大チャンス、あるかもしれない! という大いなる希望を授けてくれたサクラさんはあれからすぐに部室を出て行って、僕らもまあそろそろ帰ろっかーということで帰路に着くことにした。
 ケルヴィンくんとセルシスくんはともかく、僕は家に帰った後はお仕事の時間だ。冒険者でもあるからね、平日でも夕方から夜にかけて冒険したりもするのだ。
 
 ちなみに平日は大体3日ほど使って、1日目はギルドで依頼を受けて終わり、2日目で現地に直行して依頼を遂行して家に直帰し、3日目にギルドに向かい報告して終わり、というパターンになりがちだ。
 報告後に続けて依頼を受ける形で、連続して依頼を受けることはしない。それをすると本気で僕の余暇がなくなるからね、僕だって学生生活の暇な部分は満喫したいし。
 
 週に2日ある休日のうち、1日は丸々冒険者として活動することも含めて考えると僕は概ね一週間のうち4日、冒険者として活動する日があって残り3日を学生として遊ぶ日を設けていることになる。
 すごくバランスが取れている感じがして今のところ大満足だ。入学前は休み無しで冒険者やってたからね、余暇があるって素晴らしいよー!
 
「ただいまー!」
 
 街の中心部近くにある学校から1時間ほど歩くと辿り着ける住宅区。その中でも端っこのほうに僕の家はある。
 豪勢なことに一軒家で、お風呂とお庭付きというリッチさ! もちろん元から僕の家ってわけでなくあくまで借家だけどね。
 僕の杭打機を拵えてくれた教授さんに、学生生活を始めるにあたって貸していただけたのだ。いくらなんでもスラムから通うのはやめといたほうがいいって、めちゃくちゃ心配してくれていた。ありがたいねー。
 
 さておき玄関の鍵を開けてそのまま中へ。リビングを通らず自室に行ってすぐ荷物を下ろし、学生服を脱いで上下黒の服に着替える。
 そして洗濯した上で室内干ししていた僕の、冒険者"杭打ち"としてのマントと帽子を手に取り身に纏えばー……はい完成! これで僕は今から杭打ちです。わーい。
 
「…………行くかぁ」
 
 服装によってテンション変わることってあると思うんだけど、まさに僕の場合はこのマントと帽子がそうだ。これらを身に着けることで精神的な切り替わりが起きて、学生から冒険者に気持ちがスッパリ変わるんだよね。
 具体的には口数が減る。すっごい減る。僕の正体を知っている人相手には変わらないんだけど、知らない人が近くにいると途端に無口になっちゃう。
 
 こうなったのもひとえに、正体がバレないようにって強く思っていたら自然とそうなっていた感じかなー。
 そうでなくとも昔の僕は、そもそも感情もなければ言葉の概念もなかったし、何より何かを話す誰かがどこにもいなかった。だからもしかしたらその頃の名残だったりするかもしれないねー。
 
 さて、そんなことはさておいて僕はお庭に出た。
 そこまで広いわけじゃないけど、夕暮れを呑気に涼むにはちょうどいい塩梅のサイズのそこには、鍵のかかった床扉が一枚、設置してある。
 解錠して開けると、人間一人が楽に入り込めるサイズで結構、っていうかめちゃくちゃ深い穴が空いていたりする。
 
 これは僕が空けたもので、潜ると僕専用の秘密基地と、そこから地下を通って旧くに使われていた地下道に出ることができる。さらにその道を進めばスラム街にある、使用されなくなった井戸の底に辿り着けるのだ。
 要するに杭打ちの姿をして家を出入りすると確実にバレるから、誰にも気取られないように外部に出ようと思って作ってみた隠しルートなわけだねー。
 
 このルートの実用性は結構ガチで、秘密基地なんて家のリビングにも負けないくらい住心地がいいほどだ。
 さらに元からあった地下道を経由するため、未だ試したことはないけどスラム以外のいろんな場所にも行けちゃうんじゃないかなー。
 とまあこんな感じで、冒険者"杭打ち"の拠点として素晴らしい場所なのだ。
 
「よいしょー」
 
 というわけで早速行きましょうかねー。僕は底知れない深さの穴へと入る。
 入口付近にのみ短い梯子が取り付けてあるのでそれを頼りに中に入り、扉を閉めて鍵を閉める。万一誰か、敷地内に入ってきた人が間違って落ちちゃったら死ぬからね、怖い怖いー。
 しっかり施錠できたのを確認したらさあ出陣だ、僕は手を離し、重力に任せはるか穴の底にまで落ちていく。
 
 体感何秒くらいかな? まあ大した長さじゃないけど、それだけの時間をかけて下りた地下の底へと僕は無事に着地する。
 常人なら死ぬ高さだけれど、一応迷宮攻略法の中でも身体強化と重力制御に関する技術を体得している冒険者だったら全然余裕なはずだ。
 まあ、その辺の技術は攻略法の中でも相当難度の高い技術だし、身につけるだけで一苦労だろうけどねー。
 
「…………ヨシ」
 
 下りた先、真っ暗闇な部屋が広がる。ここでも迷宮攻略法の一つ、暗視に関する技術を身に着けとかないと光源を用意しなきゃいけなくなるから大変なのだ。
 当然体得してるからその辺はクリアしている僕は、問題なく室内を見回す。ソファベッド、保存食、へそくり、なんとなく気に入って買ったのはいいものの後からイマイチかもってなって地下送りにしたインテリア。
 
 そして……僕の相棒・杭打ちくん3号。
 家並みに重い鉄の塊をまさか家の中やらお庭にやら置いておくわけにもいかないので、大体いつもここに保管してあるのだ。
 
 うん……いつもの秘密基地だ。
 異変がないことを確認して、僕は満足して頷いた。