ゴォオォオ――……。
四方で濛々と昇る火柱。火の粉を振り払い、ジュンは街中を奔る。
「……ッ」
メリメリ……ズドォン――……ッ。
倒木が居館を壊し、火の粉が逃げ惑う住人達に降りかかってゆく。
「急げ急げェ! 残った魔物の……残党狩りじゃァあ!」
「サセックスさんとこの界隈だぁ、またゴブリンだぞ!」
「増援頼むゥ! こっちのオーガも結構しぶといぜェッ」
「酷い炎上だァ。こっちの火消し作業も手伝ってぇえ?」
オォオォオ――……。
立ち昇る火煙の中、燃える街中に響き渡る家臣たちの懸命の喚起。
兵団の助力を得て、持ち直した街の自警団が消火に奔走している。
「……ッ?」
ガィン、ギィン――。
直近で剣戟音が聞こえた。振り仰いだ教会の十字架が燃えている。
「おぉいッ、そっちに行ったぞォッ!」
「うわぁああ、こっち来ないでぇえ?」
わぁあああ――……。
率いてきた兵団は街中で中途散会し、魔物の軍勢と交戦中である。
ジュン自身も道中大身槍を薙ぎ払って各個撃破してきたばかりだ。
「ぅわっ!」
ガシャァン! 破砕音が反響。レムと思しき声の後に振動が続く。
「レムッ?」
――バッ。
街道の角を折れた視界の先に、地面に突っ伏すレムの姿が見えた。
片手剣を支えに身を起こす彼女の髪が何時もの橙色に戻っている。
「ッ!」
少女の向かい側に、豪奢なフロックコートを着飾った男が見える。
何の根拠もないが、直感的にその男が仇敵ジェラルドと理解った。
「ジェラルドッ! 俺の大事な家臣や王国を……よくもッ!」
「ッ! ……これはこれは。ご機嫌麗しゅう……」
柔和な物腰。紳士的な佇まい。吸血鬼の伯爵を彷彿とさせる風貌。
「誰かと思えば『元』魔王、かつ『現』グランドラ第一王子……」
――ザッ、ザッ……。
怒りを顕すレムをやんわり押しのけながら、男が歩み寄ってくる。
「昔日の魔王ジャスティン殿のお出ましとは」
「昔日……だと? ……ジェラルドぉ……ッ」
ギリリ――……。
揶揄に、歯を食い縛るジュン。男から奇妙な既視感を感じていた。
が、それが過去の記憶なのか、それとも『偽の何か』なのか――。
「過去に何があったか良く覚えてないんだ……が、これだけは解る」
「ほう? 何でしょう。折角の機会です、聞いておきましょうか?」
ザッ――……。程よく距離をつめた所で男がピタリと足を止めた。
男の態度は極めて冷静で、達観しているかの様な落ち着きがある。
「駄目だジャン王子っ。そいつの言う事に耳を貸しちゃいけない!」
「……ッ?」
男の背面……教会側では、手負いのレムが諫言を張り上げている。
「そいつは魔界きっての大嘘つきなんですっ! 騙されないでっ!」
「はーっはっはっはっはッ!!」
レムの指摘をさも嘲るかの様な大声で、ジェラルドが笑い立てる。
「クク。私の七魔人を殲滅しておいて、今更それはないでしょう?」
「――ッ? ……そうかい。へッ。それは残念だったなぁ旦那……」
近衛七魔人の壊滅。ジェラルド陣営にとっては致命的被害のハズ。
毅然たる態度を保つと、ジュンはここぞとばかりに美声を張った。
「お前には、俺の代わりは務められないッ! その理由が解るか?」
王国を背乗りしての大陸制覇……その野望も理解出来なくもない。
が、些か陳腐に思えて仕方ない。そんな行為には意味が無い――。
「はて、何故でしょう? 貴殿と私の考え方との相違でしょうか?」
「王はあくまで纏め役。人民に依る国政であり、統治であるべきだ」
「ふむ……なるほど」
嘗ての朋友?を相手に力説するジュン。妙な負い目を感じていた。
平和的思想からジェラルドが道を外れたその背景に責任を感じた。
「ジェラルド、お前になら理解るだろ? それ程バカでもあるまい」
出来る事なら、彼が心を歪めた原因を究明し、是正してやりたい。
「国家の礎は人臣だ。暴政は人臣の信用を損ない国を腐敗させる!」
ジュンの厳然たる物言いに、流石のジェラルドも柳眉を逆立てた。
「貴殿は、国の舵取りはあくまでも人民に委ねるべきとお考えで?」
「……その通りだ。俺たちは裏方に徹すべき。それが民主主義だ!」
「……ふぅむ……」
腕組みをしながら黙考するジェラルド。理解し合える感じもする。
「……くッ」
交渉の余地もある。知性も持ち合わせていそうだ。何とかしたい。
男の出自や育成背景に凄惨な何かが窺える。出来れば折衝したい。
「なぁ、……ジェラルド。お前の気持ちも決して理解らなくはない」
相手の怒りの矛先に蝕知せぬよう、ジュンは慎重に会話を進める。
複雑な事情がジェラルドを狂わせたのだとしたら……修正したい。
「それが治世だと……俺はそう理解している。お前は、違うのか?」
「解りましたジャスティン。貴方はやはり私とは根本的に違う……」
ゴゴゴゴゴ……。(擬音)。
項垂れる様に頭を下げるジェラルド。その相貌が憎悪の色を宿す。
「理解るモノか……才能を有し陽の目を浴びてきた貴様なぞに……」
「待て、ジェラルド。話し合うんだ。お前はまだ引き返せるだろッ」
必死の説得空しく、ジェラルドの総身が禍々しい気を帯びてゆく。
「頼む、ジェラルドッ、俺の話を聞けよッ!」
「許し難い……」
ス――……ジャキィッ!
両腕を眼前で交差させるジェラルド。赤い爪が鋭利に生え伸びる。
「やはり貴様はッ。――私などとは永遠に理解り合えぬお人よッ!」
「くッ……――来いジェラルドッ! ここで決着をつけてやるッ!」
ダダァ――ッ。
猛然と走り込んでくるジェラルドを眼前に、槍を身構えるジュン。
四方で濛々と昇る火柱。火の粉を振り払い、ジュンは街中を奔る。
「……ッ」
メリメリ……ズドォン――……ッ。
倒木が居館を壊し、火の粉が逃げ惑う住人達に降りかかってゆく。
「急げ急げェ! 残った魔物の……残党狩りじゃァあ!」
「サセックスさんとこの界隈だぁ、またゴブリンだぞ!」
「増援頼むゥ! こっちのオーガも結構しぶといぜェッ」
「酷い炎上だァ。こっちの火消し作業も手伝ってぇえ?」
オォオォオ――……。
立ち昇る火煙の中、燃える街中に響き渡る家臣たちの懸命の喚起。
兵団の助力を得て、持ち直した街の自警団が消火に奔走している。
「……ッ?」
ガィン、ギィン――。
直近で剣戟音が聞こえた。振り仰いだ教会の十字架が燃えている。
「おぉいッ、そっちに行ったぞォッ!」
「うわぁああ、こっち来ないでぇえ?」
わぁあああ――……。
率いてきた兵団は街中で中途散会し、魔物の軍勢と交戦中である。
ジュン自身も道中大身槍を薙ぎ払って各個撃破してきたばかりだ。
「ぅわっ!」
ガシャァン! 破砕音が反響。レムと思しき声の後に振動が続く。
「レムッ?」
――バッ。
街道の角を折れた視界の先に、地面に突っ伏すレムの姿が見えた。
片手剣を支えに身を起こす彼女の髪が何時もの橙色に戻っている。
「ッ!」
少女の向かい側に、豪奢なフロックコートを着飾った男が見える。
何の根拠もないが、直感的にその男が仇敵ジェラルドと理解った。
「ジェラルドッ! 俺の大事な家臣や王国を……よくもッ!」
「ッ! ……これはこれは。ご機嫌麗しゅう……」
柔和な物腰。紳士的な佇まい。吸血鬼の伯爵を彷彿とさせる風貌。
「誰かと思えば『元』魔王、かつ『現』グランドラ第一王子……」
――ザッ、ザッ……。
怒りを顕すレムをやんわり押しのけながら、男が歩み寄ってくる。
「昔日の魔王ジャスティン殿のお出ましとは」
「昔日……だと? ……ジェラルドぉ……ッ」
ギリリ――……。
揶揄に、歯を食い縛るジュン。男から奇妙な既視感を感じていた。
が、それが過去の記憶なのか、それとも『偽の何か』なのか――。
「過去に何があったか良く覚えてないんだ……が、これだけは解る」
「ほう? 何でしょう。折角の機会です、聞いておきましょうか?」
ザッ――……。程よく距離をつめた所で男がピタリと足を止めた。
男の態度は極めて冷静で、達観しているかの様な落ち着きがある。
「駄目だジャン王子っ。そいつの言う事に耳を貸しちゃいけない!」
「……ッ?」
男の背面……教会側では、手負いのレムが諫言を張り上げている。
「そいつは魔界きっての大嘘つきなんですっ! 騙されないでっ!」
「はーっはっはっはっはッ!!」
レムの指摘をさも嘲るかの様な大声で、ジェラルドが笑い立てる。
「クク。私の七魔人を殲滅しておいて、今更それはないでしょう?」
「――ッ? ……そうかい。へッ。それは残念だったなぁ旦那……」
近衛七魔人の壊滅。ジェラルド陣営にとっては致命的被害のハズ。
毅然たる態度を保つと、ジュンはここぞとばかりに美声を張った。
「お前には、俺の代わりは務められないッ! その理由が解るか?」
王国を背乗りしての大陸制覇……その野望も理解出来なくもない。
が、些か陳腐に思えて仕方ない。そんな行為には意味が無い――。
「はて、何故でしょう? 貴殿と私の考え方との相違でしょうか?」
「王はあくまで纏め役。人民に依る国政であり、統治であるべきだ」
「ふむ……なるほど」
嘗ての朋友?を相手に力説するジュン。妙な負い目を感じていた。
平和的思想からジェラルドが道を外れたその背景に責任を感じた。
「ジェラルド、お前になら理解るだろ? それ程バカでもあるまい」
出来る事なら、彼が心を歪めた原因を究明し、是正してやりたい。
「国家の礎は人臣だ。暴政は人臣の信用を損ない国を腐敗させる!」
ジュンの厳然たる物言いに、流石のジェラルドも柳眉を逆立てた。
「貴殿は、国の舵取りはあくまでも人民に委ねるべきとお考えで?」
「……その通りだ。俺たちは裏方に徹すべき。それが民主主義だ!」
「……ふぅむ……」
腕組みをしながら黙考するジェラルド。理解し合える感じもする。
「……くッ」
交渉の余地もある。知性も持ち合わせていそうだ。何とかしたい。
男の出自や育成背景に凄惨な何かが窺える。出来れば折衝したい。
「なぁ、……ジェラルド。お前の気持ちも決して理解らなくはない」
相手の怒りの矛先に蝕知せぬよう、ジュンは慎重に会話を進める。
複雑な事情がジェラルドを狂わせたのだとしたら……修正したい。
「それが治世だと……俺はそう理解している。お前は、違うのか?」
「解りましたジャスティン。貴方はやはり私とは根本的に違う……」
ゴゴゴゴゴ……。(擬音)。
項垂れる様に頭を下げるジェラルド。その相貌が憎悪の色を宿す。
「理解るモノか……才能を有し陽の目を浴びてきた貴様なぞに……」
「待て、ジェラルド。話し合うんだ。お前はまだ引き返せるだろッ」
必死の説得空しく、ジェラルドの総身が禍々しい気を帯びてゆく。
「頼む、ジェラルドッ、俺の話を聞けよッ!」
「許し難い……」
ス――……ジャキィッ!
両腕を眼前で交差させるジェラルド。赤い爪が鋭利に生え伸びる。
「やはり貴様はッ。――私などとは永遠に理解り合えぬお人よッ!」
「くッ……――来いジェラルドッ! ここで決着をつけてやるッ!」
ダダァ――ッ。
猛然と走り込んでくるジェラルドを眼前に、槍を身構えるジュン。

