「そ、そんなぁ……」

 誠の悲痛な呟きを無視して、美奈はシャーロットに向き直った。

「それから、お前!」

 人差し指が、まるで剣のようにシャーロットを指す。

「死ぬ気で成果を出しなさい」

 声が、宇宙の冷たさを帯びる。

「役に立ったら……その時初めて、話は聞いてやるわ」

 琥珀色の瞳がギラリと光った。

「いいね?」

 でも――。

 シャーロットにとっては、それこそが希望の光だった。

「は、はい!」

 全身に力を込めて、背筋を伸ばす。

「命がけで頑張ります!」

 ゼノさんに会うために。
 カフェでの日々を取り戻すために。
 たとえド素人で何も知らなくても、やってみせる。

「よーし、いい返事だ!」

 女神の表情が、一瞬だけ柔らかくなった。

「あのぅ、レヴィア……さんは?」

「もちろん、お前の活躍次第だ……レヴィアはあれでいい子だからな? 期待してるぞ……」

 そう言い残すと――。

 スーッと、煙のように消えていった。

 まるで最初から幻だったかのように。

 残されたのは、戸惑うシャーロットと、頭を抱える誠。

 遠くでカタカタと響くキーボードの音。
 コーヒーメーカーが立てる、ゴポゴポという水音。
 誰かが打ち合わせしている声。

 すべてが、ここが現実であることを告げていた。

「はぁ……」

 誠が深いため息をついた。

「とりあえず、座る?」

 誠は隣の席から高級なネットチェアをゴロゴロと引っ張ってきてシャーロットに勧めた。

 その声には、諦めと、そして少しの優しさが滲んでいる。

 シャーロットは小さく頷き、キュッと口を結んだ。。

 ここから始まる。
 あの温かな世界を取り戻すための、新たな戦いが――――。


      ◇


「ふんふん……それは辛かったね……」

 誠は優しい声で相槌を打ちながら、虚空に浮かぶホログラムを操作していた。

 そこには――まだ世界が存在していた頃の『ひだまりのフライパン』が映し出されている。

 温かな光に包まれた店内。楽しそうに談笑する常連客たち。カウンターで忙しそうに、でも幸せそうに働くシャーロットの姿。

「私、絶対にこの世界を取り戻すんです……」

 シャーロットは震える声で呟いた。

 涙で滲む視界の中、在りし日の光景がキラキラと輝いて見える。あの頃は当たり前だと思っていた日常が、今はこんなにも眩しい。

 次の瞬間だった――――。

 フードを被った大柄な影が、店のドアを開けて入ってくる。

「ゼノさん……」

 その瞬間、堰を切ったように涙が溢れ出した。

「うっ……うっ……」

 もう画面を見ていられない。
 シャーロットはハンカチで顔を覆い、肩を震わせた。失ってから気づく大切さ。もう見られないと思っていた愛しい人の姿。

 誠は痛ましそうに、泣き崩れるシャーロットを見つめていた。

 そして――――。

「会ってみる?」

 静かな声が、オフィスに響いた。

「……え?」

 シャーロットは涙で濡れた顔を上げた。
 聞き間違いかと思い、ぽかんと誠を見つめる。

「三分間だけなら会わせてあげられるよ」

 誠は困ったような、でも優しい笑みを浮かべた。

「それ以上だとバレて、俺が美奈ちゃんに怒られちゃうけど……」

「えっ! えっ!」

 シャーロットの瞳に、信じられないという光が宿る。

「会えるんですか!? ゼノさんに!?」

 ガバッと立ち上がり、誠の前に詰め寄った。

「お、おぉ……」

 誠は少したじろぎながら頷く。

「でも三分だけだよ? 本当に三分だけ」

「お願いします!」

 シャーロットは誠の両手を掴んだ。

「お願いしますぅぅぅ!!」

 必死で手を振る。涙でぐしゃぐしゃの顔で、それでも希望に輝く瞳で。

 ずっと心を占めて離さない大切な人。
 もしかしたら一生会えないと諦めていた人。

 たった三分でも――それは奇跡だった。


        ◇


 何もない、純白の空間――――。

 上も下も、右も左も、すべてが白に包まれた世界にシャーロットは立っていた。

『おーい、聞こえるかい?』

 誠の声が、直接脳内に響いてくる。

「は、はい。大丈夫です」

 声が震えている。期待と不安で、心臓が早鐘を打つ。

『では、これからゼノさんを引っ張り出して実体化させてみるね』

 誠の声は優しく言った。

『でも、三分だよ。時間は絶対に守ってね?』

「は、はい! お願いします!」

 ゼノさんに会える――。

 でも、何を話せばいいのだろう。
 たった三分で、何を伝えられるだろう。
 どんな顔で会えばいいのだろう。

「あぁぁぁ! どうしよう!!」

 シャーロットは落ち着かず、白い空間をうろうろと歩き回った。