Excalibur



 ざわ、ざわ――……。
 夜更けにも関わらず、ネオン煌めく街中は雑踏でそれなりに賑わっている。
 青いフードを被った男と奇抜な学生服姿の女子を、行交う人々が注視する。
「なぁ、その変なスカート、もう少し何とかならないのか?」
「んーそぉ? 別に気にしなきゃいーじゃん。きゃははっ♪」
 能天気な明るい笑い声を弾けさせ、少女がスカートの裾をピラっと捲った。
「……」
 ディアナのパンツは見慣れてはいたものの、改めて見ると呆気にとられた。
 風俗嬢が身に着ける様なタイプの光沢を帯びた妖艶ショーツにゾッとする。



「前々から感じてたが、……それ、風俗嬢が履く様な奴だろ」
「は。悪い? ざけてんの? 可愛いから履いてるんだけど」
 ――ぎょろっ。
 鋭い目つきでギロリと直人を睨み据えると、ディアナは澄まし顔で嘯いた。
「別にこんなの見られたってぇ、恥ずくも何ともないしぃ~」
「いや、お前の感想とかよりも、周囲の目とか社会通念とか」
「どぉ? このサテンのショーツ。めっちゃお洒落っしょ♪」
 ――フワリ――っ。
 ご機嫌にくるりんと身体を回転させるディアナ。ミニスカが捲れ上がった。



「……ぅ。その、……あまり見せつけないでくれないかな?」
 刺激が強い。眼のやり場に困り、直人は目線を明後日の方へ向けてしまう。
「ぁー嘘っ? もしかして照れてるぅ? ぇ~マジ図星ぃ?」
「照れてないってば。非常識過ぎるから他人のフリしてくれ」
 流石に無神経極まる。人の事は言えないが、ディアナは正直、度が過ぎる。
 こんな空間で、正気のぶっ飛んだ露出女と、二人きりの逃避行は荷が重い。
「その、性格変わったよな? だらしなくなった、というか」
「だらしなくなぁいっ。これはお洒落っ! 認識、改めてっ」
「……ッ」
 眼を尖らせたディアナが、ぷんすか怒りだした。振り回されっ放しの直人。
「そもそもぁんた何もわかってないっ! いい加減にして?」
「……な、何を……? いい加減にするって、何をだ……?」
 プンプンっ――。
 ディアナの怒りが収まらない。話題を変えた方が良さそうとの判断に至る。
「まぁ、その、……現世界への帰還を急がなくていいのか?」
「時間の流れがとぉ~っても遅いからねー。いんじゃない?」
 あっけらかんとした返事がかえってくる。ディアナは至ってマイペースだ。



 張りつめていた緊張感が雪解けの様に解れてゆく。これで良いのだろうか。
「かなり遅いとはいっても、スローで流れてはいるんだろ?」
「ここの一日があっちではコンマ一秒くらいかなぁ。焦る?」
「……そんなに遅いのか? なら慌てる必要はないのか……」
 一体何時までこの結界内で過ごすのだろう。しかもディアナと一緒に――。
 悪い気もしないが、先行きも見えない。脱出の手掛かりを探す必要がある。
 セレス固有のソルフェジオ周波数だ。が、ハデスが干渉し妨害をしている。
「一筋縄ではいかない相手だが、……他に有効な方法もない」
「……は?」
 脱出にはハデスの電波干渉を消し、セレスの周波数を解読する必要がある。
「まぁーた小難しいこと考えてんの? ぁんた、疲れない?」
 いつの間にか、呼び方がぁんた呼びに変わっているが、敢えて気にしない。
 最初の頃のディアナとは随分、印象が変わってしまった感は否めなかった。
「……いや、別にこれが普通だ。お前が能天気過ぎるだけだ」
「べーっだ。たまには息抜きしなきゃー楽しくないじゃ~ん」
 顰めっ面でいーっと舌を出すディアナ。嘆息混じりに、直人は目を背ける。
「まぁ。……付き合うよ。じゃ、何処で息抜きをしようか?」



「ぉ、ノッてきた? バトルばっかじゃつまんないもんね♪」
「……いや、バトルばかりで結構なんだが……。俺はね……」
 尻窄みに声のトーンが落ちてゆく。たまに寛ぐのもまぁ悪くはなさそうだ。



 夜の街中でデートを愉しみたいというディアナの気持ちも解らなくもない。
 が――、愉しむとはいっても、そもそも直人は大衆娯楽全般に無縁な男だ。
「映画館もいーけど、そーだね。カフェで食事でもいっかぁ」
「……好きにしてくれ」
 ぼやく直人だが、満更でもなかった。無邪気なディアナは見てて飽きない。
 退屈凌ぎにはなるだろう――。何にせよ結界内で慌てても仕方がなかった。



 カチャ、カチャ――。
 クラシカル音楽が上質さを醸す店内で、慌ただしい食器の音が鳴っている。
 何処に行くか迷った末、結局、ディアナの第一希望で、喫茶店に決まった。
「はぐっ。ほのふぁんへーひぃ、はぐっ。ほ~ひひ~いっ♪」
「へぇ、……良かったね……」
 ジト眼で呟く直人。どういう胃袋になっているのか、知りたくもなかった。
 先程食べたばかりなのに、凄い食欲だ。皿が片っ端から平らげられてゆく。
「はぐはぐっ! ほわわひぃっ! ほわわひふらはぁいっ!」
「何を言っているのか全然解らんが、……追加でも頼むか?」
 リィン――。
 備え付けの呼び鈴を鳴らすと、厨房の奥から上品なウェイトレスが現れる。
「お待たせ致しましたお客様。追加のご注文をお伺いします」
「……ふぁひっ。ひょほぉっとはっへへぇ。ひゅうほんはあ」
「まぁ、時間はあるんだから、落ち着いて食べたらどうだ?」
 食事中のディアナはやけに子供っぽい。これが普段の姿なのかもしれない。



 異星人とはいえ、――いや、だからこそ人一倍、腹が空くのだろうか――。
「畏まりました。ご用意いたしますので、少々お待ち下さい」
「……」
 慇懃に一礼し、身を翻すウェイトレス。彼女の方がよほど大人びて見える。
「ぁたしの頼んだ料理なんだから、全部ぁたしのだかんねっ」
「……うぅむ……」
 ――頭が痛くなってきた。年齢幾つなのだろう。七千歳とか言っていたが。
 それに何処までが本当で、何処からがディアナの嘘なのかも非常に曖昧だ。
「七千年生きてるなら、当然俺より色々な事知ってるよな?」
「ぐっ、……んぐっ、んぐっ、んぐっ。……ぷうはぁ~っ!」
 苦し気に眼を細めながらジュースを一気飲みすると、満足げに息を吐いた。
「なぁ。食べてばかりいないで、俺の質問にも答えてくれよ」
「んんー? 色々とぁたしがどんな事を知ってるってぇー?」
「あぁ。例えばだ、地底に住むアイツらの侵略の目的とか?」



 はぐっ――。
 パンケーキを一口頬張ると、ディアナは眉間に皺を寄せ、難しい顔を作る。
「むぐっぅん。色々と知ってるけど。どーしても聞きたい?」
「聞いてるだろ。早く言えよ。人をからかうのも大概に――」
 ドンっ――。
 テーブルをぶっ叩くなり、ディアナは逆ギレした。眼をつり上げて怒鳴る。
「人に聞く時はねぇっ、お願いしますって先ず言わなきゃっ」
「……ッ。お、……お願いします……」
 怒りを噛み殺しながら、懸命に懇願する直人。正直、ブチ切れそうだった。
 だが、相手は命の恩人でもある。ハデス戦では不本意ながら助けて貰った。
「宜しくお願い致します。……これで良いのか、ディアナ?」
「はい。良く出来ました♪ 凄い凄いっ。やれば出来るっ♪」
「……やれば、……できる……」
 サァァァ――……。
 満面の笑みを浮かべるディアナを前に、直人の顔から血の気が失せてゆく。
 


 プァーン。ざわ、ざわ――。華やかな夜のタイムズスクエア散策を愉しむ。
 結局、ディアナは運ばれた食事に夢中で、有益な情報は聞き出せなかった。
「はぁー美味しかったぁ~♪ ぁんた金持ってんじゃんっ♪」
「……金ヅルって訳かよ……。まぁ腹が満たせて良かったな」
 セレスの固有結界内で通用するかどうか怪しかったが、米ドルが通用した。
 麻薬カルテルからハッキングで奪い取った金ではあるが、役に立った様だ。
「で、これから、何処へ? また喫茶店でも俺は構わないが」
「んー。そだねー。折角街中来たんだったら、カジノっしょ」
「……カジノ? 何だそれ」
「へ? 直人っち知らないの? カジノったらカジノだよっ」
「……だからどういう場所なんだ、て聞いているんだが……」
 もう怒る事は諦めた。直人は学習が早い。下手に怒ると逆ギレを誘発する。
 ある結論に達していた。ディアナに逆らわない方が恐らく生存率が上がる。
「大金かけて、勝てば大儲けって場所だよ♪ 行ってみる?」
「……そうだな。単純に勝てばいいんだろ? 簡単そうだな」
「直人っち、段々分かる様になってきたね~。レッツゴー♪」
「……解りたくもねぇよ……」
 タタタ――っ。
 嬉々として引っ張るディアナに手を引かれ、げんなりした面持ちでぼやく。



 ざわざわ――っ。
 ポーカーで遊んでいると、スロットマシン側から馴染みの怒声が上がった。
「出ないじゃん! こんなの何が愉しいんだよっ、馬鹿か!」
 ドカドカ――ッ。
 屈強なサングラス姿のガードマンが店内に乱入して、直ぐに騒然となった。
「誰だ、子供を入店させた奴ッ! 大体どうやって入った?」
「捕まえろッ! サツを呼べよッ! ガキを摘まみ出せッ!」
「年齢制限があんだろーがッ! 責任者ぁ何やってんだッ!」
 オォオォオ――。
 客、関係者、ガードマン、ポリスメンが総出で乱入し、ホールは大賑わい。
「んだよやめろっ! ぁたしに触んじゃねーよっ! 変態っ」
「……ッ!?」
 カードから眼線を上げる直人。遠間で、青い髪の少女が護衛達と格闘中だ。
 ディアナには傷害罪が適用されるだろう。あと威力業務妨害に不法侵入罪。
 恐らく台をぶっ叩いて壊したのだろう。彼女の前科に器物損壊罪も載る筈。
「……はぁ」
 嘆息する直人。内部で遠隔制御されたカジノのスロットが、出す訳が無い。
 だから止せと忠告したにも関わらず、強引にカジノに出向いたのは彼女だ。
 大人の娯楽に興味があったのだろうが、こうなっては全く本末転倒である。



「んだよやめろバカっ! 触んなっ! お前等臭いってばっ」
 ――ガブゥっ。
 荒ぶった少女に力一杯噛みつかれ、苦悶に顔を歪めて蹲る太鼓ッ腹の中年。
「ぁんぎゃあッこのガキァ嚙みやがった、ざけやがってぇッ」
「賠償金だッ! 後見人が居る筈だ、損害賠償を請求しろッ」
「何処だ責任者あッ! このガキ連れてきた奴見つけ出せえ」
「ひゃっはーッ! 今だお前ェらッ! 金庫を掻っ攫ぇえッ」
 ドカドカドカッ。
 慌ただしい靴音と共に雪崩れ込んだ強盗の一味が、キャッシュを搔っ攫う。
 ヴーッ、ヴーッ!
 けたたましいアラーム音が館内全域に鳴り渡り、防火シャッターが閉まる。
 ガラララ……――ガシャァンッ!!
 轟音と共に隔壁の鉄製扉が閉まり、全区域が完全封鎖されるカジノホール。