

 俺がそう言えば、全員が固唾を呑み込みながら、小さく頷いた。

「ならば良し。第一、第二、第三騎士団は出征の準備を。俺も出る」

 被害状況は分からないが、相手がニーズヘッグである可能性がある以上、俺もここでふんぞり返って指揮だけを取っているわけにはいかない。

「なりません!」

 だが、そんな俺の考えをクルセドが真っ向から否定してくる。

「確かにアルト様はお強くなられました。ですが、あまりに危険が大きすぎます」

「だが、相手がまだ分からない以上、俺が出ないわけにもいかないだろう。俺はイグドラシルの王である以前に世界樹の王だ」

 クルセドに反論しても、彼は強い姿勢を崩さない。
 事実、確かに王直々の出征と言うのはあまり望ましいものではない。
 兵の士気は上がるかもしれないが、その分緊張感も増える。
 ただでさえ自分の命がかかっていると言うのに、そこに絶対に守らなければならない重大な命まで乗っかるということになるのだ。

 適度な緊張感は戦場には重要なものだが、過度なものはよろしくない。

 他の騎士団長たちもクルセドと同意見らしく……話も睨み合いも、両者譲らない平行線を辿っていた。

「……ならばアルト、こんな折衷案はいかがでしょう?」

 すると、あまり言いたくなさそうな顔をしながらもロロが一歩進み出て、提案をした。

「世界樹の王の次なる権能を使えば、アルトがここから動くことなく、それと同時に出征に同行することも可能です」

「そのような方法があるのですか! ロロ様!」

 ロロの提案に、俺より先に食いついたのはクルセドだった。

「はい。アルト? どうしますか?」

「……時間が惜しいからな。教えてくれ」

 俺としては直接自分で行きたいという感情も未だ強く残っていたが、こんな議論を交わしている間にも第四騎士団の者たちは被害に遭い続けているかもしれないのだ。
 変に意地を張っている場合ではない。

「分かりました。では、ルミネさん。マチスさんら職人さん方に片手で持てる程度の資材を持ってきていただけますか?」

「いや、俺が指揮形態で伝えた方が早いだろう」

 何の理由があってかは分からないが、ロロがルミネに頼もうとした雑用を、指揮形態の権能で俺が代わる。

『マチス、その他職人ら誰でも良い。片手で持てる程度の資材を俺の元まで持ってきてくれ。至急だ』

『至急ですかい? 承知!』

 疑問符を浮かべながらも、迷わず即座に行動に移せるのはマチスの美点だった。

 やがて、数分も経たない内にマチスが本当にただの棒のような、世界樹から『資材化』で取り出しただけの資材を握り締めてやってくる。

「こんなもんで良いのか?」

「ええ。ありがとうございます。マチスさん」

 ロロが俺に代わってそれを受け取ると、俺へと渡してくる。

「では、アルト。この棒を握って、『世界樹権能:宿り木形態』と唱えてください」

「ああ、分かった」

 『世界樹権能:宿り木形態(ユグドラシル:モードミスルトゥ)

 俺は手に持った棒を握り、見つめながらロロに言われた通りの言葉を唱えてみる。
 すると——

 まるで棒が成長していくように大きくなっていき、やがて俺の手を離れ、人型となって自立した。
 そしてあろうことか、その人型の元棒はまるで本物の人になって行くように変身していき……俺とうり二つの、もう一人の俺が誕生した。

「……ロロ、これは?」

 若干の衝撃に引きながらも、ロロに尋ねる。

「これは見ての通り、アルトの分身です。全く同様の力を持つという訳ではありませんが、命令の通りに動かすことが出来ますし、感覚の共有で齟齬無く情報共有をすることも出来ます。ただ……」

「ただ……、なんだ?」

「ただ、アルトの消耗はかなり大きいです。二人分の負荷を負うことになりますから」

 目を伏せながら、ロロはそう付け加えた。

 なるほど。
 それでこの提案を渋っていたのか。
 
 だが、今これを利用しない手はなかった。
 心配はありがたいが、俺が直接向かえない以上、これ以上の策はない。

「分かった。無理はしない。クルセド、他の者たちもこれならば文句はないな?」

 ロロに無理はしないと約束しつつ、騎士団長たちには文句を言わせない。
 彼らも俺とうり二つのその宿り木を見て、頷かざるを得なかった。

「よし、まず第五騎士団には第一騎士団から俺の護衛を引き継いでもらう。こちらは特に問題ないだろうが、その認識で頼む」

「かしこまりました」

「そして、出征するのは前言通り第一、第二、第三騎士団だ。分かっているだろうが、第一騎士団を起用するのは撤退戦になるからだ。深追いの必要はない。第一騎士団が第四騎士団の者を回収したのち、第二、第三騎士団で遊撃を行いながら、即座に撤退せよ」

「「「承知いたしました」」」

「よし、すぐに準備に取り掛かれ。それから、第五以降の騎士団は街外部の警戒に当たれ。特に第四騎士団の向かった北側を重点的に。だが、森には入るな」

「「「「「「はっ」」」」」」

「では、行動開始!」

 俺が指示を終えれば、すぐに騎士団長たちは動き出す。
 その動きを横目に見ながら、俺はロロを向き直った。

「それで、ロロ。これを動かすにはどうすればいいんだ?」

「詳しい操作は必要ありません。言った通りこれはアルトの分身です。思考も同調されています。ですので、三騎士団を率いて第四騎士団を助けに行くという命令さえ与えれば、問題なく機能します」

「分かった」

 俺はロロに言われた通りの命令を、分身に向かって念じてみる。
 すると、それまで目を閉じて、まるで休眠状態のようになっていた分身がパチリと開眼し、まるで鏡でも見ているかのように俺の方へ軽く頷いて、出征部隊の方へ一人でに歩いて行った。

「……アルト、まだ疲労はありませんか?」

 そんな分身の様子を見送ってからロロは不安そうな視線を向けてくる。

「ああ。まだ、大丈夫だ。それに、もう倒れるような無理をするつもりはない。だが、今は倒れるギリギリまでは無理をしなければならないときなんだ。分身のこと、提案してくれてありがとうロロ」

「いえ……」

 ロロの表情からその複雑な心境が察せられる。
 その感情は理解できた。
 俺もロロが一度何かをきっかけに倒れており、その上で今またさらなる負荷を負おうとしているとなれば、同じような顔をしていただろう。

 だが、それでも、その顔に負けてあげることは出来ない。

 すると、頭の中にもう一つ声が聞こえて来た。

「目標は第四騎士団の救出! あまり時間はかけられない。迅速に向かうぞ!」

 それは分身の俺の声だった。
 どうやら出征の準備が整ったらしい。

 不思議な感覚だ。
 まるであの日見た明晰夢が実際に現実になっているような、そんな感覚。

 確かに、この状態の負荷はすごそうだ。

 だが、だからと言って第四騎士団を見捨てるわけにはいかない。
 一つ、深呼吸をする。
 気合いを入れろ、俺。

 こうして、第四騎士団を救出に向かう出征部隊は俺の分身と共にイグドラシルを出発した。