「あった! 杭打ちくん3号……!」

 駆け抜ける王城の庭園、角を曲がって正門に出る。すでに兵士達も異常に気づいたらしく王城そのものの守りを固め、中にいる貴族連中を守ろうとしている。健気だよー。
 そんなのはさておいて僕は杭打ちくんを見つけた。やはり門前に無造作に置かれているよ、誰にも持てなかったんだね。

 なんにせよ僕の相棒、僕が最も信頼する武器にまで辿り着けた。いつものように取っ手を手に取り持ち上げる。家一つ並の重さ、常人には相当厳しいそれも僕からしてみれば安心できる心地よい重みだ。
 完全武装! これでいつもの僕、これでいつもの冒険者"杭打ち"だ!
 
「よし! これでやつをぶち抜けば勝てる……!」
「まだちょっと足りないかな。それだけだと決め手に欠けるよ、ソウくん」
「────は?」

 勢い込んで嘯いた僕の、背後からかけられる聞き慣れた声。
 今ここで、このタイミングで聞くことになるとは思ってもいなかった人の、懐かしい声を耳にして僕は硬直した。

 不思議と動かない身体を、それでも無理に動かして振り向く。そこにはたしかに、幻影でも夢でもなく一人の女の子がいる。

 サラサラの銀髪を長く揺らした、ドレス姿に鎧を着込んだその姿はまるで童話の戦乙女。
 3年の時を経て成長した顔つきはすっかり可愛らしさから美しさに比重が移り、面食いな僕が見ても絶世と言っていいほどに綺麗になっている。
 思わず息を呑む僕に微笑み、彼女は続けて言った。 
 
「仮にもかつて世界を滅ぼしたモノ。複製と言えども物理的な威力だけで仕留められるんだったら、メルトルーデシア神聖キングダムは……ううん。古代文明世界は滅んでないもの」
「…………そう、か。このタイミングで会うのは、ある意味予定調和って言えるのかも、ね」
「だね。カインくんから聞いてるとは思うけど、少なくとも私は、ソウくんとはこのあたりのタイミングで鉢合わせるだろうなーって思ってた。イエイ、ドンピシャ!」
「……あは、は」

 ああ……3年経ってとても美しく、綺麗になったけど。笑うとやっぱりかつてと同じ、愛らしさの面影があるんだね。
 いたずらっぽく笑う彼女に、僕も笑い返そうとするけどうまく笑えてるか自信がないや。代わりに震えるばかりの声で、どうしても尋ねずにはいられないことを、僕は尋ねる。

「僕を、恨んでないの?」
「え」
「君の大切なものを壊した僕を。君は、恨んでないの?」

 ずっと、考えていてずっと、聞きたかったことだ。そしてあるいはずっと、裁かれたかったことでもあるのかも知れない。


 僕の選択ですべてを奪われた君は、僕を憎んでいますか?
 信じてくれたのに君を裏切った僕を、恨んでいますか?
 ……君と君じゃないものとを天秤にかけて、君を選ばなかった僕を、殺したいですか?


 それを、僕はずっと聞きたかったんだ。他ならぬ君自身の口から、君自身の言葉と想いで。
 喉が渇くほどの緊張の中、静かに尋ねた僕へ。けれど彼女は、肩をすくめて苦笑いとともに返した。
 
「それ、こっちの台詞でもあるんだけど……いずれにせよ今、する話じゃないよ? ソウくんにはやるべきことがあるはずで、それを差し置いて問答している場合じゃない。だよね?」
「! …………そうだ、ね」
「動揺してるのは分かるけど落ち着いて。その辺の話は、これが終わってからたっぷり話そ。時間はいくらでもあるからさ」

 当たり前の返事だ。今、こんなことを質問するべきじゃない。僕は馬鹿だ、時と場合も弁えずになんてことを聞いてるんだ。
 土壇場でやっぱり僕は身勝手だ、自分のことばかり考えている。どんなに人間らしさを身に着けたつもりでも、本音のところはこうなんだから恥ずかしい話だ。

 情けなさに顔から火を吹く思いだけれど、ここで俯いていたら本当にただ情けないだけの僕だ。どうにか顔を上げ、気持ちを切り替えて話しかける。
 今はあの化物のことが最優先。そしてここに彼女が来た以上、そこには何か意味があるはずなんだ。

「ごめん……ええと、話を戻そう。あの化物をぶち抜きたいんだけど、単純威力だけじゃ足りないものがあるの? 僕で賄えるかな?」
「私並みに重力制御ができるなら。アレはおかしなバリアがあるみたいで、それを突破するのには高密度な超重力時空制御フィールド……つまりはブラックホールが必要なんだよね」

 恥を忍んで問いかける僕にニッコリ笑って彼女が答える。バリアか、道理でやけに手応えがないと思ったんだよ。
 まともな生き物ならあれだけ殴られたりしてたらちょっとは堪えるだろうに、まるでダメージ皆無だったからね。何かあるとは思っていたけど、まさかバリアなんてね。

 そしてそのバリアを突破するには迷宮攻略法が一つ・重力制御が必要ってことか。それもブラックホールを精製するレベルで技術を備えた存在が。
 僕の知るところ、そんなのはただ一人しかいない。そう、目の前にいる彼女だ。だから今、このタイミングで接触してきたんだなと察せるよー。
 
「そんな情報、どこで……いや、今はいいよ。なるほど、それなら僕一人じゃどうあれ突破は難しいね」
「うん、だから私が来たの。ソウくん、いつだって矢面に立つからさ。たぶん今回もあの神を相手に戦ってるんだろうって思ってさ」

 そもそもあの化物について何を、どこまで知っているのか。そこは後で聞くことにする。
 今は彼女の力が必要だ、やつをここで殺し切るためにね!

 はにかむ女の子の前に立つ。
 3年前に比べて少しは僕も背が伸びたみたいだ、ほとんど同じ背丈で、視線をぶつけ合う。
 しばらくぶりの青い瞳に見惚れる想いを噛み殺しながら、僕は静かに尋ねた。

「力を、貸してくれる?」
「もちろん! 3年ぶりだね、ソウくん」
「ああ、久しぶり。いこう、レイア」
 
 僕──ソウマ・グンダリはそうして、彼女──レイア・アールバドと再会した。
 調査戦隊元リーダー、"絆の英雄"が、この町に帰ってきたんだ。