シアンさんにとって、冒険者としての一番最初の難敵。それがリンダ先輩だったことは果たして喜ぶべきことなのか哀しむべきことなのかは僕にはもう、判断できない。
 ただ現実の話として今、まさしくリンダ先輩の大斬撃を最後の力を振り絞って打ち破ろうとする、彼女を応援しなくてはならない局面であることは間違いなかった。
 
「キェェェアァァァァァァッ!!」
「…………ッ!!」
 
 猿叫──ヒノモトの剣術の一派で用いられるという、まさしく猿にも似た雄叫びをあげてリンダ先輩が突進する。その勢い、速度はこれまでよりもなお一段と早い。
 ここに来てトップスピードで来たかー!
 
「シアンッ!!」
「思い出すでござる、シアン! 冒険者に一番必要なものを!!」
「…………」
 
 レリエさんとサクラさんの声を受け、シアンさんがまっすぐに構える。その瞳はなおも内なる焔に煌めき、最後までチャンスは逃すまいという闘志で溢れている。
 冒険者に一番必要なもの……そうだ、それだよー。今のシアンさんがリンダ先輩に勝てるとしたら、その差でしかない。逆に言えば、そこで上回れば、あるいは!
 
「……団長、行け! 今があなたの最初の冒険だ!!」
「っ──ぁ、ああああああっ!!」
「!?」
 
 僕からの声をも受けて、シアンさんはついに行動に出た──勢いよく、前のめりに突撃する。
 リンダ先輩の上段に対して、極めて低空姿勢で駆け出したのだ! 大斬撃を前になお恐れない、勇気ある突進!
 これだ! この勇気こそ、彼女がたった一つ撃てる最後の一撃!!
 
「何ッ!? くうっ!?」
 
 振り下ろす前に接近されて、リンダ先輩の目論見が完全に外れた! 咄嗟にブレーキをかけて横に飛び退こうとするももう遅い、そこはシアンさんの反撃圏内だ!
 
「おおおおおおっ!!」
「っ、貴様、エーデルライトッ!?」
 
 左手で、飛び跳ねようとする先輩の服を掴み引き寄せる。バランスを崩して今度こそ倒れ込む彼女の、顔めがけてブロードソードが突きつけられる!
 しかしリンダ先輩も黙ってやられはしない、咄嗟に体を回転させて左手を弾き、土壇場で剣を回避。カウンターで刀を、横薙ぎに放とうとして────
 
「甘いっ!!」
「ウグッ!? ────か、ハァッ!?」
 
 それさえ読んでいたシアンさんが、足を引っ掛けてリンダ先輩を足元から崩した。回転の軸となった右足を刈り取られれば、あっけないほどにこけて地面に倒れ込む。衝撃に刀さえ手からこぼれ落ちて、完全に無防備な状態だ。
 あとはもう終わりだね。ブロードソードの切っ先を今度こそ先輩の眼前に突きつけて…………勝者は、高らかに叫んだ。
 
「私の勝ちだ……リンダ・ガル!!」
「な、ぁ…………」
 
 呆然とした決着。敗者たるリンダ先輩は、今何が起きたのかまるで理解できない様子だ。
 それでも目の前の剣が、少しでも動けば次の瞬間自分は死ぬということは理解していて動けない。身動きを封じられた以上、これは紛れもなく勝敗が決まったと言えた。
 
「せ、先輩……!?」
「会長、そんな……そんな……!!」
 
 後ろで生徒会の二人が唖然とつぶやくのも遠く聞こえる。僕も今、感動にも近い安堵が胸いっぱいに広がっていた。
 勝ち負けがどうのより、まずはシアンさんが無事だったことが何より喜ばしいよー。そして、彼女が一つの壁を乗り越えたこともね。
 サクラさんがホッと息を吐きつつ、満面の笑みで言う。
 
「やり遂げたでござるな……今まさに、シアンは冒険者に最も必要なもの、勇気を手にしたでござる」
「勇気……?」

 高らかにシアンさんが得たもの、見出した新たな境地を語る。僕も頷いて同意すると、レリエさんが首を傾げて疑問符を頭に浮かべていた。
 勇気。言葉にすれば簡単なそれは、けれど真の意味で体得するのはひどく難しい。何をもって勇気とするのか、その判断基準が曖昧だってこともあるしね。

 ただ、今回の場合で言う勇気とは至って単純な定義ではある。冒険者にとっての勇気、という意味ならとてもシンプルなものだからねー。

「たとえ死地にあっても前に踏み込み、僅かな希望にすべてをかける心持ち。言うは易く行うは難しの典型でござってなこれ、実際にできるかどうかって話だと案外、難しいことなんでござるよね」
「……そうだね。今の踏み込みだって、同じことができる冒険者がどれだけいることか」
 
 視線を前に、怯むことなく前に進める精神性。眼の前に広がる未知に怖がることなく、道なき道を歩いていける信念。それこそが僕達冒険者にとっての"勇気"なんだ。
 そしてそれを今、シアンさんは見事なまでに示して見せてくれた。リンダ先輩の一撃必殺の大斬撃に、あえて突進することでね。
 
 振り下ろされる前に極端に密接して攻撃を封じつつ牽制と攻撃に転ずる──理屈通りで言えばこれ以上ない大斬撃対策だ。すさまじいスピードで馬鹿げた威力の斬撃を繰り出してくる敵に、正面から挑める度胸があればね。
 普通の冒険者はなかなか、そこまでの度胸は持てないだろう。無謀と紙一重だもの、気持ちはわかる。
 
 けどそれを思いつき、実際に行動に移せる者にこそ未知なる景色が広がっているんじゃないかと思うんだよねー。勇気こそが冒険者の道行きを照らす、一筋の光なのだから。
 そういう意味で今回、シアンさんはそれこそ真の冒険者としての第一歩を踏み出せたんだと思うよー。