Excalibur



 ワァァアア――……。
 沸き立つ歓声。降り注ぐ怒号。館内が割れんばかりの歓喜と狂気に揺れる。
『グモォォォァァアアアアアーーーッッ!!』
 ドゴドゴドゴドゴ――ッ!!
 轟く振動。怒りのドラミングで眼前の少女を威圧しながら、魔獣が吼える。
「はぁ。……このホログラム、ぁんま記憶力は良くないっぽだねぇ……」
 オォオォオ――……。
 カミュの千里眼には洞窟内で諦観していた嘗てのセレスの姿が視えている。
「……ディアナっ、ディアナっ」
 うわぁぁあ――……。
 親友を奪われ、号泣する幼いセレスの泣訴が昨日の事の様に聞こえている。
「セコンドが選手の代役を務めてリングインって、アリなのかぁーッ?」
「何でもアリのノールールですからね~、い~んじゃないでしょうか~」
「あの世紀の茶番劇とも揶揄された往年の名勝負を思い出しますねぇ~」
 ドォオォオ――……。
 解説者とゲスト解説の絶妙な掛け合いに乗って会場内は更にヒートアップ。
「ンだよアレぇッ、インチキじゃねーかッ! なんでセコンドが……ッ」
「金返せぇえッ! こっちゃ明日からカップ麺生活だっちゅーにぃイッ」
「それでいいのッ? 真面目に戦って決着をつけなくては駄目でしょッ」
「ちょぉ~そこの女狐ちゃぁ~ん? ボゥゥ~ィを返してちょぉ~~っ」
 ――ズギュゥゥン。
 罵声に乗じ、屯ッていたジェンダーフリーの一群が自前のロケットを誇示。



「おいそこのオカマども、待てッ! 現行犯だッ、大人しくしろおッ!」
 ドカドカドカ――ッ。
 保安部隊が雪崩れ込んできて、ジェンダー軍団と取っ組み合いが始まった。
「ぎゃぁああ金かえせぇぇええッ!!」
「おおぅぃいインチキじゃねぇかあッ」
「しゃぁああヤってまぇぇえええッ!」
 オォオォオ――……。 
 並々ならぬ怨嗟と憎悪が渦を巻く。闇賭博の神髄を垣間見せる地下闘技場。



 おぉおぉお――……。
 青い髪をツインテに結った少女が、リング中央から会場内を見渡している。



「さてはて、……肝心のセレスはぁ、……まだかなぁ~~、っとぉ……」
 オォオォオ――……。
 辺りを見渡すカミュ。会場の端。人集りの環の中央にセレスの姿が見える。
「やれんのかぁこの野郎ッ! かかって来いやァこの野郎バカ野郎ッ!」
「馬鹿野郎ォッ! やってやんよこの野郎ォッ! このバカ野郎ォオッ」
「っしゃぁッ。オゥケイキャモォン、早速じゃ~やりましょぉよお~♪」
「お前らクズ共めら……ッ、セレス嬢さんには指一本触れさせねぇよッ」
 ザザァ――……。
 いきり立つプロミスだが、ガタイの厳つい親父共に取り囲まれてしまった。
「ィよい・しょぉおッ、ヤってまぇえッ! オッサン狩りじゃぁああ!」
「泣いて侘び入れても遅せェぞッ? 侘び寂びはエスビーだろぉおッ!」
「さっぶッ! ボケがッ、ダダ滑りさせて気勢削ぐなやこんな時にィイ」
 ワァァアアッ。――ドゴォオッ! バキィッ。
 乱闘が起きている。どうもプロミスが取り巻き連中と殴り合っている様だ。
『コフッ、……グモァッ!! グモォォォォォァァアアアーーッッ!!』
 ドゴドゴドゴドゴ――ッッ!!
 憤激のロール音。天を振り仰ぐ魔獣のドラミングが、更に苛烈さを増した。
「ぁはっ。……まるで壊れたブリキ人形、ゃ、コグマのトンピーだね~」
 オォオォオ――……。
 手の甲を腰に据え、吼え立てる魔獣を涼し気な澄まし顔で見上げるカミュ。



「……妙な猫魔人の気配が、ない。そか、セレスはまだ知らないんだね」
 幼少期から現在に至る迄、彼女は事の真相を未だに把握出来ていない様だ。
 あの時、洞窟内で何が起きて、どうなったのか。黒幕が一体誰なのか――。
「なら尚更のこと、ディアナの仇を討たなきゃっ、……だよねセレス?」
 幼少期のセレスが受けた無念を今こそ晴らし、彼女を救い出す必要がある。
 呪縛から彼女の心を解き放たねば、自分達の結界からの解放も成就しない。
『グモッ、グモァッ、……ッ? コフッ、……ガルルルルル……ッ!?』
「ん。異変に気付いた? ディアナじゃないって。な訳ないよね……?」
 ヴゥン、――ジャキィッ。
 気を引き締めるカミュの手中に銀色に輝く銃把が顕現し、確りと掴まれる。
「ぁの怪物にも思い出させてやりたいけどぉ、……きっと無理だよねぇ」
 オォオォオ――……。
 3Ⅾホログラムとはいえ、物質化した今の魔獣は相応の質量をもっている。
 攻撃を受ければ損傷は必定。背後で直人が昏倒中だ。初手は与えられない。



「あん時ぁたしの具現化ホログラムにやられた事、覚えてるかなぁ~?」
 オォオォオ――……。
 魔獣の下で泣き崩れるセレスを窮地から救ったのは、ほんの出来心だった。
 ジオフロント内で、意識を過去に飛ばすタイムリープ実験に着手していた。
 その時に色々垣間見た歴史の中の一コマに過ぎなかったが、――今は違う。
「ぁんた等がずっと計画してきた企み、ここで潰しちゃっていいかな♪」
『コフッ!? グモァッ! グモァァァァァアアアアアーーーッッ!!』
 グバァァアア――ッ。
 何事か察したのか、魔獣が嘗てない怒声を発しながら、両腕を振り上げる。

 ◇青凛校舎前◇



 オォオォオ――……。
 倒れ伏すゾンビの屍の中には、変わり果てた馴染みの面々も混ざっている。
 悲鳴を発せばゾンビに気付かれる事を警戒し、懸命に平静を保つ一同――。
「……くッ、ぜんぜん解ンねェ……ッ。謎々とか苦手なんだがな……ッ」
 ヴヴヴ――……。
 掌を伸ばし、結界周波数を解読しようと努めるジュンだが、頓挫していた。
「……ッ!?」



 ――スゥ。
 伸ばした指が引っ込む。心中の動揺を、悟られない様に撫でつけるジュン。
「どないしたんじゃジュン坊ッ。そないなギョッとした面しよって……」
「ジュン君、現在の所、ゾンビの群れが襲撃してくる気配はない様だよ」
 揃って声をかける二人。実際、ゾンビが襲ってきた時はジュン頼みとなる。
 ただ、――眼鏡の横に並び立つ黒髪ツインテ少女の潜在能力が未知数――。
「いや、この少女の眼が……」
 オォオォオ――……。
 閉じていたセレスの眼が大きく開いている。ただ、ジュンを視てはいない。



 何かに反応し眼を開いた様に見えるが、どうも外部の反応ではなさそうだ。
「まさか、……そんな……っ」
「……ん?」
 少女の小さな呟きを、確認するジュン。セレスは何かに驚愕している様だ。
 が、――それが一体何なのか、何に驚いているのかは、知る由もなかった。
 固唾を呑んで見守る眼鏡の傍では、アリエスが小言で何事かを呟いている。
「ねぇ、……お兄様が中に居るの、……早く、助けてあげなきゃ……っ」
「待ってねアリエスちゃん。今、ジュン君が一生懸命に探しているから」
 心中穏やかではならざるものの、この場は同調を示す安田の処世術が光る。
「ゾンビが来たら、お前ェが真っ先に餌食ンなるか、頼りンなるかじゃ」
「私がっ? 頼りになんてなりませんっ、なる訳ないじゃないですかっ」
 ――黒髪のツインテが小さく揺れる――。



 小太りハゲに凄まれ、怖気づきながらも戦力扱いを自ら拒否するアリエス。
 有事の際に、他人に頼られる様な経験は嘗て無い。すべてが初体験だった。

 ◇

 ガサガサッ――。
 茂みの奥の方から葉音が聞こえる。つぶらな瞳を、遠方に凝らす中年ハゲ。
「おいッ見てみぃ安田ァ。あっちじゃ、あっちの茂みの角っこの方……」
「な、何ですかぁもお。先生ったら強引だなぁ~。……ビビりますよぉ」
 ガッ――。
 肩を掴まれ、示された方角に眼を向ける安田。その表情が途端に凍り付く。
「……ッ!?」
 オォオォオ――……。
 見やった方角に、破れた甲冑を着込んだ男が居た。こちらを凝視している。
 一目で先程の男だと判った。電光石火の攻撃でジュンを追い込んだ強敵だ。
「ジュン坊ッ、おい、こらジュンッ、おどれ人の話を聞いとんのかッ!」
「ぁ、……そ、そんな……っ、……ディアナ……、しっかりして……っ」
「……くッ、一体どうしたんだセレス、……何か思い出したのか……ッ」
 まるで聞いていない。ジュンはセレスのうわ言に夢中で取り付く島もない。



 ザッ、ザッ――……。
 襤褸切れの甲冑に身を纏った男が、息を荒げながらこちらに近づいて来る。
「……!! ちょ、ちょぉ~っとぉ、ま、不味くないでスかぁ~っ!?」
「ワシゃしんだふりするけぇ、……後は宜しゅう頼むで安田ぁぁ~ッ?」
 ドゥ――ッ。
 俊敏な動きで地べたに突っ伏す太鼓ッ腹の中年。そのまま動かなくなった。
「あぁぁ~~ッ!? もしかしてそれ、しんだふりっスかぁあ~~ッ?」
「ちょっと、何してるんですか、ぁの、そーゆーの、困るんですけどっ」
 卑劣極まる下洗の『逃げ技』に総身を戦慄かせる安田と狼狽えるアリエス。
「げははッ、悔しかったらのぉ安田ぁ。お前も真似したらどないじゃぁ」
 顔面を砂の上に突っ伏したまま嗤い声をあげる下洗。ハゲた後頭部が煌く。
「先生ィいっ! そんなん洒落んなりませんてえっ! あの男が……ッ」
 ――キラリ。
 大慌てする安田の抜かりない眼が、――直ぐ傍に佇むアリエスを凝視する。
「アリエスちゃん、あの男がねっ? 君にお手合わせ願いたいって……」
「……ぇ? お手合わせって何? なんなの? 私に何か用があるの?」 
 巨大な怪物に迎撃されて以降のアリエスは、まるで人が変わったかの様だ。
 記憶を喪失したかの様に映る。のみならず他人が乗り移ったかの様な――。
「君しか居ないんだよ。ほら、あの男がこっちに来る。キミなら……ッ」
 だが、――ジュンが当てに出来ない今、頼りになる人材が彼女しか居ない。
「さっきまでやってたでしょ? 鎌みたいな武器をぶん回してさぁ……」
「……」
 ザッ、ザッ――。
 焦燥する眼鏡の下に、甲冑の男がふらつきながら真っ直ぐに接近してくる。