Excalibur

◇現世・コンコース◇



 ガララララ――……。
 アルミベースに構成された天井の一部がコンコース中央に崩れ落ちてくる。
 ――ドォンッ!
 大音を立て着地を決めるワーウルフ。砕石素材の床板がベコンと陥没する。
「ケッ、小癪な」
 オォオォオ――……。
 頭上を見定めるが、標的の姿は既にない。遠方に佇むレディと目が合った。
「……くっ」
 ズ、ズズズ――……。
 大柄なケルベロスの身動きを重力波で縛り続けていたが、限界が近かった。
 そこへ狼男に変じたバッカスが降って来た。中空にはハデスが浮いている。
 多勢に無勢。頼みの援軍も一向に姿を見せず、いよいよ進退窮まるレディ。
「フハハッ。我が傀儡になる覚悟は出来たかな? 嫌なら強権を発動する」
 ――バサァッ!
 黒外套をこれ見よがしに翻し、ハデスが勝ち誇った哄笑を一帯に響かせる。
「……ふざけるなっ! 誰が、……貴様なぞの慰み者になってたまるかっ」
 強がるレディではあったが、神霊力の消耗は当初の予想以上に激しかった。
「よぅしバッカスッ! 一思いにやってしまえッ!」
「……いぃや、まだ終わっちゃいねェ様だぜ、ボス」
 ――キュルルル――ッ。
 ワイヤの高域音が飛来する。視認せざる熱風蒸気がバッカスの背後に迫る。
「ケッ、糸がなきゃ戦えねェ様な軟弱者はなァ……」
「――ッ!」
 グググ、……――ズバァッ!!
 バッカスの総身からタングステンの剛毛が生え伸びる。強度はチタン超だ。
 ギャリィィィ、……――ギャギャギャ――ッ!!
 絡めた筈の標的に逆に巻き取られる形となり、ワイヤを手離すジャッカル。
「――ッ? チィッ!」
「ははは、無様だなッ」
 ――ブチブチィッ!!
 ジャッカルから巻き取ったチタンワイヤを、剛腕が力任せに引き千切った。
 ウォォォォ――ン……。
 狼の遠吠え宜しく雄叫びを上げるバッカス。その寸隙をジャッカルが狙う。
「糸がなきゃ、何だって?」
「ぐぅ……ッ?」
 ヴァッ……――ガチィイイッ!!
 巨躯に絡みついた熱風蒸気が晴れゆき、中から黒ジャケットの男が現れた。
 背後から両四肢を絡めてのヘッドロックチョークスリーパが完全に極まる。
「――ンのまま絞め落としてやンよ」
「ぐッ、ふははは、その細腕でかッ」
 ――ギョンッ。
 余裕めかすバッカスの挑発的な哄笑に、ジャッカルの眼が紡錘状に尖った。
「細腕かどーか、……てめェの身体で試してみろやッ!!」
「……ッ!? ぅぐぅうううッ!」
 メキィ、……メキメキメキィ――ッ。
 体幹が震えながら捩れてゆく。軋み音を立ててひしゃげてゆくワーウルフ。
「ジャッカル、無事だったかっ」
「おっと。お仲間の心配をしてる余裕があるのかな?」
 ヴァッ……ァァア――……。
 印を結ぶハデスの身体から漆黒の薄靄が漲り、辺り一帯を呑み込んでゆく。
「くっ、死霊化ウィルスかっ!」
 ――グール・トラッキング――。
 触れた対象者をたちどころにゾンビ化し、繰り人形と化すハデスの十八番。
「はっはははは。悪魔どもよ、吾輩からは何処にも逃げられんぞッ!」
「ほざけ、邪神めっ! この地表を、貴様なぞの手には渡さないっ!」
 強がるレディだが、既に重力波に力を要し、神霊力が底を尽きかけている。
 グォォォ――……。
 重低音の唸りを発しつつ、配下のケルベロスが虎視眈々と反撃の隙を窺う。

◇現世・校舎前◇



 ――ドガァアッ!!
 爆音と共に建物の一角が爆破・炎上する。立ち昇る硝煙が風に浚われ散る。
「……くッ、当たらねェ」
 ぜぇ、ぜぇ……。
 肩で息を荒げるジュンの眼前に、黄金の甲冑が音もなく風の様に出現した。
「――せぁッ」
 ――ガギィイッ!!
 残響が散る。ミーア・バンズ。鋭い切れ味を誇るヘラクレスの剣の名称だ。
「……ぐッ?」
 ブシュゥ――ッ。薄皮一枚が裂け、鮮血が迸った。
 神霊力絶対防御(オーラ・ガード)で防ぐジュン。地力は相手が上の様だ。
「ジュンっ!」
 苦戦を強いられていたアリエスが叫び立てる。どうも事態が逼迫していた。
「レディがハデスに苦戦してるっ。どーする?」
「奴は死なないんだッ、物理では倒せないッ!」
「じゃあ、ジャッカルにレディお義姉様は……」
 ――ゴォオオッ!!
 事の深刻さに青ざめるアリエスの直ぐ真横に、丸太の様な剛腕が飛来する。
「ヨソミ・スンナッ!」
 ――ドゴォッ!!
 風切る唸りを上げる左腕が、ガードした大鎌ごとアリエスを弾き飛ばした。
「……ぎっ」
「オマエ・タタキツブシテ・クラウッ!」
「……っ!」
 ――ヴォンッ!!
 虚空に溶けるアリエス。続けざまの回転ラリアットがド派手に空を切った。

◇セレスの固有結界内◇

 ――ドゴォッ!!
 回廊内に煌めく輝線。ハイスピードの一撃が護衛者の急所部を正確に穿つ。
「ぐ……ッ」
「木崎流雷撃奥義、……――爆滅雷光閃(テスタメント)ッ」
 ――バチィッ!!
 拳から急所を経て体内に流し込まれた高圧電流が、護衛者の総身を灼いた。
「ごぱぁッ」
「――ッ?」
 ゾワァ――ッ。
 刹那の違和感――。背筋から四肢爪先の末梢まで瞬時に怖気が奔り抜ける。
 不確かな拳の感触に眼を瞠る直人。ストレートに穿った拳撃の反動が無い。
「ふふッ、クックッ、……はーはっはっは!」
「ッ? 貴様ぁ、……効いてないのか……ッ」
 パリ――ッ。
 得意の雷撃が不発――? 動揺を隠せない直人。物理が通じないなら――。
 如何な攻撃が来るか初見で対処しきれない場合、完全なる敗北が有り得る。
「くくッ。……人間か、興味深い。後学の実験対象に丁度良い……」
「――ッ!?」
 ……ゾ、ゾ、ゾ――……。
 二ッと口許に哄笑を浮かべる護衛者の身体から夥しい量の黒霧が滲み出た。
「避けてっ!」
 ディアナの鋭い悲鳴が聞こえた。
「? チィッ」
 バッ。――ボヒュッ。。
 危険を察し即座に後方に跳び退く直人。直後、黒霧が直人の幻影を裂いた。
「ほぅ。我が黒炎の一撃、良くぞ躱した」
「……抜かせッ」
 挑発めいた揶揄に睨み眼で応ずる直人。護衛者から不遜な余裕が消えない。
 つまり――、相手の掌上で転がされている……負けに繋がる可能性が高い。
「退いて直人っ! 私が交代するから!」
「来るなッ! お前は俺の背後に居ろッ」
 大声で後方のディアナを制止する。実際に相対して護衛者の脅威が解った。
 恐らく黒霧に触れたが最後、直ちに生体を侵食され傀儡にされるのだろう。
「貴方は知らないでしょ? アイツは捉えた獲物を捕食するのっ!」
「……くッ。解っている。そんなヒントは俺には必要がない――ッ」
 現在に於けるゾンビの大量発生――。その仕組みの一端が今、垣間見えた。
 自分も嫌だがディアナを傀儡になどされたくはない。ならば倒すしかない。
「お願い直人、そこを退いてっ。貴方が敵う相手じゃないってば!」
「……駄目だッ。俺は退かない。お前の事を見捨てたりはしないッ」
 ――パリィ――ッ。
 刹那の煩悶に身を焦がしながら、漲らせた決意のスパークを身に纏う直人。
 束の間だったが、ディアナには夢をみせて貰った。恩は返すのが木崎流だ。
「交代して直人っ! 貴方はアイツの事、何も知らないでしょっ!」
「……――断る」
 頑なに助力を拒む直人。生き方がある。己には築き上げてきた信念がある。
「逃げる選択肢は俺にない。木崎流に逃走の二文字は有り得ないッ」
 ディアナの戦いぶりから着想を得たエネルギー変換術、試す機会ではある。
 失敗すれば恐らく致命的。が――、だからこそ、逆に実践する価値が高い。
「それにディアナッ、お前には救い出すべき人が居るだろうがッ!」
「……はっ」
 眼を見開くディアナ。確かに直人は意固地だが、返す言葉も見当たらない。
 ハデスの呪縛からセレスを解放してあげたい。ハデスは倒さねばならない。
「クク。人間にしておくのは惜しい。貴様はワシの傀儡に相応しい」
「抜かせ……ッ。お前をここで倒さなければ、俺に先は無いんだッ」
 嘗ての墜落事故以来、安息の日などない。己には使命を果たす責務がある。
 それが果たせなくなるとしたら、それは自分自身の命運が尽き果てる時だ。
「面白い事を言う。何が、お前をそれ程までに突き動かすのだ……」
 オォオォオ――……。
 策を考えあぐねているのか、護衛者が逡巡するその寸隙を直人は逃さない。
「殺すには惜しい男よ。……どうだ人間、吾輩の手下にならぬか?」
「俺には使命がある。俺を、……――ただの人間だと思うなよッ!」



 フッ……。――ゴォオッ!!
 総身に纏ったスパークが消え、カァ……ッ。直人の両の拳が紅蓮に染まる。
「……ぬ……なんだッ!?」
「喰らえッ、木崎流陰陽五行陣……――其の参ッ」
 ボゥンッ! 突き出した両の拳から迸った炎が護衛者の身体に燃え移った。
「ぬッ? ……ぉおおッ!?」
「……――獄炎焦熱乱舞(ヘルファイア)ッ!!」
 ――ゴォオッッ!!
 瞬く間に護衛者の総身を呑み込む煉獄が、回廊一帯を深紅色に染め上げる。