第一皇子の俺、12歳の誕生日に世界樹として埋葬されました。〜どうやら俺が世界樹の王らしいので、内側から国を繁栄させようと思います〜

 ヨトゥンヘイムの戦士、霜の巨人たちと同盟関係を結んでから二週間弱。ついに、第四騎士団の騎士団長だったグレンが目を覚ました。

 先に目を覚ました他の第四騎士団の騎士たちからはグレンが最も長く巨人たちに立ち向かい、倒れていく自分たちを何とか守ろうとしてくれていたという話が口々に聞かれたのだとか。

 第四騎士団は負けてしまったかもしれないが、その話を聞いて俺は騎士団長選任に間違いはなかったと他人事ながら少し誇らしい気持ちになった。

「おはようグレン。気分や体調はどうか?」

 そして今俺は、ロロとクルセドを連れてそんな第四騎士団団長グレンの眠る彼の家を訪れていた。
 病院や治療院などを用意することも考えたが、ロロによるとここで倒れた者たちは、まとめておくよりも少しずつ物理的な距離を離して、それぞれが自ら世界樹の力を吸収、回復させられる状態の方が良いと言うことで、各人の家での安静体制が取られていた。

「……あ、ると……様?」

 俺の呼び掛けにまだ明瞭としない意識のまま反応するグレン。

 こんなやり取りももう十数人目だ。
 第四騎士団救出作戦及び、霜の巨人たちのと同盟締結後、俺はこうして毎日第四騎士団の者たちの家を回っていた。

 理由はもちろん状況説明と感謝を直々に伝えるためだ。
 クルセドやトワレからは、俺が自ら赴く必要はないだろうと言われたりもしたが、さらなる信頼関係の構築のため、そして何よりいちばんは、第四騎士団の者たちにはなんの相談もなく、彼らは敵だと思っている霜の巨人たちを配下に加えたことへの説明を俺の口からしなければならないと思ったからだ。

「ああ、俺だ。無理に身体を動かさなくとも良い。楽にしてくれ」

「は……い……失礼、します」

 グレンの顔には、自分が生きていることや俺たちが急にここにいることへの困惑が浮かんでいたが、彼はそれら全てを飲み込んでこちらを見た。

「起きて早々で悪いとも思ったが、やはり俺の口から直接伝えておきたくてな。まずは感謝を。第四騎士団のため、さらにはイグドラシルのため身体を張ってくれたそうだな。そのことに感謝と敬意を表する。よくやってくれたグレン」

「そんな……私はただ、必死で……それに、結局この有様ですし……」

 俺の賛辞を謙遜しながら、自虐的に笑ってみせるグレン。
 第四騎士団の各員は皆揃ってこう言う反応をしていた。
 俺としては素直に受けとって欲しいところだったが、最初の一人目の後でクルセドに聞いてみれば、騎士としてのプライドの問題だと言っていたので、それならば俺が挟む口はないと受け止めるようになった。

「いや、実際にあの巨人たちは強者揃いだった。そんな中でもお前は仲間のために一番に身体を張ったのだと他の団員から聞いているぞ」

「……! 皆も生きているのですかっ!?」

 俺がほかの団員についてを口に出せば、それまでの弱りきった反応からは一変して、身を乗り出さん勢いで食いついてくる。

「ああ。無謀な戦い方をする者が出るやもとあえて話していなかったのだが、この世界、世界樹にほど近いイグドラシルではほとんどの場合アスガルドでのように死ぬことは無い。ただ、今回のグレンのように休眠状態に陥るだけだ」

「なんと……そのようなことが……それで、私がここに居て、アルト様がこちらにいらっしゃるということは、もしかして私たちの仇を取っていただけたのですか?」

 俺の言葉を噛み締めるように反芻し、手を握ったり開いたりして見せた後でグレンは聞いてくる。

「いや、仇討ちはしていない。だが、——」
「アルト様はお一人で、巨人たちの統率者である戦士グラディオラスに力を示されたのだ! そして現在では、あの巨人たちを配下に加えている。グレン、これは仇討ちなどよりも余程気分の良いことではないか?」

 ちょうどいい流れだと、ここで説明をしようとしたところ、俺の言葉を横からクルセドが持ち去る。

 俺の口から説明させてくれと言っていたのに……。
 だが……

「なんと……!? あの強大な巨人にアルト様自ら!? それはなんと素晴らしきことか……ああ、この喜びをコントラス様とも共有したかった!」

 先程までの神妙な様子はどこへやら。
 クルセドと部隊は違くとも、同じ時期にアスガルドの騎士団に所属していたらしいグレンは父とも顔見知りらしく、まるで俺の兄かのように喜んでくれる。

 そんな様子を見ていれば、ただ真面目に責任を果たすような義務的な報告だけが全てでは無いのだと教えられているような気がしてくる。

「アルト様! かの戦士たちは今どこに? 配下になったということはイグドラシルに居るのですか?」

「あ、ああ。身体の大きさから完全な共同生活という訳にはいかないが、俺たちの国のあるこの広間からほど近い森を皆で開き、そこで生活して貰っている。今では共にニーズヘッグと戦う仲間だ。復帰すれば、すぐに会う機会もあるだろう」

「そうですか。一度は刃を向けあった間柄ですが、同じ方の元に立つとあらばもう昔の話。早く話してみたいものです」

 他の団員のことや巨人たちを配下に加えた話によって、本当に全くの憂いが無くなったのか、最初の自虐的な姿勢はもう影すら見えない。
 これならばもう、大丈夫そうだ。

「そうか。では、早く回復し元気な顔を見せてくれ。それでは起きて早々悪かったな。俺たちはここで」

「はい。お気遣い頂きありがとうございました」

 ヘッドボードに背を預けた姿勢のまま深々と頭を下げるグレンに手を振り、俺たちは彼の家を後にする。
 

「あんなに酷い状態から全員が二週間足らずで回復してしまうなんて……」

 城に向けて歩いていれば、隣でロロが呟いた。

「これも世界樹の恩恵だよね」

「そう……なのでしょうか? 確かに世界樹のエネルギーに満ちているようでしたが、あれは……」

「皆、アルト様のお役に立ちたいのでしょうな! その思いが回復を早めたということでしょう!」

「ハハッ、そうだといいけど」

 クルセドと軽口を叩き合う。
 だが、その隣では、ロロが浮かないような顔をしている気がした。

 ◇◇◇

 ——翌日。
 
 俺はロロとルミネを連れ、すっかり回復したグレンたち第四騎士団を含めた全騎士団と、霜の巨人からはグラディオラスが、街外れの丁度お互いの生活圏の真ん中に当たる辺りに集まっていた。

「皆よ、改めて紹介しよう。新たに我らの同胞となり、共にニーズヘッグを打ち倒す仲間となった霜の巨人族がグラディオラスだ」

 整列させた騎士全員に改めて俺はグラディオラスを紹介する。
 第四騎士団以外の民たちには既に紹介してあるが、こう言うものは形が重要だ。
 特に各個人が持つ感情の火種は小さくとも集まれば大炎上することだってある。

 こうして、俺が認めた仲間であると羞恥しておくことが、そんな懸念を潰すことに繋がるのだ。

「イグドラシルノ騎士ヨ。俺ハ霜ノ巨人ガ大戦士、グラディオラスダ。コレカラハ一味同心ノ関係トシテ、ヨロシク頼ム」

 俺の隣でグラディオラスがその巨体を折った。
 大きな影が俺たち全員に覆いかぶさる。
 その影に第四騎士団の面々は一瞬たじろいでいるようだったが、事前の共有のおかげもあってか何か意見が上がる様子は見られなかった。

「と、新たな仲間の紹介も終わったところで——」
「アルト様、ソノ前ニ少シイイダロウカ?」

 グラディオラスの紹介も終えて早速本題に入ろうとしたところで、目の前に巨大な手が現れ、俺の声を遮る。
 もしかしたらグラディオラスにはそのつもりはなかったのかもしれないが、結果として俺の声は騎士たちに届く前に遮られた。

「構わないが、何だ?」

 目の前に現れた腕を伝うように視線を上げ、首がほぼ真上を向いたところでそう返せば、グラディオラスは真剣な目つきで俺を見下ろしていた。

「マズ、シテオカナケレバナラナイコトガアル」

 グラディオラスはそう言うと、膝を付いて姿勢を低くし、なるべく俺たちと視線の高さを合わせるようにしながら、俺ではなく第四騎士団の方を見た。

「イグドラシル第四騎士団ノ貴殿ラニハ、我ガ一族ノ者タチガ迷惑ヲカケタ。コノ場ヲ借リテ謝罪サセテモラウ。スマナカッタ」

 しゃがんだところでまだまだ大きいグラディオラスだが、その姿勢からは確かな謝意が伝わってくる。

 すると謝罪を受けた第四騎士団の団長グレンがこちらに視線を送って来た。
 俺がその視線に頷きで返事をすると、グレンは隊列から一歩前に踏み出す。

「霜の巨人族が大戦士グラディオラス殿。私は第四騎士団の団長を務めるグレンです。顔を上げてください。貴方の謝罪は受け取りました。それに、今はこうして同じ王を戴く同士ですが、あの時点では我らは知らぬ者同士。こちらも貴方がたの姿を見た瞬間から戦闘態勢に入っていましたし、これ以上の謝罪は不要です。ですが、あまりにも無様を晒し過ぎてしまいましたので、いつかそちらの戦士方と立ち合いの機会を頂きたいですね」

 グレンは真面目に、だが、堅くなりすぎない態度でその謝罪を第四騎士団の代表として受け取った。

「アア。感謝スル、第四騎士団長グレンヨ。立チ合イニツイテハイツデモ歓迎ダ」

 グラディオラスも、調子こそ変えないものの、謝意一辺倒の雰囲気からは変わり、両者の間にはきちんとした同士としての空気が流れる。

「アルト様、時間ヲ取ラセタナ。俺ノ方ハコレデ大丈夫ダ」

「ああ、分かった」

 グラディオラスから場を返してもらったところで改めて、騎士たちを整列させる。

「さて、今日皆をここに集めた理由は当然、来る対ニーズヘッグ戦への情報共有及びに会議をするためだ。実際にニーズヘッグとの戦闘経験のある霜の巨人たちから聞いた話をルミネにまとめてもらってある。ルミネ」

「ハッ。では、私の方から魔獣ニーズヘッグの情報と伺った話についての推察を含めて共有させていただきます」

 久しぶりの秘書仕事に張り切ったルミネが胸を張って、前に出る。
 第四騎士団の回復を待つ間、ルミネには霜の巨人たちにニーズヘッグとの戦いの話を細かく収集してもらっていた。

「まず、魔獣ニーズヘッグの体長についてですが、こちらはおよそ20-30メートル程度だと考えられます」

 一つ目の情報から中々インパクトの大きな話題が飛び出した。
 騎士たちの間から、わずかながらざわめきと息を呑むような声が聞こえる。

「翼のない地竜のような姿をしており、蛇のように長い尾も持っているようです。そしてその全身はロロ様からのお話にもあったように毒炎を纏っており、リスタさんの魔術でも焦げ目しかつかない世界樹を焼き切り、枯らしてしまいます」

 翼のない地竜と言うと……トカゲのような姿と言うことだろうか?
 いや、トカゲと言わずに地竜と言うあたり、どこか違う点があるのだろう。
 
 疑問に思ったが、一先ずは質問をせずに続きを聞く。

「攻撃方法は主に突進と炎を吐く攻撃、それから長い尾での薙ぎ払いとのことでした。特に気を付けるべきはこの突進で、ニーズヘッグはトカゲや蛇のように地を這うのではなく、駆けるそうです。大した速度はありませんが、その衝撃は霜の巨人の方々も直立はしていられない程だとか。戦闘時はなるべく距離を離さずに、突進をさせる距離を開けずに戦う方が賢明かと」

 すると、そんな俺の疑問に答えるが如く情報がすぐに出て来た。
 なるほど。
 つまりニーズヘッグは竜のような身体を持ちながら、足は猫や豹、馬や羊などのように身体から離れているのか。
 中々イメージが付きづらいが、何となく想像出来て来た。

 それに、巨人たちも立っていられないほどの振動を引き起こす突進は確かに厄介だ。
 そもそも振動だけでなく、突進一つで隊列も何も意味を持たなくなってしまう可能性が高い。
 確かにルミネの言う通り、突進をさせない立ち回りをすることが重要になりそうだ。

「そして、毒炎への対処方法ですが、霜の巨人の方々の持つ氷系のスキルは有効だったようです。世界樹についても、炎に触れた途端全焼してしまうことはなく、あくまで燃やし尽くせる火力がある炎を持つということでしたので、攻撃や防御が不能と言うことはないようです。ですが、それでも長時間の接触は控えるべきでしょう」

 これまた重要な情報だ。
 氷系のスキルが有効である他、俺の世界樹を扱うスキルも完全に無効にされてしまうという訳ではなさそうで一安心する。
 常に纏っている炎に対し、同じ炎やこちらが生み出せるだけの水がどこまで効力を持つかは分からないが、それでも為すすべがないわけではなさそうだ。

「一先ず、得られた情報は以上です」

 一仕事を終えたルミネが頭を下げ、注目が俺に戻る。

「よし、全員今聞いたことは忘れるな。そのうえでこれからは戦い方、戦術について作戦会議をしていく。一先ず俺はニーズヘッグの四方八方を近距離が得意な者たちで囲み、それぞれが偏らないように注意を引きながら、遠距離攻撃を当てて行く方法が良いと思うのだが、何か案のある者はいるか……!」

 俺はルミネの話を聞きながら組み立てた戦術を騎士たちに共有し、その可否を問う。
 俺は王だが、戦闘については机上のことしか知らない。
 こちらに来てからは騎士団の訓練に参加したり、クルセドなどから兵法を習ったりもしていたが、どれも付け焼刃程度だ。
 自分の判断だけで騎士たちを危険に晒すわけにはいかない。

 こうして、俺たちは来るニーズヘッグ戦に向けた作戦会議を始めた。
 
 大一番に備えて、と言うこともあってか、俺もこの会議にはかなり力が入っていた。
 そのため、隣りですっかり笑顔を見せなくなっていたロロの様子には気が付かなかった。

 ◇◇◇
 ——ロロ視点——

 おぞましき魔獣ニーズヘッグの討伐に向けて、盛んに議論を交わし合うアルトたちを、私は一歩引いたところから見つめていた。

 騎士の皆さんはもちろんのこと、戦闘経験など全くないルミネさんですら、その会議に加わっており、この場で会話に混ざれていないのは私だけだ。

 それだけではない。
 イグドラシルの民の皆は何かしらの形でアルトに、イグドラシルに貢献している。
 建設業を任されるマチスさんや、その元で働く職人の皆さん。
 建設ではなく、武器や防具をどうにか世界樹から加工して生み出して見せる武器・防具職人、服飾人の皆さん。
 ここではなかなか得られない水を生み出すことのできるスキル持ちの皆さん。

 などなど、全ての人が何かしらを支え、このイグドラシルを成り立たせている。

 だと言うのに、私は何をしただろうか?

 たしかに、この世界樹の元へアルトを呼んだのは私だ。
 スキル『世界樹の王』の使い方を教えたのも私だ。
 だが、それは私がアルトのスキルの一部として元々為すべきことであり、自分から何かをしてアルトの役に立ったわけではない。

 特にイグドラシルの建国以降の私がしたことと言えば、アルトの婚約者、王妃として、彼の隣に立っていることくらい。
 立っているだけならば、木にだって出来る。

 つまり、今、このイグドラシルに集う者たちの中で一番の役立たずが私だった。

 もちろん、だからと言って自分は必要ないのだ、とか、そんなことを言うつもりはない。
 そんなことを言ってみたところで、それはアルトに余計な気苦労を増やし、お荷物がより厄介な荷物になるだけ。
 全く意味のないことだ。
 
 私もどうにかして、アルトの、イグドラシルの役に立ちたい。
 ここに来て、アルトの隣に立ってから、彼がどれだけ無理をしているのかを散々見て来た。

 あの日、倒れた後も、目に見えた無理こそしなくなったが、民たちには見せないところでアルトは自分の出来る最大限を常に発揮しようとしている。

 そんな無理を私にだけは見せてくれているのだから、少しはアルトの役に立っていると自分を慰めることも出来るだろう。
 だが、違うのだ。

 私は、私自らの手で行動をし、アルトを助けたいのだ。役に立ちたいのだ。
 
 アルトは私に隣で支えて欲しいと言った。
 もちろん、それは今も、そしてこれからも私は誠心誠意を込めて叶えていくつもりだ。

 だが、それだけでは自分が納得できない。

 こちらの都合でアルトを呼び寄せて置いて、隣りで支えるだけでは、どう考えても不釣り合いだ。
 私からも何かをアルトに与えられるように。
 いつか、アルトが寝言で呟いていた「与えよ。されば与えられん」これを私も実行して見せる。
 そのためにもまずは……
 
「考えましょう。何が出来るのか、そしてアルトが何を必要としているかを。まずはそこからです」

 心のうちでの決心のつもりが、気が付けば、その思考は口から声になって出ていた。

 慌てて手で口を塞ぐも、不思議そうな表情でアルトがこちらを振り返る。

「ロロ? どうかした?」

「い、いえ。何でもありません」

「そう? あ、ロロも何かいい作戦があったら、声を掛けてね」

「はい」

 彼の笑顔には私を安心させてくれる力がある。
 だが、それに甘えているだけではダメだ。

 作戦、戦術……については、戦闘のせの字もしらない私が出来ることは少ないでしょう。
 でも——

 顔を上げて、真剣に語り合うアルトの背中を見る。

 ——それでも、何もしないよりはマシですね。

 私は離れてしまっていた数歩を歩み寄り、アルトたちの輪に加わった。

 自分を卑下している場合ではない。
 少しでもアルトの周りの話を聞いて、何か役に立つことを見つけよう。
 それがきっと、いつか役に立つはず。

 心のうちの曇りが晴れた訳ではない。
 でも、道は見えた。

 私はこの道が、きっとアルトに繋がっていると信じる。
 そしてこの先で、自分に誇れる私になりたいと、そう思った。