Excalibur



 おぉおぉお――……。
 魔獣と対峙するカミュ。ディアナの衣装や青髪ウィッグの着用は継続中だ。
「……丁度やられた後だったからなー。何とか、まぁ仕方ないよね……」
 誰にともなく呟くその乾き気味の唇が、悔し気にきゅっと嚙みしめられる。
 タイムリープとはいえ、ジオフロントの技術では時間の微調整が出来ない。
 大雑把な時刻設定に合わせて意識を飛ばし、神霊力で具現化しているだけ。
 具現化の再現度すら、その時の転生状況によっては強く制限されてしまう。
「……まだまだ足りないんだよね……」
 要は未完成の技――。自己調整が可能な状態にまでは至っていない技術だ。
『グモァァアッ! コフッ、コフッ!』
「随分と大人しくなったじゃん。どったのクマ君? 何か思い出した?」
 カミュの大胆な問いかけに、怯む挙措を見せつつも、魔獣が懸命に応じる。
『グモァアアッ! グモッ、グモアッ』
「おぉーーっとぉ? 何だぁ? これは会話してるっぽいがぁあッ!?」
 オォオォオ――……。
 場内の雰囲気がたちまち悪くなった。殺気立った連中が抗議し始めている。
「やっぱインチキかよぉッ。運営側ぁあ金返せよぉこのバカやろーッ!」
「大金叩いて八百長でしたなんて誰が納得すんだよこの裏口賭博ゥウッ」
「やらせでも何でもいいわよ~わだすのボゥゥ~イさえ見れればぁ~♪」
「ビリビリボゥゥ~イを出しなさいよぉッ! バィィン行くわよぉッ?」
「現行犯の準備だぁあッ! 保安部隊はここが腕の見せ所だぞぉおッ!」
 ワァァァアア――ッ。
 専ら怒号と雑言ではあるが、熱狂の渦に包まれる場内。座布団が宙を舞う。



 ――ドゴォオッ!
 轟音。烈火が飛沫く。片面の頬を陥没させた小男の横っ面が、弾け飛んだ。
「ぐべばぁッ!」
 ズザザァ――ッ。
 ぶん殴られた小男が床面に倒れ伏す。ハデスの姪っ子が悲鳴を張り上げる。
「きゃぁあっ! プロミス……っ、貴方達、なんて罰当たりな事をっ!」
「おうッ、このチビ男が先に手ェ出してきたんだろがぁッ、ぁあんッ?」
「姉ちゃん~そんな心配なんなら、ちゃんと首輪して躾けとけェェ~ッ」
 ぎゃはははは――ッ。
 悪ノリを弾けさせる半グレ連中が、チャラけた即興ダンスを踊ってみせる。
「ヴーヴーッ。オゥ~オゥイェァァ~ッ」
「おぅマイガ~ッ! レッツダ~ンスッ」
「坊やはネンネのお時間でちゅよ~ン♪」



 オォオォオ――……。
 周囲を遮られて身動きが出来ないセレスの困憊した眼が、カミュと合った。
「貴方達、いい加減に退きなさいっ。お願い、……前へ進ませて……っ」
「……セレスっ」
 ググ、……――ドキュッ。
 人集りを遠間のリングから遠望するカミュ。手に持った銃身が火を噴いた。
「うぎゃぁああ?」
「何だぁああッ!」
 ドガァア――……ッ。
 爆音。場外の一角に起きた爆発が、屯っていた半グレ連中を宙に飛ばした。
「な、何だこりゃぁッ!?」
「ばッ、……爆弾だぁッ!」
「ひぃッ! 逃げろぉおッ」
 オォオォオ――……。
 硝煙の最中に群衆の囲いが解れて出来た突破口を、セレスが目ざとく察知。
「っ? い、今よ、ほら、プロミスっ!」
「……ぅ、ッ、……め、面目ねェっスッ」
 タタタ――ッ。
 蹲る小男の手を強引に引っ張り上げると、セレスは混乱に乗じて走り出した。

 ◇学園校舎前◇



 ザッ、ザッ――。
 襤褸の甲冑を纏った精悍な顔立ちの男が、ふらつく足取りで接近してくる。
「アリエスちゃん、ほら、大きな鎌を手に持って……、闘ってくれッ!」
「な、何を言ってるんですか? そ、そんな事、私に出来るワケが……」
「おいジュン坊ッ! 何時まで突っ立っとんのやッ、早ぅ助けぇやッ!」
 セレスの様子にすっかり気を取られたジュンは、男の接近に気付いてない。
「ッ。……セレスがッ、……何かを思い出そうとしているのか……ッ?」
「ほら、前にこうやって出してたでしょッ? ……銀色の大きな鎌をッ」
「知らない。何も覚えてないのっ。それよりお兄様はどこなの……っ?」
 オォオォオ――……。
 混迷する一同。連携が上手く取れていない所への、ヘラクレスの抜き打ち。
 が、――男の方も瀕死のダメージを負っているとみえ、攻撃しては来ない。
「……な、なな、何ですかッ! あ、貴方はッ! 今取り込み中で……」
「お前たちに用などない。俺は、この女に用があって来ただけだ……ッ」
「……へ?」
 ――ザッ。
 眼を丸くする一同の真横を通り過ぎると、男はセレスの傍らで足を止めた。
「……ヘラクレス?」
 ジュンと一瞬目が合うが、先の激闘ぶりがまるで嘘の様に平然としている。



「チッ、展開中か……。この様子だと何時戻って来るやら解らんな……」
「お前、中に入ってセレスを連れて戻って来れるか? あと俺の仲間も」
「無理だな。セレスが自ら結界を解除しない限りは不可能。お手上げだ」
「……?」
 何やら話し合っている様だが、安田達には今一つ何の事やらピンと来ない。
「あ、あのぉ~。つまり、今現在、彼女さんはどういった状況で……?」
 怖ず怖ずといった安田の窺いに、甲冑の男が疲れ切った眼を向けて応える。
「……噛み砕くと、瞑想状態に近い。我が同朋は目下瞑想中という事だ」
「め、瞑想? ……それなら、外からの呼び掛けで眼が覚めるんじゃ?」
 至極当たり前の安田の問いだったが、男の解答は斜め上を行くものだった。
「それが我々の結界は、そう簡単なモノではない。要は物理障壁に近い」
「物理……障壁? な、何なんですかそれ、バリアに近い感覚のモノ?」
 おぉおぉお――……。
 的を射た安田の鋭い問いに、甲冑の男が鷹揚な目をジロリと安田に向ける。
「眼鏡の男よ。波動が違う場所に行って場違いだと感じた事はないか?」
「……あ、ありますけど、……それとこれとで、一体どういう関係が?」
「障壁という概念は要は波動、より細かく言えば周波数の違いで生ずる」
「つまり違和感の正体は、周波数の違い、……そう仰られる訳ですか?」
「……ふッ。読みが鋭いな、貴様。磨けばもっと伸びるのではないか?」
 浅黒い肌の男が白い歯を見せる。夕陽を浴びた甲冑が、キラリと煌めいた。



「……ただの周波数だと思うだろう? 我々はそれを物質化出来る訳だ」
「――え? 周波数の違いを、……物質化? といいますと具体的に?」
「各々特有の振動数を身に纏ったモノ、それが我々の固有結界の正体だ」
 講釈が続く。二人の会話中も、ジュンはセレスの前面に手を伸ばしている。
「へ、へぇ……。振動数を、……物質化……? 意味が分からない……」
「解らなくて結構。お前にそこまで期待してはいない。なぁルシファー」
 鷹揚な態度で頷くと、甲冑の男はジュンの肩を馴れ馴れし気にポンと叩く。
「先程は怒らせて悪かった。……まぁ我々も目下、緊急事態なモノでね」
 ス――……。
 解読の手をいったん休めると、ジュンは沈鬱な流し目を横の男へと向けた。
「……ヘラクレス。怪我の方はいいのか? 恐らく瀕死のハズだが……」
「ん? 俺の強化外骨格(パワードスーツ)の強度、もしや忘れたか?」
 甲冑はすっかり襤褸状態だが、ヘラクレス自体は生きて地面に立っている。
「あぁ、……だったかな。以前もお前の硬さには手を焼いたっけな……」
 オォオォオ――……。
 肩を並べ澄まし顔で労わり合う二人の男。一見、旧知の仲の様にも見える。
 が、安田には異様な光景に映った。先程まで本気で殺り合っていた連中だ。
「……??」
 ――意味が分からない――。
「な、……何を話し合っているんでしょう。分かりますか下洗先生ィ?」
「アホ。ワシが知る訳ねぇじゃろッ。連中の考えなどサッパリ解らんッ」
「で、ですよねぇ~。ぇへへへ……」
 愛想笑いではぐらかす安田ではあったが、その口元は歪に引き攣っている。
 普通の学生でないだろうジュンは兎も角、男の正体に関しても謎だらけだ。

 ◇地下闘技場◇



『ウォォォォオオ――ンッ』
 ――ドガァァッ!!
 唸る剛腕がマットを豪快に殴りつける。振動の余波を受けて揺れる闘技場。
「……っ」
 横っ飛びで避けるカミュだが、その表情からは先程迄の余裕が消えている。
「ったく、やっぱチンパン相手じゃ話が通じないよねっ!」
『グモォォォオオオ――ッ』
 ザァァ――……ッ。
 吠える魔獣の側面に回り込みながら、カミュは即座に崩れた体制を整える。
「さぁ~~ぁッ! どうなるゥ? 怪物が本気を出してきたぞぉおッ!」
 ワァァアア――ッ。
 ジェスの煽りに乗り、ヒートアップする場内。観衆が歓喜の悲鳴を上げる。
「待ってましたぁッ! やれぇ化け物ォおッ! 思う存分暴れろぉッ!」
「セコンドの姉ちゃぁんッ! 全額いってるさかい、頼んますでぇえッ」
「ストップザ・ゴリラッ! そのドンキー・コングを止めてくれぇえ!」
 ギャーッハハハハァァッ。
 歓声と嘲笑が入り乱れる様にして飛び交い、否が応でも盛り上がる会場内。
『グモッ! グモァアッ!』
 ドごドゴドゴドゴ――ッ。
 二足で立ち上がった巨獣が、低く屈み込んだ少女をドラミングで圧倒する。
『グモォォォォァァアアッ』
「ぅんぅん。俺の方が強いんだぞ。今更命乞いしたって許さないぞ、か」
 読心を試すカミュ。何処まで正しいのか不明だが、自ら意訳して納得する。



「残念だけど降参するつもりも負けるつもりもないんだね~それがぁ♪」
 ――グッ、グッ。
 マット上で愉し気に体操しながら、口許にニヤけた微笑を浮かべるカミュ。
「そろそろセレスも来た事だし。歴然たる力の差を見せたげるわぁっ♪」
 巨漢魔獣を上目遣いに見上げるその無邪気な双眸が、にんまりと微笑った。