「なんか好きにさせてたら、このままで大丈夫か心配になってきた……。」

親父は汗を掻きながらボソッと呟いたが、髪を光輝の鼻で乱されている俺には聞こえなかった。
光輝は好きなだけ俺の髪をぐちゃぐちゃにすると、まるで自分の家の様に俺の家の中へと入っていく。

「こんばんは。お久しぶりです。」

「こ、こんばんは〜……。」

そうして、親父がいるお惣菜が広がっている食卓まで行くと、光輝は持ってきたバッグから小さな保冷用バッグを出して台所へ。

「影太、何が食べたい?何でも作ってあげる。」

「えっ?惣菜あるから大丈夫────。」

「オムライスにしようか。ちゃんと食べた子用に、デザートのプリンも持ってきたよ。」

保冷バックを開けると、中には可愛らしい器に入ったプリンが入っていて、キラッと目が光る。

「うん、オムライスがいい。俺も手伝う。」

「じゃあ影太はご飯よそってくれる?俺は卵を割って味付けするから。」

テキパキと動く光輝の横で、俺がマイペースにご飯をよっていると、父は黙ってモソモソとお惣菜の残りを頬張っていた。

その後は仲良く光輝特製のオムライスが完成したので親父に「一緒に食べよう!」と声を掛けたが、「いらない。」と言葉を返され、仕方なく俺と光輝が食べる。

「ほら、影太、口にケチャップ付いてるよ。はい、あ〜んしようね。」

光輝は親父が前にいても、まるで母親の様に接してくるので、流石に遠慮しようとしたが……。

「魔王様ならふんぞり返って臣下にやってもらうよね?」

そう言われてしまえば、そのとおりだ!と納得してしまった。

「フハハハ!よ〜し!我が忠実なる臣下、不死の騎士団長に命じる!俺にご飯を食べさせるのだ!」

「はい、仰せのままに。」

俺が偉そうにデデンッ!とクッションにもたれ掛かると、光輝は胸に手を当てて軽く頭を下げる。
いつも通りノリノリな光輝は、そうして俺の口へオムライスをせっせと運んでくれたが、お惣菜を食べ終えた親父の顔は能面の様だ。

「まさか、お前ら学校でもそんな感じ?なんかだんだん酷くなってない?」

「────ハッ!!つ、つい……。光輝がノリノリで付き合ってくれるから……。」

まるでダメ人間そのものである魔王役。
もう高校生だし、少しは改めようかな〜?と思ってもコレ。光輝が付き合ってくれるから!

「やっぱり自分で────。」

そう考えて光輝の手からスプーンを取り上げ手を伸ばしたが、光輝に優しく手を戻される。

「いいんだよ、影太はそのままで。俺がずっとこうして食べさせてあげるから大丈夫。
将来スプーンが持てなくなっても生きていけるね。」

「えっ?ス、スプーンが持てなくなっても……?」

そんな状況になる事あるの?と、聞く前に浮かんだのは、あの恐ろしい病気である糖尿病についてだ。
糖尿病が悪化すると、足とか切断しないといけない……そんな話を小耳に挟んだ事があった俺の顔色は、一瞬で真っ青になる。

「た、大変だ!今から血糖値には気をつけないと……。今から気をつけておいて損はない。」

「血糖値?────あ、なるほどね、そういう事か。そうだね、ちゃんと気をつけようね。
影太はすぐ甘いものとか油っぽいモノ食べちゃうから、ちゃんと俺が管理してあげるよ。」

自分の手足がなくなってしまう妄想をして、グスンと鼻を鳴らせば、直ぐにティッシュで鼻を摘んでくれる光輝。

尽くし系男子ってヤツ?これがモテるための秘訣か!

「ありがとう!俺も頑張るよ!健康な自分の体のため……そして、モテるために!」

チンッ!と鼻を噛むと、光輝の手からティッシュを奪ってゴミ箱にぶつける勢いで投げて捨てる。
そしてスプーンを手に取ると、光輝の襟首を掴んで自分の方へと引っ張った。

「?」

光輝はキョトンとしながらも逆らう事なく俺の方へ倒れ込んだので、俺は光輝の頭を素早く自分の膝の上へ乗せる。

「じゃあ、光輝は俺が管理するよ!お互い健康的な老後を目指して頑張ろう!そしてお互い好かれる努力をしないとな。」

目を見開く光輝の口へ、俺はすかさずオムライスを掬って突っ込んでやった。
すると光輝の目がキラキラと輝き出して、まるで穢れなど一切ない笑顔で笑う。
なんだかそれが嬉しくて俺も笑うと、無言でテレビを見始めた親父の横で食事を続けた。

その後は最近の日課になっている”一緒にお風呂”をして宿題をして、俺のシングルサイズのベッドで一緒に就寝するといういつも通りのルーティンを行い、朝起きると……親父がゲッソリした顔で起きてきて、本日の予定を伝えてくる。

また本日の夕方から長期の運搬が入るため、3日間は留守にする事。
その間の生活費の事。
そして最後に「迷惑かけてすまんな。」とだけ言うと、またフラフラ寝室へ向かったので、ちょっと心配になって声を掛ける。

「おい、親父大丈夫かよ。具合でも悪いのか?」

それなら病院に……と言いかけたが、父はブンブン!と勢いよく顔を横に振った。

「だ、大丈夫だから!ちょっと昨日眠れなかっただけで……。この後夕方まで寝るから、全然問題ないから!」

「は、はぁ……それならいいけど。そもそもそんなに眠れないなんて珍しいな。悪夢でも見たのか?」

いつも一度寝たら朝までぐっすりな親父としては珍しいと思って尋ねると、親父は菩薩の様な顔でニッコリ笑う。

「寝ている間に、始まっちゃったらどうしようかと思って……な。」

「?は、始まるって何が?夜中のテレビ??」

理由のわからない事を言う親父に尋ねたが、親父は首を横に振って、寝室へと戻っていった。
頭から大量のハテナマークを飛ばす俺を、光輝は抱っこして食卓に座らせると、そのまま光輝が作ってくれたご飯を食べて、学校へと向かう事にしたのだった。

そうして学校へと到着すると、俺達はお互いのクラスへ向かうため下駄箱で解散する。
光輝のいる特進クラスと俺の一般クラスはそもそも棟が違うため、光輝がどんな学生生活を送っているのかは分からない。
最初こそゴネにゴネた光輝に、俺が「魔王の臣下は優秀であれ!」と言って、無理やり行かせたのは記憶に新しい。

「……それも押し付けだったかな。」

昨日親父に言われた事を思い出し、また悩む。

きっとこうして俺は、何度もこーでもないあーでもないって悩んでは、それなりの答えを出していくんだろうな、そう思って歩いてると────突然進行方向に見知った人物を見つけてギョッとした。