シミラ卿への貴族どもの対応が、おそらく叱責だらけだろうことに内心で苛つきを覚えていると不意に、文芸部室のドアがノックされた。
 誰だろう? ……なーんて、白々しい物言いはしません! 昨日の今日だもの、誰がお越しになったかなんてすぐに分かることだよー!
 さっきまでのイライラもさておいて僕は、内面の喜びが目一杯表に出たような声色でノックの主に告げた。
 
「はーい、どうぞー!」
「浮かれてるなあソウマくん」
「分かりやすくウキウキしてるなあソウマくん」
「うるさいよー!」
 
 一々茶化すなよー、二人とも来客があるって知ってるでしょー!?
 あくまでも僕をイジるつもりなケルヴィンくんとセルシスくんはこの際無視、無視! 僕はこれから素敵な時間を過ごすんだ、わーい!
 僕の言葉を受けてドアが開かれる。予想通りにやってきたのは、何度見てもいつ見てもお美しい桃色の髪の美少女。
 
 迷宮都市第一総合学園が誇る文武両道、美しさまで兼ね揃えた生徒会長!
 シアン・フォン・エーデルライト様のお越しですー!
 
「失礼します……ふふ。昨日ぶりですねグンダリくん」
「やっほーでごーざるー。一昨日ぶりにサクラ・ジンダイ参上でござるよー」
「……あれ? え、サクラさんも!?」
 
 おっとまさかの特別ゲスト!? シアン会長とともに意気揚々と入室してきたその人に、僕はびっくりして声を上げる。
 夏休み直前の今になってこの第一学園に赴任してきた剣術師範、サクラ・ジンダイ先生その人が、ひらひらと手を振りながら陽気に笑ってそこにいたのだ。
 
「え、サクラさんがどうしてここに? エーデルライト会長とご一緒なんて、なんていうか、異色のコンビというか」
「案外そーでもござらんよソウマ殿。なんせ拙者ってば一応ながら、生徒会の副顧問でござるしねー」
「そういえばそんなこと仰ってたな、こないだ……」
「あ、あー……」
 
 一昨日、サクラさんとお話した際にそんなこと言ってた気がするー。そうか生徒会副顧問ってことで、生徒会長たるシアン様とはそれなりに接点あるんだねー。
 納得していると、サクラさんはさらに笑ってシアン会長の肩を軽く叩いた。それを受けて彼女も微笑んで言う。
 
「それ以前に私の場合、グレイタスくん絡みでもジンダイ先生とはお話していましたからね。先生、その節は大変なご迷惑をおかけしました」
「いやいやこちらこそ、とんだ早とちりで関係ないお主にまで変な上から説教をかましてしまい、申しわけないでござるよー。いやまさか、お主がソウマ殿とかような縁を持っていたとは露にも思わず!」
「グンダリくん本人に直接お礼を言うまではと、誰にも打ち明けませんでしたから。本当に大事で大切な記憶を……彼に逢うまでは私だけの素敵な宝物として、取っておきたかった想いもあります」
「うひゃーっ乙女でござるなー! ソウマ殿ソウマ殿、これはなかなかに春でござるなー? このこの、果報者めでござるーっ」
 
 えぇ……なんか肘鉄してくるよー……
 ニヤニヤしながらからかう感じに擦り寄ってくるサクラさんに僕はタジタジだ。一気に打ち解けてきたなーこの人、かわいい。
 
 でも正直、僕もなんだかニヤニヤしちゃうよー。僕に助けられたことを、そんな大事に思ってくれてるなんてすごく嬉しいもの。
 迷宮遭難者の救助は冒険者であれば当然のことだけど、だからこそお互い当たり前のこと過ぎて、割と互いのノリが軽くなりがちなんだよねー。
 
 "おーう大丈夫かー? "と"おーうすまねえなー"、こんな感じのフラットなやり取りが常だものー。まあ毎度毎度一々、俺はお前の救世主だー! とかあんたは俺の命の恩人だー! とか重苦しいこと言い合ってらんないしね。
 助けて、助けられて、軽くお礼を言って、受け取って。そしたら後は帰って酒を飲み交わす。
 冒険者同士の相互互助なんてのはその程度なのが普通だ。
 
 だからこそ今回ってか5年前、一度きり助けた程度のことをここまで大切な記憶として抱えてもらっていたのは、なんていうか嬉しさとか恐縮さとか、やっぱり嬉しいさがある。
 こんなに感謝してもらえるなんて滅多なことじゃないよ。もしかしたら生まれて初めてかもしれないってくらいに感謝されちゃってるよー。
 
「えへ、えへへへ」
「照れるな照れるなソウマくん。君、マジに会長を助けてたんだな」
「素晴らしいことじゃないかソウマくん。君はこの迷宮都市の誇る才女の未来を人知れず護っていたんだぜ。尊敬するよ」
「えへへへー!!」
 
 ケルヴィンくんとセルシスくんにも褒められちゃって、もー照れるったらないよー!
 憧れの1度目の初恋の人に大事に思われて、運命の11回目の初恋の人に気さくに絡まれて、大切な友達二人からは褒められて!
 あー、なんか心が満たされるよー。青春してる気がするよー!
 
「えへへへへへへ!」
「分かりやすく照れてるなー」
「まるで15歳にも見えないな、10歳くらいにすら見えるあどけなさだ」
「あー……情緒的にはそんなもんでござろうしなあ」
「うふふ! かわいいです、グンダリくん!」
 
 テレテレと自分の頭を撫でつける、照れ隠しをする僕。
 改めてこの学校に入れてよかったなーって、心からそう思えているよー。