久しぶりの我が村だ。

 囲いがあり、以前よりもきちんと村らしくて嬉しくなる。


 見知らぬ顔の門番オークに声を掛けるが、完全に怪しまれたようだ。
 数年ぶりに戻った俺の顔を向こうも知らぬだろうからな、これは仕方があるまい。

「やっぱり痩せ型なのは貴方だけなのね」
「俺以外の連中は普通に太ったオークだからな」

 俺たちのやり取りを耳にした門番オークが何かに気付いたようで、別の門番オークをどこかへ走らせた。


 チラホラとだが、村の中に人族の姿も見える。
 俺が居た頃には、肝っ玉商人がたまにくるだけだったが。
 優秀な弟妹たちで、さらに嬉しくなる。


 そう間を空けず、見知った顔のオークたちが連なって駆け込んでくるのが見えた。

「紹介する。こちらに駆けてくるあの先頭のオークが、現在ここのボスをしてる弟だ」

 そう聞いた勇者は、襟を触り、前髪を摘んで整えた。

「きちんと御挨拶しなきゃだわ」
「そんな大したもんじゃあない。たかが俺の、愛する弟さ」


 兄だ兄だ、ボスだボスだ、ボスの嫁だボスの嫁だ、と見知った顔のオーク共が騒ぎ立てやがる。

「弟よ、俺はもうここのボスじゃあない」

 ではなんとお呼びすれば、か。

 ふん、良いじゃないか呼び方なんてどうでも。
 兄でも、前のボスでも、なんでも好きな様に呼んでくれ。

 どう呼ばれようとも、俺は俺。
 オマエたち家族のことを愛する、ただの痩せたオークさ。

「ねぇ、ちゃんと私のことも紹介しなさいよ」
「ん、ああ。そうだな」


「弟たちよ、コイツは人族の勇者。俺の嫁で、俺の子の母親になる。よろしく頼む」




◇◇◇◇◇

 アイツは俺の村で子を産んだ。

 人族の姿ではあるが、少しだけ鼻が上を向いた、それは可愛らしい男児だ。

「愛する家族が一人増えたわね」
「ああ、そうだ。オマエとこの子、二人のために、俺は生きると誓おう」

「お義父様やお義母様、それに弟妹たちは良いの?」

「オーク共の為にも生きる。他の誰かの為にも生きる。しかし、命を賭けて生きるのは、オマエたち二人の為だけだ」


 俺は、やはり変わった。

 最初のオークの頃は勿論、豚だった頃よりも、人だった頃よりも、心の……、奥の、何か……、

 いや、分かっている。
 俺は、この心の奥の何かを、知っている。

 ()()()()が、俺に与えてくれた物と同じだと、俺は知っている。


「ありがとう。貴方にそこまで想われて、私とこの子は本当に幸せよ」
「ああ。俺も、幸せを感じている」



「ところで、ね」

 なんだ? コイツにしては珍しく歯切れの悪い口振り。

「そんな貴方に、お願いがあるの。私とこの子の為に」
「オマエたちの為ならば、出来ぬ事でもやってやる。なんだ?」


「ちょっと行って、魔王をやっつけて来て欲しいの」




◇◇◇◇◇

 俺は今、一人旅をしている。

 以前はどうということも無かったんだがな。
 どうにも一人旅は寂しいものだ。


 『二人で旅してた時にね、魔王軍っていうのを蹴散らしたのを覚えてる?』

 北の国で蹴散らしたのは覚えていたが、全然歯応えが無かったから細かい事は覚えていなかった。


 『私の兄弟子(あにでし)たちが八年前には亡くなったって言ったのを覚えてる?』

 前世で俺が剣術を教えた連中だ。勿論覚えてる。


 『十年前から八年前に、魔王軍と私たち勇者の戦いは激化したの。それでもなんとか、兄弟子たちの、命懸けの封印で魔王を封じたの』

 俺は魔物だが、魔王とやらとは会ったこともない。どんな奴かもピンと来ない。

 『そしてその術式は、私の魔力で維持されてたのだけど、今回の出産で私の魔力の大半はこの子に持っていかれた』

 話をここまで聞いた時に、遂に嫌な予感がしたものだ。

 『だから魔王の封印がもうじき解けるみたいなの。だから、ちょっと行って、魔王をやっつけて来て欲しいの』


 そんな事言われてもな、正直言ってそんな見たこともない奴を、嫁が頼むもんで、なんて言って倒せるものかよ。

 勇者とその兄弟子どもで封印できる程度なのならば、恐らくは、俺ならば、能力的には充分に倒せるだろう。

 しかし、しかしだ。
 もしも、もしもだぞ?

 その魔王とか言う奴がだ、良い奴だったらどうすれば良い?

 俺は誰かの為に生きたい、アイツらの為なら命も賭せる。
 しかしだ、その為に誰かを不幸にしたいとは思わない。

 
 人と魔物が相争うのは、まぁしょうがない事だろう。魔物の多くは人を喰らう。

 俺だって喰おうと思えば喰える。

 今だから言うが、最初にオークだった頃には喰っていた。
 しかし、まぁ、味で言えば焼いた豚の方が断然旨い。そのお陰か今は、全く人を喰いたいとは思わない。

 豚様様(さまさま)だ。


 仮に魔王が悪い奴だったとしても、それは俺の嫁や人族にとって、ではないのだろうか。

 以前に蹴散らした魔王軍とやらは、魔王を慕い、魔王に忠誠を誓っているのかも知れない。

 そんな者をだ、嫁に頼まれたんだ、なんつって倒せるか?

 俺には出来ない、俺ならばしたくない。


 見極めねばならんだろう。

 その、魔王という奴を。