グリンゴ諸島は大小合わせて三十ほどの島や岩で成り立っている。

 一番大きなアルマイト島の辺りは特に潮の流れが速く、それでいて可航幅が狭いので、船が通ることも上陸することも難しい。
 猫娘ミーアの情報通り、まさに難所だ。

 端っこにある名もない島や岩礁の辺りなら行けないこともないが、それだって今のオレのように、結構遠くからボートを漕いでいく必要がある。

 そもそもここはアルマイト島にある火山――デント山の噴火によってできた地域なので、浅瀬でも海底は溶岩由来の尖った岩がゴロゴロしていて、歩くと足をあっという間に切ってしまうので、今のオレが通っているこのコースは他人におススメできるものではない。

 島は木々に覆われ、原生生物の住処(すみか)となっており、といって利用価値のありそうな鉱物や美味しい果実なども獲れない。 
 そんなわけで、オレみたいに足に大怪我を負うこと覚悟でいく変わり者以外、グリンゴ諸島にあえて近づこうとする者はいないらしい。

 ま、オレには超回復(スーパーヒール)があるからね。
 この能力がなければ、こんな無謀な上陸方法は選ばなかった。

 オレは胸くらいまでの水位になった辺りでボートを降り、ロープでボートを引っ張りつつ海底を歩いた。

 いやもうさっきから、足裏からスネからふくらはぎから海底の尖った石に切りつけられて、傷を作りまくりさ。
 塩水が染みて痛いったらありゃしない。すぐ治るけど。

 ちなみに今のオレは、すっぽんぽんのフルティーンだ。
 衣類も荷物も濡れないようボートの上。
 
「あぁもぅ、痛ぇなぁ! クソ!」

 悪態をつきながらもようやく岩礁地帯に辿りついたオレは、『指示された』通り、大きめの岩に上って一息ついた。 
 しばらく横になって放心していたが、身体がすっかり乾き、傷も完全に治ったことを確認すると、オレはいつものチュニックを着た。

 ついでに、いらなくなった布ボートの空気を抜くと、小さく折り畳んで伸縮自在のオールと一緒にリュックの中にしまった。
 なんとこれ、撥水加工(はっすいかこう)をほどこした布地を縫って作られたボートなのだ。
 
「よし。んじゃ行くか」
「あ、休憩終わった? じゃ、いこいこ」

 オレはそこで初めて、上陸前からずっと上陸場所の指示を出してくれていた人物の方に振り返った。 
 黒髪のギャルが、ニコニコしながらこちらを見ている。

「なんで、っていうか、そもそもどうやってここまできたんだ? ユリーシャ」

 そう。それはアブローラ号の密航者、僧侶・ユリーシャ=アンダルシアだった。

「跳んだ!」
「跳んだ?」
「そう。転移魔法。そんなに遠くまではいけないんだけど、転移して海に落ちてを何回か繰り返して……そうねぇ。センセがボートに乗ったのを確認してから移動を開始したんだけど、着いたのはセンセの上陸する二時間くらい前だったかな? 濡れた服もすっかり乾いちゃったしさ。もう待ちくたびれちゃったよ」
「そんな手段があるなら早めに教えてくれよ……」

 オレは歩きながらため息をついた。
 首をコキコキ鳴らしつつ、軽く両腕を回す。

 公園デートでスワンボートを足漕ぎしたことはあったが、本気で手漕ぎボートを漕いだのなんて生まれて初めての経験だったからか、慣れないオール作業で倍近い時間を費やしてしまった。
 いやもぅ、腕がパンパンさ。

「ロベルトも、ユリーシャがいなくなって心配してるだろうに」
「あ、それは大丈夫。ユリち、そこは抜かりなくちゃんと書き置きを残してきたから」
「……なぁ、ユリーシャ。お前、オレがなんで旅をしているのか分かっているのか? 魔王討伐だぞ? 魔物はもちろんのこと、魔族とだって戦わなきゃならない命の危険と隣り合わせの旅をしているんだぞ?」
「だったらなおのこと、僧侶がいた方がいいとは思わない?」
「いや、オレには超回復が……まぁいいや。好きにしろぃ」

 どうせすぐ音を上げて離脱するだろ。
 次の瞬間、ヒュンっと音を立てて飛んできた何かが、オレの胸に突き立った。

 ◇◆◇◆◇

 ……またやっちまった。油断しすぎだよ、オレ。

 オレは生い茂る草の大地で上半身だけ起き上がると、深いため息をついた。
 顔を下に向けると、胸元に深々と矢が突き刺さっている。
 ()に手をかけたオレは、歯を食いしばりつつ前方に向かって矢をそっと引っ張った。

「があっ!!」

 胸に激痛が走る。
 すぐ引き抜けるかと思いきや、少し動いただけで猛烈な抵抗を感じる。
 駄目だ。これ以上引っ張れない。まさかこれ、矢じりに返しがついているのか?
 オレは、森の木々に隠れてこの矢を射た奴のことを丁寧に思い出した。

 白シャツにダボっとしたベージュのパイレーツパンツ。茶色のジレを着た上から真っ赤なサッシュベルトを巻き、更にその上に黒皮のベルトを締め、頭には例の三角帽子(トリコーン)を被っていた。
 もう見るからにむくつけけき……むくつけき? はて、どうだったかな。まぁとりあえずいい弓矢の腕をしている……海賊だった。

 そりゃもう筋骨隆々、天を衝くほどの大男……ではなかったな、うん。むしろ小柄だった気もする。いかんいかん、これ、矢じりに毒が塗ってあったかもしれない。記憶が判然としないもん。

 海賊はとにかく身軽で、オレを射倒すや否やあっという間にユリーシャに当て身を食らわせ、気絶したユリーシャを肩に担いでとっとと逃走した。
 だが、海賊が一人でこんなところにいるわけがない。
 おそらく乗って来た船――海賊船が近くに潜んでいるはずだ。
 いや、それどころか――。

 オレは別の可能性を考えた。
 もし一般の人に知られていない安全に通れる秘密の航路があるのだとしたら、このグリンゴ諸島は海賊が隠れ潜むにはもってこいの場所となるだろう。
 海の難所と言われているし、海図を見る限りそれっぽい航路はないのだが、その可能性は十二分(じゅうにぶん)にある。現にああやって海賊が出没しているのだから。

 あれからもう十分も経っている。
 早く追いかけないと……。

 オレは決心を固めると、近くに立つ大木の前に立って胸を張った。
 ゆっくりと両手を上げる。

「気は進まないがこれしかないか。南無三(なむさん)! ずありゃぁぁぁぁぁぁあああ!!」

 オレは両手を高く上げた不自然な姿勢を保ったまま、百メートル六秒の速さで大木に向かって走った。

 ……イチ、ゼロ!
 大木にタックルした瞬間、凄まじい激痛と共に、オレの心臓に突き立っていた矢が血肉を撒き散らしつつ背中側からスポンっと音を立てて抜けた。

「かはぁ!!!!!!」

 一瞬息が止まる。
 そりゃそうだろう。矢が周辺の肉を引き裂きながら心臓を通り抜けたのだから。
 開いた大穴から血が大量に吹き出し、心臓が止まる。

「あっ! がはっ!!」

 口から血しぶきが飛び散る。
 オレは意識が持っていかれるほどの激痛に膝をつきながらも、心臓に意識を集中させた。
 破れて穴が開いた心臓がオレの鉄の意思に応え、勢いよく修復していく。 
 わずか三分で心臓の修復を終えたオレは、意識がハッキリしてくると、口についた血の跡を左の手の甲で無造作に拭い、胸にさげたネックレスのガイコツを右手で握った。

「コっくん。ユリーシャを救い出す。場所を教えてくれ」

 まかせろとばかりに、ガイコツの目に(はま)った赤いスワロフスキーが輝く。
 いつも通り、一定の方角を向いたときだけ、ガイコツがそちらの方向にビームを発している。
 
「そうか、こっちか。ありがとな、コっくん」

 オレはガイコツに礼を言うと、指示された方角に向かって風よりも早く駆け出した。