しばらく進むと、3年前と変わらない鉄製の壁が見えてきた。もっというと当時僕が無理矢理ぶち抜いた結果、杭打ちくん2号の尊い犠牲と引き換えにできた侵入口も依然として健在だ。
 迷宮の床や壁はどれだけぶち抜いたり削ったりしてもすぐ元通りになるのに、ここは3年経ってもそのまんまなんだねー。人工物だからかなー?

「…………失礼しまーす」

 ちょっぴりホラーな妄想に身を浸していたこともあり、おっかなびっくり部屋に入るよー。もしこれで誰かが急に出てきたりしたら、怖いねー。
 でもさすがにそんなことはなかったみたいで、まるで無人で人の気配もない空間が広がっていた。鉄っぽい金属でできた床や壁、よくわからない箱がいくつも壁に並んでて、中央には棺が円形状に並んでいる。

 例の、双子やマーテルさんが出てきた棺だねー……ゴクリと喉を鳴らしつつ、数を数えていく。
 ひとつ、ふたつ、みーっつ、よーっつ────

「…………開封済み、8つ。たしかに3つ、新しく開いてるねー」

 未開封の棺が2つにまで減っている。間違いなく、あの3人はこの部屋の棺から出てきたんだろう。
 とりあえず追加でもう1つ2つ開いてるとかそういうことがなくてよかったー。ホッと息を吐きつつ、僕は未開封の棺に近づく。

 横たわる長方形の箱で、側面からいくつも金属製の管が繋がっている。これはいずれの棺も同じだね。それぞれ大きさも同じで大体2m程度の横長さになっている。ほとんどの人が入って寝ることのできるサイズだ。
 表面には文様が刻んであるし、何やら文字も書いてあるけど古代文字だから僕には読めない。教授が目下解読中らしいけど、なんて書いてあるんだろうねー。

 外観からは内部の様子が窺えない棺を僕は覗き込む。3年前、僕は杭打ちくん2号が犠牲になったショックからあんまり見たり触ったりしてないんだよね、これー。
 この中に人がいて、何千何万という時を眠ったままでいるなんて不思議だよー、ロマンだよー。ちょっぴりテンション高くして、あちこち触ってみる。

 ────すると、不意に棺が光り始めた。文様が輝き始め、にわかに震えだしたのだ!

「……えっ!? ふええ!?」

 思わず間抜けな声を出しつつ後ずさる僕。慌てて杭打ちくんを装備して構える。
 ヤバ、なんか変なとこ触っちゃったかな!? でもそんなこと言ったらそもそもこの棺そのものが変なものだよね!? 内心で焦りながら言いわけを重ねる。
 そうしている間にも棺は振動し続けていく。少しずつ、棺の蓋が横にズレ、中身が露見していった。

「…………え。お、女の人?」
「……………………」

 中にいる、横たわって眠っているのは女の人だった。それも大人のおねーさんだ。
 金色の長い髪、ピンクのカチューシャが特徴的で、シミラ卿やサクラさんよりちょっと年上くらいかも。緑のローブに身を包み、目を閉じて死んだように眠っている。
 ていうか呼吸してる様子がないんだけど。これ、まさかと思うけど死んでません?

「えぇ……? ま、マジですか? 僕なんか、やっちゃいました……?」

 さすがに僕が何かしたからこの人がこうなってるとは考えづらいし考えたくないよー。いくらなんでもこんな形で人殺しはやだよー!
 恐る恐る近づき、おねーさんの首元の脈を取る。ない。体温も恐ろしく低くて、まるで冬みたいだ。今ってまだ夏なのに。

 やば、死んでるし……本当に息どころか脈もないことにいよいよ、僕も焦りだす。汗が一筋垂れるのを自覚する。
 こ、これ、どうしよー?

「………………………………ぅ」
「…………!? え、は!?」

 静かにパニックに陥っていたその時だ。不意に、おねーさんが呻いた。
 そんな馬鹿な! 驚き唖然とする僕をよそに、だんだん彼女の身体に変化が訪れていく。
 首元に触れている手が、脈を感知する。少しずつゆっくりと、体温が高まっていく。呼吸も、胸元が緩やかに上下していって、生者のそれと大差なくなっていく。

「よ、蘇り……だよー!?」

 今度こそ身体全体が恐怖で総毛立ち、鳥肌が立つのを感じながらも僕はその場を飛び退いた。
 どう考えてもおかしいよ、異常だよー! 今の今まで完全に死んでた人が、なんで巻き戻るように体温も呼吸も脈も取り戻していくんだよー!?

 まるで未知の現象。いくら冒険者だからってこういう未知はキツイよー。
 ゾッとする思いで、けれど何があってもぶち抜けるように杭打ちくんだけは構えておく。たとえ敵わなくても、絶対に一発は叩き込んでやるよー……!!

「ぁ……う、うう?」
「…………!!」
「こ、こは……? わ、たしは……う、う。こ、れは?」

 おねーさんがゆっくりと起き上がり、片手で頭を押さえながら自分の手元、周囲を見回す。
 ……完全に普通の人間って感じだ。言葉も通じるし、見た目も特に変なところがない。仕草も、清楚で素敵な年上の女性だよー。

 警戒しつつも淑やかな所作にちょっぴり初恋しかけていると、彼女が僕を見た。
 通算4人目、なんだろうね。超古代文明からやって来た人との、ファーストコンタクトだった。