
ヴヴ――……ン。
異変を察するカミュ。まるで己の肉体に、ディアナが乗り移ったかの様だ。
ここへ来て疲弊する事もなく膂力の末端にまで嘗てない気力が漲ってゆく。
『グモォォォォァァアアッッ』
グモォォォオオオオ――……。
両拳を上げ、ノーガードを誇示する巨獣の懐に潜り込み、躍動するカミュ。
「……――うぉぉおおっ!!」
ドガガガガガガ――ッッ!!
宙空で姿勢制御しながら、カミュが硬化した双拳を巨獣に撃ち込んでゆく。
「あぁーーっとぉおッ! 凄まじいラッシュだぁああッ!!」
「ディアナ、プランDは――っ?」
セレスが背後で何やら叫んでるが、今更そんな助言を聞いても仕方がない。
ディアナの戦闘スタイルを過去に一度見た事があるが、近接格闘型だった。
――問題ないハズ――。
◇リング上◇

「それそれそれぇえーーーっ!!」
ゴンガンゴンガンゴンッ!!
すっかり鬼面の相で、腹部の風穴に浮かぶ小球体に連弾を浴びせるカミュ。
ビシビシィィ――ッ! ヴヴヴ、ヴヴ――……。
球体に罅割れが奔り、ノイズに包まれる巨獣の姿が急速にジャムってゆく。
「……っ!」
過去タイムリープで撃退した巨獣だが、感触が今一だった事を覚えている。
倒した手応えが薄かったのは、ホログラム生命体だからと思い込んでいた。
「……違う、……この後、……確か……――っ?」
オォオォオ――……。
あらゆるエンタルピーを吸収し、独自の超進化を遂げる未知の知的生命体。
そんな怪物が世に跋扈すれば、たちまち万物を呑み込んでしまいかねない。

ジオフロント内部から止めに行った筈だが、危険は去っていなかった様だ。
『グモォォォぁァアアアアッッ!!』
ヴォン――ッ。ドゴゴゴゴゴォォ――ッッ!!
風切る唸りを上げて飛び交う両の剛腕を掻い潜り、拳撃を叩きこむカミュ。
決して得意とはいえない肉弾戦だが、オールラウンドにヤるしかない――。
「ぉらぁぁあああ――っ!!」
ゴンガンギンゴンン――ッ!!
金属的な残響を会場中に鳴り渡らせ、カミュはコアに集中砲火を浴びせる。
「あぁーーっとぉおッ!! これは凄まじい攻撃だぁあああッ!!」
『グモォォォォォォァアァアアーーッッ!!』
♪……オォオォオ――……~♪
歓声とジェスの独唱、巨獣の咆哮が折り重なって重合し、交響曲を奏でる。
「……セレスの為、……世界の為に……っ!」

ゴンガンゴンゴンゴン――ッ!!
セレスの呪縛を断ち切るには、今この場でこの巨獣を倒す。それしかない。
プランDは兎も角――、あの時セレスの望んだ最もベストなやり方で――。
「何やってるのディアナ、プランD……っ」
「てゃあっ、ホーリー・ブラスターっ!!」
――ドガァアアッ!! ……ビシィ――ッ。
振り被ってから放った渾身のメガトンパンチが、巨獣のコアを撃ち抜いた。
『グンモォォォォォォオオオーーーッッ!!』
ガバァ――ッ。
直後、どんな攻撃も吸い取ってきた不沈艦が海老様に上体を仰け反らせた。
「おぉーっとぉおッ!? これは痛烈ゥッ、海老反りだぁあーーッ!!」
「しゃぁあッ! エビ反り、――キタぁあああッ!!」
「キタキタぁぁああッ! ケイオウ、だぁああッ!!」
「一気にいてまぇッ! 今宵はボタン鍋じゃああッ!」
ワァァアア――ッ。
歓喜に湧き立つ大観衆。熱狂的なフーリガンが盛んに横断幕を振りたてる。

「やった……っ?」
「……いや、……」
ポストに凭れかかり、瞠目するセレス。サイドで直人が慎重に状況を窺う。
◇

ドォオォオオ――……。
熱気の漲るリング上――。熾烈な攻防に、観衆の興奮度は最高潮に達する。
『グモォ、――ォォオアアッ!!』
「……っ!?」
ドゴォオ――ッッ。。
これまで膂力を蓄えてきた巨獣が、殴りつけるかの様な鉄槌を炸裂させた。
「っぶねぇ!」
――バサァッ。
宙空で間一髪躱すカミュ。束ねたツインテが解れ、ストレートヘアになる。
「ディアナっ!」
ドォォォオオ――ンッッ!!
剛腕炸裂。形状記憶マットが揺れ撓み、反動でカミュの身体が浮き上がる。

「……なんちゅー力だよっ」
おぉおぉお――……。
宙高く浮いたカミュが巧みに姿勢を旋回、巨獣の背後へと回り込んでゆく。
「……っ!」
グ――っ。
期待していたディアナのムーヴに拳を握りながら、セレスが白い歯を零す。
「そうよディアナっ! そのまま、……――プランDぃっ!」
「……そぅか……っ!」
概要の一端が、視えた。どうも跳躍して相手の背後に回り込む攻撃の様だ。
ゴォォォオオ――……。
天地の視点を逆さにした状態のまま、落下するカミュ。逡巡する刹那の間。
「……プラン、……D――っ!!」
ギュゥゥ――……。
双拳を握るカミュ。つぎに狙うは、落下しながら放つ脳天への蹴り技――。
『……違う……そうじゃない……』
「……っ!?」
リィ……ン――……。
意を決しかけた時、何処からともなく幽玄の様な囁き声が語り掛けてきた。
魔獣の遠吠えとは程遠い、天使の歌声の様な響きを帯びた、懐かしい美声。
『……キミ、違うよ、……フィニッシュは、こう……』
「っ、誰……?」
ゴォォォォ――……。
中空に浮上したまま周囲を一瞥するカミュ。無論、語り掛ける者は居ない。
変装を続けている内に、ディアナと波長が徐々に似てきたのかもしれない。
『特別に、……私の最大の技、……教えてあげるねっ』
「……――っ?」
……キィ――ン……。
何の前触れもなく、カミュの意識内に何者かの記憶の断片が流入してきた。

♪~…♪~~…♪~~~……♪
紫色の髪の少女が愉しそうに笑っている。微笑んでいる。共に遊んでいる。
(ほら、セレス、……もっと微笑って……)

おぉおぉお――……。
殆どセレスに纏わる記憶だ。直感的に、それがディアナの記憶だと解った。
『……フォトンを使って。電子の障壁を無効化するんだ……』
「ディアナ? ……なんでそんな大事な事、ぁたしに……っ」
『……セレスを、任せたよ。どうか、……彼女を幸せに……』
――フ……ッ。
声が消える。その間、ほんの数ミリ秒。それは幻覚だったのかもしれない。
「幸せにって、……だからなんでぁたしに、……そんな事っ」
――オォオォオ――……。
逆さの視点で、カミュは概要を理解した。ディアナが伝えたがった真意を。
光子エネルギーを使って球体の電子結合を解き、原子レベルに分解させる。
「それがっ、……プラン、……――Dぃっ!!」
キィィィイイイ――……。
頭上にマットが迫る中、カミュの手に握られた銃身が眩い煌めきを帯びた。
『グモッ、グモォォォォオオ――――ッッ!!』
「今よ、……――ディアナぁっ!!」
おぉおぉお――……ッッ。
咆哮を張り上げる巨獣。コーナーに凭れたセレスが、ガッツポーズを取る。
「っけぇえっ、……――フォトン・ブラスターっ!!」

カッ、――ドゴォォォォォォ――……ッッ。。
轟音――。炸裂した熾烈な閃光が会場一帯を眩いフラッシュで包み込んだ。
◇
ヴヴ……、ザザァァァ――……。。
ノイズで薄れゆく巨獣に重なる様にして、小さな人型の姿が見え隠れする。
『ワレ、コレヨリ、シバシノネムリニ……ハイル……』
「……――っ!?」
クルン、……――トッ。
不測の展開に眼を見開きつつ、背面宙返りでマットに着地を決めるカミュ。
過去、双肩に載せた粒子砲で一蹴した際には、見る事すらなかった光景だ。
『ワレ、ナガキニワタリ、チチュウフカクネムル……』
「お前、……何者だっ!」
パァァアア――……っ。
眼前で爆ぜる煌めきの中に、謎の映像がコマ送りの様にして映し出された。

「……フラクタル……っ?」
大自然、己の肉体、自然現象――。似た様な幾何学模様を幾度も見てきた。
シュバルツシルト面――。水平線中央のホールから記号が投射されている。
羅列された記号の螺旋状配列が立体を構築し、その中に電気的活動が宿る。
「磁気媒体が……投射され、……物質世界を構築……」
おぉおぉお――……。
ブラックサンからホールを経て投射された情報が天蓋を反射し世界を創る。
定まった定周軌道上を膨大な熱エネルギー体である太陽が回り昼夜を創る。
一連のモジュール様映像は断片的で無機質なモノだが、懐かしみがあった。
「……この期に及んで、何を……っ」
オォオォオ――……。
太古の海が世界図が、エンタルピーの推移と共に移り変わり、終へ向かう。
既に既視感のある陳腐な映像の断片だ。この中に何を読み解けというのか。
『熾天使ミカエル……、ソナタノ事ハ、キオクシタ……』
「……何だとっ!」
嘗て撃破した時の反応と違う。セレスとハデスが介入しているのだろうか。
――それとも――……?
◇

ガァァ――ン……。――パァァァア――……。
ミラーボールの様な輝きを放っていた球体が、ノイズと共に消失してゆく。
『……オ前タチ、ノ間違イヲ、……タダスノニャヨ……』
「……にゃ?」
小首を傾げるカミュ。――猫語? イントネーションは古代語に聞こえる。
カミュの意訳が間違っていなければ、眠りからの復活、という意味になる。
ザザァ、……ヴヴヴ、……ザザァアァァァア――……。
ノイズの乱れが激しくなり、巨獣を象る黒い影が虚空へと溶け込んでいく。
「やった……、プランDっ! やったよディアナぁあ!」
「やりましたね嬢さんッ! あの化け物を、ついにッ!」
湧き立つ喜びとカタルシスを呑み込み、手に汗を握りながら見守るセレス。
セコンドに駆け付けたプロミスも、涙を浮かべた満面の笑みで称えている。
「……決まった、……のか……?」
おぉおぉお――……。
固唾を呑んで見守る直人。熾烈な攻防の最中に異質な変化が何度かあった。
それが何か解らない。今度、似た様な相手に遭遇した時、勝てるだろうか。

「くッ、……ぅぐぅう……――ッ」
ギリリ――ッ。
不完全燃焼だ。己の不甲斐なさに歯噛む直人。口端から一条の血が零れる。
「おぉーっとぉッ? これはそろそろ決着かああッ!?」
ワァッ……――ァアアッ!!
一瞬の静謐を経て、湧き起こった満場の大喝采が、会場内を埋め尽くした。



