第一皇子の俺、12歳の誕生日に世界樹として埋葬されました。〜どうやら俺が世界樹の王らしいので、内側から国を繁栄させようと思います〜

 しばらく待っていれば、ルミネが二人の男女を連れて戻って来た。
 二人とも、他の民たちと年齢は同じくらいなのだろうが、どこか貫禄染みた物を感じさせる風格を放っている。

「ご要望のお二人をお連れしました。……それでは、お気を付けて」

 ルミネは俺が休みを取らないことをまだ不服そうにしていたが、これ以上は口を出し過ぎだと思ったのだろうか?
 少し眉間にしわを寄せる以外には何も示さず、俺と二人を引き合わせて一礼する。

「ああ、ありがとうルミネ。さて、二人も急に呼びつけて悪かった」

 俺はルミネに下がっていいと合図を出しながら、二人の方へ身体を向ける。
 正面から向かい合ってみると、さっき感じていた風格はより強く感じられるようになっており、自然と背筋が伸びるような気がした。

「いえ、アルト様のお呼びとあらば、このクルセド、例え炎の中、魔獣の群れの中、どこでも参上いたしましょう。それが、アスガルド騎士団の務めです」

 すると、その内の一人、俺の倍くらいの背丈がありそうな巨漢の男が膝を付き、恭しく自己紹介をしてくれた。
 巨漢と言っても、贅肉ではなく鍛え上げられた筋肉で構成された巨漢だ。

「クルセド、と言ったな。あなたは世界樹化する前はアスガルド騎士団に?」

「はい。コントラス第一皇子殿下を守る騎士団に在籍しておりました。アルト様のことは直接は存じ上げませんが、気概と言うのでしょうか? 先の演説を聞いて、間違いなくコントラス殿下の血を引いていらっしゃると確信いたしました」

 ……コントラス第一皇子って、父上だよな?
 ああ、そうか。ここでは世界樹化した時点で体の成長、老化が止まっているから、当時のままなんだ。
 慣れない呼び方に一瞬身構えてから納得する。
 
 なるほど、そうだよな。
 よくよく考えてみれば、ここにいる人たちのどれだけが俺のことを知ってくれているのかは分からない。
 だが、あの演説時の大歓声からも分かる通り、俺は現時点でかなりの支持を得ていると言える。
 その理由は歴代のアンドレアル家、アスガルド王家がそれにふさわしい姿を民に見せ続けて来たということだ。

 そんな歴史ある信頼を俺が壊してしまう訳にはいかない。
 例えここが既にアスガルドではなく、俺の国として立ち上げたイグドラシルであったとしても、だ。

「そうか。我が父の騎士であったか」

 居住まいを正しつつ、クルセドに反応を返せば――
 
「おおっ! 本当にコントラス殿下のご子息であらせられたのですね! このクルセド、感服仕りました。まさか、世界樹となって尚、アンドレアル王家に連なる方に仕えることが、それも主君たるコントラス殿下のご子息に仕えることが出来るとは……!」

 酷く感激した様子で捲し立て、キラキラとした目でこちらを見てくる。
 流石は父上、クルセドがいつまで父に仕えていたのかは分からないが、一人の人間をここまで心酔させると言うのは容易ではないだろう。
 ……俺もこんなに信頼を寄せてもらえる王にならなくてはな。

「これから、よろしく頼むぞクルセド」

「ははっ! この命に代えましても!」

 そうして忠誠心の厚いクルセドとの邂逅を終えると、今度はもう一人の方に顔を向ける。

「王国が太陽、アンドレアル第一皇子にご挨拶を。私、リスタ・エラシルと申しますわ」

 すると、もう一人、長い金髪をなびかせる女性は古くから伝わる王国貴族が王族に対して使う言葉で挨拶をして来た。
 姓持ちであるところからも、恐らく彼女は元貴族なのだろう。
 エラシル家と言えば、現在までも続く、王国の名家の一つだ。

「王国が大地にして臣、エラシル家のリスタよ。顔を上げよ」

 俺も貴族式の対応を返せば、リスタは少し目を見開きながら顔を上げる。

「どうやら本物みたいね……」

 そして、まじまじと俺の顔を見ながらそう呟いた。

「貴様! 無礼であるぞ!」

 すると、そんな呟きに俺より先にクルセドが反応する。
 剣こそ持っていないが、持っていれば今にも抜刀し、首元へ突きつけんばかりの勢いだ。

 しかし、問い詰められた本人であるリスタはさして気にした素振りもなく、そんなクルセドを鬱陶しそうに見ている。

「クルセド、良い。民の中で争いごとは起こしたくない。だが、リスタよ。我は確かにアンドレアル第一皇子だが、今はそれ以前にこの国、イグドラシルの王だ。あまり試すようなことはしてくれるな」

「……これは、失礼いたしました。改めまして、リスタ・エラシル。お呼びに預かり、参上いたしました」

 服装こそ、他の女性たちと変わらないが、まるで美しいドレスを着ているかのようなカーテシーで再度こちらに頭を下げるリスタ。
 一先ずは認めてもらえたと見ていいだろう。

「ああ。よろしく頼む。……さて、今回二人を呼びつけた理由についてはルミネより聞いているな?」

 これ以上の問答は今は必要ないと見て、俺は本題を切り出す。

「はっ! 秘書殿より伺っております!」

 するとクルセドは胸に手を当て姿勢を正し返事をし、リスタも軽く頷いて同意を示す。

「ならば話は早い。この広間の外周に広がる森へ衣服や寝具の素材となり得る魔獣を狩りに行く。編成については少人数にて最もバランスが良いと考えた二人を呼んだ。何か異存は?」

 端的に説明をして、確認を取る。

「……僭越ながら、一点だけよろしいでしょうか!」

 すると、予想外にもリスタではなくクルセドの方から手が上がった。

「構わぬ。言ってみよクルセド」

「アルト様自ら行かれる、と言うのは少々危険ではないでしょうか?」

 やはりそこを気にするのか。
 まあ、確かに俺には戦闘経験はないが、案内のためにロロを連れ歩く以上俺も行きたいところだし、スキルと言う観点から見てもこの中で一番強いのは俺だろう。
 いつかはニーズヘッグとも戦うことになる、遅いか早いかの違いでしかない。
 それに誰かはいかなければならないのだ。
 大人数を割けない以上、何を言われてもこのメンバーが最適。

「クルセドの言も一理ある。だが、いずれは世界樹をも食い荒らし、枯らしてしまうような魔獣、ニーズヘッグとも戦わねばならないのだ。戦闘にも慣れておきたい」

 何を言われようと考えは変わらないという強い意志を込めて、クルセドを言い含める。

「……かしこまりました。ですが戦闘中はなるべく私の後ろにいて頂くようお願いいたします」

「良いだろう。頼りにしている、クルセド。……他にはあるか?」

 渋々と言った様子だが、何とかクルセドを納得させ、もう一度確認を取る。
 今度はどちらからも手は上がらなかった。

「よし、では行こう。戦術としてはクルセドが前衛を張り、我とリスタで攻撃をする。戦闘には不慣れ故、足りない点があれば都度指摘して欲しい」

「はっ!」
「……」

 敬礼をするクルセドと軽く頷くリスタを連れて、俺たちは世界樹の森へと歩き出した。

 ◇◇◇

 森の中にぽっかりと空いたあのドーム状の広間を抜けるとすぐに辺りは森に包まれた。
 変わらないのは木の根が張り巡らされているような地面だけで、俺たちの周りは歴史を感じさせる大木から若そうな細い樹などに囲まれている。

 しかし、そんな右も左も分からなくなりそうな空間をロロだけは迷う素振りすら全く見せずにずんずん進んで行く。

「こちらです」

 周りの景色からでは自分たちが進んでいる実感も感じにくいほどの森の中だと言うのに、ロロは何かを感じているのだろうか?
 時々、話しかけるように優しく木々に触れているのが何か関係しているのかもしれない。

 ロロの後をついて歩きながらそんなことを考えていれば、少し離れた場所でカタッと言う俺たちとは別の足音が聞えて来た。

「いました! あれが目的の魔獣です!」

 ロロが声を抑え、指をさす。
 その先には枝や幹の茶色と葉の緑とは全く異なる色を持つ、俺の背丈と同じくらいの体躯を持つ羊のような魔獣が木の根元に噛り付いているのが見えた。

世界樹権能:剣形態(ユグドラシル:モードソード)

 俺はすぐに手元へ剣を出現させ、構える。
 戦闘経験こそないが、貴族として最低限の剣術は備えている。

「私が飛び出します。アルト様とリスタさんは私が一手引き受けてから攻撃をお願いします」

 クルセドが即席の作戦を伝えて来る。
 
「いいだろう」
「分かったわ」

 俺とリスタが同意したのを確認すると、クルセドは宣言通り羊のような魔獣に向かって飛び出していった。
 武器も持たずに一体どうやって注意を引くのだろうと、今になって思ったが、そんな心配は杞憂に終わった。

「行けっ! 『鋼鉄の盾』」

 叫ぶや否や、クルセドの周りには母上の『氷結の刃』のように大小の差がある盾……と言うか壁のような物が出現し、その中でもとりわけ小さな盾をクルセドは手に取ると、思いっきり振りかぶってそれを投擲した。

「――メェッ!?」

 左後ろ脚辺りに命中したそれに、魔獣は驚きと怒りの混ざったような声を上げ、振り向く時間すら惜しいとばかりに勢いよくこちらへ突進してくる。

 向かってくる羊のような魔獣には牡牛のような捻じれた角が付いており、その角で突くようにしてこちらへ向かってきていた。

 それを、クルセドは出現させた最も大きな盾で受け止めた。

「今です!」

 そして、受け止めながら、こちらに合図を出す。
 俺はその合図に合わせて走り出し、剣を振りかぶるが――振り下ろす直前、俺の目の前で羊のような魔獣がビクンッと震えたかと思えば、直後にズドンッと言う激しい音が響き、魔獣はその場に倒れ伏した。

 驚き振り返れば、そこではリスタが指先だけをこちらに向け、一仕事を終えたという顔をしていた。

「……今のは?」

「私のスキル『魔術師』の雷術ですわ。羊毛を使うのでしたら、あまり汚してしまわない方が良いでしょう?」

「なるほど、その通りだな。よくやってくれた」

 リスタに言われて気が付く。
 確かにそうだ。
 『職人』のスキルがあれば、こう言った素材を加工することは訳ないだろうが、この国には水がない。食事の心配こそないけれど、洗濯や入浴などはリスタなどの魔術によって生み出した水を頼るほかないのだ。
 スキルは便利だが無限ではない。
 継続的に利用すれば、相応に疲れるし、世界樹の庇護によるエネルギー的な問題はなくとも、スキルの使用はそもそも精神的に疲弊する。
 つまり、イグドラシルでは水は超を付けて良いほどに貴重な資源。

 それを節約するには、今回の戦闘でもなるべく血などの体液で汚さない方が良いのは間違いなかった。

「よし、我も剣ではなく弓で遠距離から最小限の攻撃で仕留めるとしよう」

「それがよろしいかと」

 剣から弓矢へ持ち替える俺に頭を下げてみせるリスタ。
 他の民たちとは俺への接し方が少し違うと思っていたが、もしかすると彼女は、年上の貴族として俺を導いてくれているのかもしれない。

「アルト様! リスタさん! 今の音に釣られて羊が集まって来たようです。なるべく私の背後に!」

 すると、カタッ、カタッと言う足音が確かに複数聞こえてくる。

「ロロ! キミはクルセドのすぐ後ろに隠れて! リスタ、右半分は任せる」

「分かりました」
「かしこまりましたわ」

 リスタと持ち場を半分に分け、俺はこちらへ向かって来ている羊の脳天に向けてまず一矢を放った。

 ――ビュンと矢が風を切る音がしたかと思えば、俺の射った矢は綺麗に羊の脳天に直撃し、その行動を止める。
 よし、力加減は問題なさそうだ。
 斧の切れ味から、普通に射っては確実に貫通してしまうことは目に見えていたため、調節して矢を放ったのだが、どうやら丁度いい力加減だったようだ。

 羊の脳天に直撃した矢は、矢じりから三分の一ほどを食い込ませており、ほとんど出血もなく仕留めることが出来ている。

 この調子なら、問題なく狩りをすることが出来る!

 一匹倒したことで自信が付き、俺は二射、三射と立て続けに矢を放って行く。

「オラッ! シールドバッシュだ!」

 正面から来る羊たちには盾役のクルセドが対処してくれていた。
 なるべく俺とリスタも気にかけているが、それぞれの持ち場にもかなりの数が迫ってきている以上、掛かり切りになる訳にはいかない。
 そんな気配を感じ取ってか、クルセドがまるで鈍器でも使うかのように出現させた盾で羊の頭を器用に殴りつけていた。

 とどめには至らずとも、盾で殴られた羊たちはその突進の勢いも相まってか、吹き飛ばされ、脳震盪でも起こしたかのように少し離れたところでフラフラとしていた。

「やるな! クルセド!」

「これでも腕っぷしで騎士に成り上がった身ですので!」

 俺が声を掛ければ、一瞬だけこちらを向いて笑って見せるクルセド。
 そんな笑顔に彼を失った穴はかなり大きかっただろうなと言う憶測が過る。
 だが、それでも父は魔獣の大侵攻を食い止め撃退し、平穏を築き上げた。
 俺も、この国に、世界樹に平穏を築くために、もっと動かねば。
 

「ハッ!」

 反対側ではリスタが次々に羊を仕留めていた。
 まるで踊るかのように、流れるような仕草から繰り出される痛烈な雷術は正確無比に羊たちの脳天を撃ち抜いていく。

 そう言えばエラシル家は武門として有名だったか。
 貴族令嬢と言うことで、スキルの扱いはどの程度なのだろうと内心少し心配していたのだが、その心配は杞憂だった。

 スキルの強力さも相まって、恐らくその実力は母上に勝るとも劣らないだろう。

「見事な腕だ。リスタ」

「光栄です。アルト様も、素晴らしい腕前ですわ」

 声を掛けると、少しだけ弾んだ声でこちらにも賞賛を送ってくれる。
 先ほどまでの、俺を試すような、そして師のように導くような口調ではない本心からの声だと分かる。
 また少し認めてもらえたのだろうか?

 ……そうだ。あの大歓声の中では分からなかったが、多くの支持を集めたと言っても、その全員が俺を支持してくれているとは限らない。
 リスタのような元貴族が他にもいれば、今後も同じようなことがあるかもしれない。

 やはり、一瞬たりとも気を抜くわけにはいかないな。

 そう思うと、出発前の時以上に、背筋が張りつめた弓の弦の如くピンと伸びる。

 ……だが。

 こちらへ向かってくる最後の一頭へ矢を打ち込み、クルセドの方の処理へ手を回そうとした瞬間、世界が反転した。

「……え?」

 徐々に体が重力に抗えなくなってくる。
 状況を脳が処理し理解する前に、手元からは矢をつがえていたはずの弓が消失した。

「……あ、れ?」

 ――バタンッ! と、何かが倒れるような音が耳に響き、遅れてやって来た痛みと衝撃に、ようやく自分が倒れていることに気が付いた。

「アルトッ!?」
「「アルト様っ!」」

 ロロがこちらに駆け寄ってきているのが見える。
 おかしい、俺は攻撃を受けていないはずなのに。
 まだまだ、動いて、働いて、王としての姿を見せないといけないのに。

 意識、が……遠退いて……。

「アルトッ! アルトっ!!」

 消えゆく意識の中でようやく俺は理解した。
 そうか、これがスキルの反動。
 そうだよな。
 スキルに覚醒したばかりの俺が354名を目覚めさせた後で百本以上の巨木を切り倒し、それから魔獣との初戦闘で十数頭の羊を倒して……。

 くそっ、こんな初歩的なミスをしでかすなんて……。

 俺を抱き留めるロロに続いて、二人の足音もこちらに駆け寄ってくるのが聞こえた。

「……ごめん、ロロ。キミの……言う通り……」

 休むべきだった。
 その言葉を言い切る前に、俺は意識を手放した。