攻撃を逸して生まれた隙に放たれる、シアンさんの斬撃。
 大斬撃の直後でかつ、いなされてしまったゆえにリンダ先輩の動きは完全に止まっている。すなわちタイミング的にはバッチリカウンターじみた絶好の攻撃だ!
 
「っ……まだまだぁっ!!」
「!?」
「へえ」
 
 しかしリンダ先輩もなかなかに良い動きを見せた。咄嗟に身体を横に飛んで攻撃を回避。シアンさんから一旦距離を置き、またしても構える。
 普通なら横に飛んだ時点で地面に転がるものだけど、今ほとんど曲芸みたいな動きでバランスを維持したねー。刀の切っ先を地面に刺し、それを基点に身体をひねりにひねらせ回転させて、無理くり体勢を整えたんだ。
 そしてまた、飛び込んで上段からの大斬撃を放つ!

「チェィサァァァァァァッ!!」
「くっ! こ、の……!!」

 常に一撃必殺狙いの、後先なんて関係ない自爆めいた突撃。リンダ先輩、ここまで猪突猛進な戦い方をするのか……
 今度はブロードソードを両手で構えて斬撃を防ぐシアンさん。ヒットの瞬間に体を逸してやはり攻撃を逸らすも、またリンダ先輩は飛び跳ねて離脱。刀の切っ先を床に軽く突き刺してそこを軸にグルグル回って体勢を整える。

 まるでサーカスの曲芸だ。
 無駄に回りすぎだからそこは明確に未熟だと言えるけど、それでもかなり高度な技術を使用していることに、僕は息を呑んだ。

 武器を支柱にしてムービングの一助にする。これは僕やサクラさんもちょくちょくやる動きの、基礎中の基礎みたいな技だ。
 リンダ先輩もやってること自体は同じなわけで、つまりSランク相当の冒険者の技術の一端に手をかけているってことになる。

 さすが剣術部部長ってことだろうね、並の人じゃあなかなかできないよこんなことー。そもそも努力以前に、素質がないとできない類の技術だし。
 サクラさんも今のには微かに感心の吐息を漏らしてるね。
 
「ほー……やるでござるなあのアホも。素質自体は方向は違えどシアンにも匹敵するってわけでござるか」
「思い切りの良い斬撃を連発できるのも頷けるねー。外れたとしても適当に飛んで回避すれば、すぐさま体勢を整えて反撃できる、と。まあ、動きそのものは全然未熟だけど」
「拙者なら刀の周りでグルグルしてる時点で殺してるでござるね。杭打ち殿なら?」
「そもそもあんな大斬撃自体させないかな、悪いけど」
 
 初撃に備えて構え出す、その前に接近して肝臓あたりでもぶち抜いて終わりだよー。あんな悠長な動きにつきあってもあげられないし。
 攻撃や体捌きの速度で言えばシアンさんも十分、それに近い先手を打てるはずなんだけどねー。彼女を見ると足がガクガク震え、息を荒くしている。
 
「っ……はあ、はあ、くぅっ……!」
「シアン!?」

 朝から校庭を30周全力で走り、数時間サクラさん相手に打ち込み修行して。ついさっきまでモンスター相手に一人で特訓を重ねて、そして今ではリンダ先輩の大斬撃を幾度となくいなしている。
 すでにシアンさんの体力は限界だ、だから言わんこっちゃないって話なんだけど……裏腹に彼女の顔は闘志に満ちている。目に光があり、全然まだやるぞという気迫を湛えてるねー。

 レリエさんが思わず駆け寄ろうとするも、シアンさんの眼光とリンダ先輩の殺気に阻まれて近づけないでいる。それで正解だよ、万一彼女が巻き込まれるとなったら僕は一も二もなく止めにかかるよ。
 唇を噛みしめる彼女がこちらに戻ってくるのを、軽く肩を叩いて慰める。一方でサクラさんの、なんともヒノモト人らしい楽しげな声が響いた。

「ここに来て体力が底をついたでござるな。ここからここからーでござるー」
「気楽に言うね、ホント」
「サクラ、本当に大丈夫なの……? もう戦えそうにないとしか私には見えないけど」
 
 むしろここからが本番だと囃すサクラさんに、僕は呆れてレリエさんは心配から質問を投げかける。
 シアンさんは誰がどこからどう見てももう限界だ。体力を使い果たして気力だけで立っているに近い。反面リンダ先輩は依然健在のまま、殺気を剥き出しにまたしても大斬撃の構えに移行している。
 
 下手すると次で決まってしまうかもね、シアンさんの負けって形で。
 案じる僕らをしかし、笑い飛ばすようにサクラさんが豪快に言った。
 
「貴殿らシアンを、いいや追い詰められた人間の恐ろしさを知らぬでござる。ここからが正念場なんでござるよ、シアンはもちろんあそこのアホにとっても」
「…………」
 
 本当かなー? やけに自信たっぷりって感じだけどなんとも僕には言いにくい。追い詰められたこともあまりないし、追い詰めた人間のやることなんてこれまでしょうもない苦し紛れの反撃しか見てこなかったからねー。
 でもここまで言うからには何か、何かがあるのだろう。さしあたりレリエさんと二人、信じて待つのみだ。