「何よ、やるの……?」

 シアンは極上カルビをもぐもぐと味わいながら、挑発的な笑みを浮かべ――――。

 ブワッ!とシルバーのボディースーツに包まれた体から、鮮烈な青いオーラを放つ。
 上位神の持つ、圧倒的な力。

 魔王対、大天使――。

 二つのオーラがぶつかり合い、部屋の空気がビリビリと振動する。
 テーブルの上の皿がカタカタと踊り始めた。

「あわわわ……」「ひぃぃぃ……」

 誠もレヴィアも自分の皿とジョッキを持ち上げて退避する。

 二人の気迫が最高潮に達した瞬間――――。

「やめなさい!」

 美奈の鋭い一喝と同時に、

 ピシャーン!!

 天井から黄金色の稲妻が二本、まっすぐに落ちてきた。

「ごはぁ……」「ふへぇ……」

 魔王も大天使も、等しく感電の洗礼を受ける。
 髪の毛が逆立ち、全身から煙を吐きながら、二人同時に椅子へとへたり込んだ。

「全く! 子供じゃないんだから!」

 美奈は呆れたようにため息をつき、手にしたジョッキをグイッと傾ける。
 琥珀色の液体が、喉を潤していく。

「あぁっ! ゼノさぁん……大丈夫?」

 シャーロットは慌てて、煤だらけになったゼノヴィアスの顔を覗き込んだ。

 そっと手に取ったおしぼりで、彼の頬についた煤を優しく拭き取っていく。
 その手つきには隠し切れない愛情がこもっている。

「う、うむ……大丈夫だ……」

 ゼノヴィアスの頬が、ほんのりと赤く染まった。

「喧嘩するなら、飲み比べでもしてなさい!」

 美奈がふんっと鼻を鳴らし、ジト目で二人を睨みつける。

「の、飲み比べ!?」

 ゼノヴィアスがゴホゴホと煙を吐きながら、首筋を押さえ、身を乗り出す。

「こ奴と?」

「おーう、いいんじゃないの?」

 シアンは電撃のダメージなどなかったかのように、ガタン!と勢いよく立ち上がった。

「じゃあ、一杯目!」

 振り返りざま、サイドテーブルからビールのピッチャーをガシッと掴む。

 そして――――。

 ゴクゴクゴクゴク!

 まるで砂漠で水を見つけた旅人のように、豪快に飲み始めた。

「は……?」「こやつ……正気か?」

 シャーロットとゼノヴィアスは、揃って唖然とする。

 シアンの華奢な体。細い喉。
 なのに、二リットルはあろうかというピッチャーの中身が、見る見るうちに減っていき――。

「ぷはぁっ!」

 あっという間に飲み干したシアンは、盛大にげっぷをする。
 口元を手の甲で拭いながら、挑発的な視線をゼノヴィアスに投げかけた。

「どうよ、魔王さん? ビビっちゃった?」

 煽るような口調。
 だが、その瞳には子供のような無邪気な遊び心が宿っている。

「ふんっ! 誰がビビるものか!」

 ゼノヴィアスのプライドに、火がついた。

 ガシッとピッチャーを掴むと、負けじと傾ける。

 ゴクゴクゴクゴク!

 五百年生きた魔王の意地とプライドをかけて、一気に飲み干していく――――。
 冷たい液体が、喉を駆け下りていった。

「あぁっ! ゼノさん! 無理しないで!」

 シャーロットが心配そうに、彼の袖を引っ張る。

 でも、ゼノヴィアスはもう止まらない。
 愛する人の前で、負けるわけにはいかないのだ。

 ぷはぁ!

 ニヤリと笑うゼノヴィアスは飲み干したピッチャーを逆さまにして、一滴も残っていないことを見せつける。

 しかし、シアンはにやりと笑い返すと二杯目を飲み始め――あっという間に空にしていく。

 くっ!

 負けじとゼノヴィアスも二杯目に挑戦――――。

 ぷはぁ!!

「どうだ! 我も捨てたものではなかろう!」

 少し息が上がっているが、胸を張って宣言する。

「いいね! 本気になってきたじゃん!」

 シアンの瞳が、きらりと光った。

 パチン!

 指を鳴らすと――――。

 ボン! ボン! ボン!

 まるで手品のように、隣のテーブルがビールのピッチャーで埋め尽くされた。
 二十杯はあるだろうか――膨大な量の黄金色の液体が、美味そうな泡をまとい、きらめいている。

「今夜は楽しくなりそうだね? きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑った。

 ゼノヴィアスは真顔になり、隣のシャーロットと目を合わせた。
 その瞳には、明らかに「助けて」と書いてある。

「ゼノさん……無理しないで……」

 シャーロットは心配そうに彼の顔を見つめる。

 ゼノヴィアスのほほがピクッと動いた。

 魔王としてシャーロットを心配させてしまった時点で半分負けである。

 瞳が急に真剣になった。

 そして、大きく息をつくと――――。

「勝ったら……」

 声が震える。

「妃に……なってくれるか?」

 深紅の瞳が、懇願するようにシャーロットを見つめる。
 人生をかけた想いが、その視線に込められていた。

「え?」

 シャーロットは一瞬だけ瞳を見開き、そして――。

「嫌ですけど?」

 氷のように冷たい声で、あっさりと切り捨てた。
 そして無表情のまま、手元のウーロン茶をすする。