いきなり僕の本名、冒険者"杭打ち"の正体であるソウマ・グンダリの名を呼ぶシアン会長に、僕はかつてないほどに驚き、そして絶句していた。
 これほどまでに驚いたのは生まれて初めてだ……生まれて初めて戦いに敗けた時よりも、初めて迷宮地下最深部に下りた時よりも、調査戦隊が解散したことを教授から聞かされた時よりももっともーっと、驚いている。
 
「え……は、え……っ!?」
「……ようやく、本当のあなたに会えた気がします」
 
 驚きに呻く僕を見て、なぜだか嬉しそうに笑うシアン会長。
 そのまま僕のほうに歩いてくるのを、悲しいかな冒険者としての警戒心からつい、後退ってしまう。
 正体が思いっきり露見していることを受けて、どうやら本能的にシアン会長を敵……とまでは言わずとも、警戒すべき相手と認識しているみたいだ。
 
 いや、さすがに明確に敵対してるわけじゃなし、杭打機を取り出したりはしないけど。
 それでもこれまで大体の人にバレてなかった僕の名前を、こうもいきなりズバリと言い当てられては身構えざるを得ないよ。
 どういうんだ、シアン会長?
 
「…………!」
「いきなり不躾に名前をお呼びして申しわけありません。ようやくあなたとお話できて、少し高ぶってしまっているみたいです」
「…………」
「なぜ、あなたの名前を私が知っているのか。その理由を今、お話したく思います。どうかお聞きください。あなたに助けられた、幼き日の少女の話を」
 
 滔々と淀みなく話す会長の姿は、警戒していてもなお目も心も奪われてしまいそうなほどに美しい。頬が紅潮して目も若干潤んでるのがなんとも言えず色っぽいよー、かわいいよー。
 そして僕に助けられた? やはりというか僕が昔に関わったことのある人らしいけど、こっちにはまるで記憶がない。
 たぶん調査戦隊にいた頃だと思うけど、なんかあったっけなそんな、大袈裟なくらい感謝されるようなこと……
 
 思わず記憶を漁るけど、こんな美少女とお知り合いになれるチャンスをみすみす、ふいにした覚えがまったく無くて困る。
 もしかして人違いとか? いや、名前まで知られててそれはないなー。
 訝しむ僕もよそに、会長はどこかうっとりした様子で胸の前で手を組み、熱に浮かされたように話し始めた。
 
「そう……それは5年前。当時13歳だった私が、好奇心から家を抜け出し、迷宮に一人で入り込んでしまった時のことでした」
「…………」
「地下1階。出てくるモンスターも冒険者にとっては他愛のないモノですが、蝶よ花よと育てられた我儘な小娘にとってはまさしく悪漢にも勝る暴力の化身です。すぐに襲われてしまい、私は殺されそうになっていました」
「……………………」
 
 うーん……5年前かぁ。調査戦隊に入るか入らないかくらいのの頃だね。なんなら孤児院にもいた頃合いかもしれない。
 ぶっちゃけ孤児院にいた頃からみんなに内緒で迷宮潜ってたりしたから、5年前と一括りに言ってもタイミング次第でいろいろ状況が違う時期なんだよねー。
 
 どうにかシアン会長との関係を運命的なものだと思いたいから、必死になって記憶を探るけどなかなか思い出せないー。
 あの頃は調査戦隊のリーダー達と揉めたり戦ったり勝ったり負けたり、その末に調査戦隊に入らされたりして目まぐるしかったから記憶がごちゃまぜだよー。
 誰かを迷宮内で助けたこともそれなりにあるし、一々覚えてもいなかったしね。あー、今にして思えばもったいないことしたなー!
 
「そんな時、颯爽と現れて助けてくださったのが杭打ちさん、あなたです。今お持ちのものとは違う杭で、あっという間に並み居るモンスター達を蹴散らし、穿ち」
「…………」
「そうしてモンスターを倒し終えた後、あなたの仲間の方が来てくださって私は家に戻されました……あなたの名前をお伺いしたところ、お仲間の方から"ソウマ・グンダリ"だと教わり、その素敵な名前を今に至るまでずっと、大事に覚えてきたのです」
 
 本当に大事な、宝物のような思い出なんだろう。シアン会長ら瞳を閉じて、神々しささえ感じる静寂な表情で祈るように腕を組んでいる。
 当時、たしかに僕は杭打ちくん3号じゃなくて初代杭打ちくん──もはや単なる木の杭をガンガン振り回すだけのもの──を使用していた。会長の言う助けに入った冒険者は、僕で間違いないんだろうね。
 
 でも、僕の名前を教えたって仲間は誰なんだろう?
 調査戦隊メンバーなのは間違いないけど、リーダーの意向から僕の名前はあんまり広めないって方向に、入隊初期の時点で決まっていたのに。
 僕の出自の厄介さや、まだ歳幼い子供を迷宮内に連れ出すことへの批判を恐れて、ソウマ・グンダリの名と姿は隠蔽して"杭打ち"として売り出していくってのは前提条件だったはずだ。
 
 それを破ってわざわざフルネームでシアン会長に教えたって、誰だ? っていうかどれだ? 心当たりがそれなりにあるよー。
 堪らず僕は、シアン会長に問い質した。
 
「…………その仲間って、ちなみにどんな感じの人です?」
「金と青のオッドアイで、美しい金色の髪を長く伸ばした長身の女性でした。送り届けていただいただけですので、名前までは……」
「…………リューゼかー……!」
 
 あいつか! オッドアイの調査戦隊メンバーなんて、あいつしかいないよー!
 大迷宮深層調査戦隊が誇った最高戦力の一人による仕業だと確信して僕は、何やってんだあいつ! と小さく叫んだ。
 
 Sランク冒険者、その名もリューゼ……リューゼリア・ラウドプラウズ。
 今ではたしか"戦慄の冒険令嬢"とか言われている、かつての調査戦隊中核メンバーの一人。
 すなわちレジェンダリーセブンの一員が、シアン会長に僕のフルネームを教えていたみたいだ!