「せいっ!」「せいっ!」「せいっ!」

 わしは完璧な偽装で、木陰からバルドのやつをジッと見ていた。

 勘違いしないでほしい。

 朝からオッサンの掛け声を聞きにきたわけではない。
 オッサン趣味があるわけでもない。

 一国の王が草木に埋もれてまでオッサンを監視する理由―――

 ―――バルドの調査じゃ。

 部下に調査を依頼しているが、いっこうにバルドめの情報が集まらん。
 本人にそれとなく聞くも、あやつは「生まれてずっと宿屋にいますよ俺は」としか言わんし。
 あやつ自身に常人離れしているという自覚がないから、要領を得ない。

 仕方なくわし自らが、調査に乗り出したというわけじゃ。


 ―――決して暇なわけではないぞ。


 王国としても、素性のしれん怪物を抱えておくわけにはいかん。
 というか、ぶっちゃけわし自身が気になってしょうがない。と言うのが本音じゃ。


 繰り返すが……決して暇なわけではないからな。


 ふむ、どうやらバルドとその弟子たちは朝練をしているようじゃな。
 リエナは洗濯か? くぅ~~わが愛しの娘に白ティー洗ってもらうなんて!

 わしだって洗ってもらったことないのに!

 っと……いかんいかん、あまり騒ぐと気づかれてしまうからのう。

 さて……王城から持ってきたメガネをかけてと。
 レンズ越しにじっくりと観察する。

 断っておくが、聖女殿の躍動感あるタユンな膨らみや、剣聖殿のシュッとしたはりのある桃を見るためじゃないからのう。
 一国の王がのぞきをするなど、言語道断じゃ。

 これは貴重な魔道具で、レンズを通して対象者の魔力やパワーの量を測定できるのじゃ。

 ―――どれ

 おお、聖女殿はとんでもない魔力を持っておる。とくに2つの膨らみに集中しておるな~~タユンポヨン。
 ふむふむ~~剣聖殿は良き桃をもっておるのう。惚れ惚れする後ろ姿じゃのう~~プリンプリン。


 ―――って違うじゃろ!


 これではガチのぞきではないか!

 わしは気を取り直して観察を続ける。
 む? 聖女殿と剣聖殿、魔力とは違う数値がでておる。これが【闘気】かのう。

 ふむ、レンズで2人の【闘気】の流れを追ってみたわかったぞ。2人とも要所で【闘気】を練り上げて使用しているようじゃ。
 恐らくは、長時間高密度を維持できるものではないのだろう。

 が……一休みしているバルドに視線を移すと……


 ―――【闘気】が漏れ出ておる!


 というか垂れ流し状態ではないのか?

 しかし弟子2人のように、意図的に【闘気】を練り込んでいる様子はないんじゃが……
 わしとてかつては「殺眼の魔獣」と呼ばれた武芸者。奴は今、間違いなく休息しておるぞ。

 どうなっておる?

 【闘気】とは自然体から漏れ出るものなのか?

 わからんことばかりじゃ。

 お、バルドやつ。訓練を再開したな……どれどれ
 わしは魔導メガネをクイっとあげて、バルドの【闘気】の流れを見ようとするも……

 ―――パキッ!

 へ?

 バルドが【闘気】を練り始めているというのに……肝心な時に故障かのう。

 ――――――バキバキッ!!

 はぁわあああ! 魔導メガネが粉々に!?

 なんじゃこりゃ……測定不能じゃと……

 バルドの【闘気】は規格外にも程がある、ということなのじゃろうか。

 わしは一つの仮説を立ててみた。

 あやつは【闘気】を常に宿しておるのではないのだろうか。しかもいざとなれば、その【闘気】をさらに高めることができるのでは。

 自然体としての日常生活における【闘気】が、聖女殿や剣聖殿が意思を持って練り出した【闘気】と同等か、いやそれ以上なのだとしたら―――

 あやつは今までの人生において、常に【闘気】の鍛錬をしていることになる……

 この世に生まれてから毎日。食事の時も、風呂に入る時も、寝ている時ですら。


 ―――【闘気】の達人ではないか……


 あやつはいったい何者なんじゃ?


 今いちど王城に戻り、集めさせた資料を洗い直しじゃな……ひとつ、腑に落ちぬ点もあるしの。


 「ねえ、さっきからあれはなんなんでしょうか?」
 「ああ、あたしも気になっていたんだ」
 「ミレーネ、アレシア……ごめんなさい。気にしないで……」

 ―――!?

 なに! わしの完璧な擬態が見破られているというのか? 恐るべし……バルドの弟子たち。


 「お~い、リエナ~お父さん来てるぞ~。木の枝持って隅っこで何してるんだ?」
 「バルドさま、シー。あれ隠れてるつもりなんです……」
 「隠れる? よくわからんが暇なのかな?」
 「さ、さあ。気にしちゃダメです。セラが美味しい朝ごはんを作ってくれましたから。行きましょう」


 ぐっ……おのれバルドのやつめ、あとで覚えておれ。

 しかし、今は王城に戻りバルドの正体を見極めねば……

 ―――ガブっ!

 んん? なんじゃ? 犬? いや魔導人形か? 

 これ! 離れるんじゃ!

 キャンキャン!

 なにがキャンじゃ! 可愛い声して恐ろしい力で噛んできよるぞ、この犬!


 「シロ~~おいで~ご飯だぞ~~それは噛んじゃダメだ。バッチイだぞ」

 キャンキャン!


 「………」


 ぬぅうう、おのれ~こうなったら意地でもあやつの正体を暴いてくれるわ!

 集められた資料だけを読んでおった時はかわからんかったが、今朝のバルドを見て思い出したのじゃ。

 あやつは恐らく……


 勇者の里に関係しておる。