「お前ら、無事だったか」

 砂漠の町に戻ったのは翌日。
 冒険者ギルドにいくなり、なぜか心配された。

「無事っていうのは?」
「なんだ。お前らは見なかったのか。海の化け物が出たんだよ。それで討伐依頼が来てんだ」
「と、討伐!?」

 クラーケンを討伐しようなんて、考えないだろうと思っていたのに。
 これは想定外だな。
 まぁクラーケンが撒けるとは思えないけど、駆り出される冒険者がかわいそうだ。

「あの、ギルドマスターさん。化け物というのは、具体的には」
「あぁ、それがな、グリードっつぅ深海のモンスターらしいんだ」
「「え?」」

 俺たち全員、予想外の名前が出て来て驚いている。
 ところでグリードってどんなモンスターだ?

「巨大なモンスターだが、普段は深海にいるから滅多にお目見えするようなモンスターじゃねえ。見るとしても大海原だ。海岸近くに出る事なんて、今まで聞いたことがねぇ」
「あの……グリードを見たって、いったどこの海岸なんだ?」
「お前らが行くつってた西の海岸だ。昔はサンゴが大量にあったんだが、七、八十年前ぐらいからサンゴを採る奴らが増えてな。サンゴが減ると生態系が変わるってんで、十年前にサンゴ漁は禁止になったんだが」

 クラーケンが密猟って言ってたし、もしかしてと思っていたけどやっぱり禁止だったのか。
 けど、禁止になれば供給がなくなって、かえって価値が上がるんだろう。
 だから密漁者も現れる訳で。

 しかしグリードねぇ。

「俺たち、グリードってのは見てないけど、海の大精霊クラーケンなら見たぜ。な?」

 とみんなに目配せをする。

「はい。とても親切にしていただきました」
『ボク、海ノ中ヲオ散歩シタヨ! オバチャンガ泡デ包ンデクレタンダ』
「おばちゃん?」
『ウン。優シイオバチャンダッタヨ』
 
 で、グリードってのはたぶん嘘。
 あの密漁者たちがサンゴ欲しさに、クラーケンを冒険者に討伐させようとしているんだろう。

「クラーケン……やっぱりか」
「やっぱり?」
「いやな。あそこの海は、さっきも言ったように以前は広大なサンゴ礁だったんだ。そこは大精霊の聖域だって言われていたらしい。水深は深い場所でも三十メートルほどだ。グリードは三〇〇メートル以上の深海に生息している。おかしいと思ったんだ」

 だから依頼を受理する前に、調査しようと思っていたそうだ。

「おい。グリードの件を依頼した奴らの身元を調査しろ。やつら密漁者かもしれん」
「そういやギルドマスター。俺たちがクラーケンに会った時、密漁者と間違われたんだ」

 とハクトがそれっぽくいう。
 その密漁者は魚人を使ってサンゴを採取させていたらしいとも話した。

「魚人か。ここ数年、魚人のはぶりがよかったのはそれか。あの野郎ども、冒険者に精霊殺しをさせようたぁ、いい度胸じゃねえか」
「精霊殺し? やっぱり精霊を倒したりとかは、ダメなことなのか?」
「当たり前ぇだ。精霊は自然を司る。下位の精霊ならいざしらず、大精霊にもなると、その存在が消えることで自然災害が発生するんだよ」
「自然災害……」
「クラーケンが消滅してみろ、海が荒れまくって海岸沿いの町や村は津波に飲み込まれちまう。それだけじゃねえ。海水が干上がって、何年も雨が続くだろうなんて言われてんだ」

 世界沈没……だな。

「ま、たいていの奴らはそんなこと知らねえがな。精霊なんて見れるのは、ごく一部の人間ぐらいだからよ」

 俺たちめっちゃ見えてるんだけど……。
 そういえば誰も大精霊がいることにつっこまないな。

 と、ユユの頭の上にちょこんと座るミニアクアディーネが、人差し指を口元で立てた。

『ある程度魔力がないと、精霊は見えないんだ。まぁぼくら大精霊にもなると、見せる相手を選べるんだけどね。凄いでしょ? えっへん』

 と足元でウリ坊が鼻をふんすと鳴らしている。
 別に凄いなんて一言も言ってないのに。

「まぁともあれ、お前らから情報を聞けて助かったぜ。グリードがいる前提で俺ら冒険者ギルドのもんが動いて、大精霊を怒らせでもしたら大変なことになってただろうからな」
「感謝されるほどのことじゃないよ。他にも密漁者がいるかもしれないし、大精霊クラーケンの存在はアピールしてくれると助かるよ」
「あぁ。大精霊がいると分かれば、バカなことを考える奴も減るだろう。それでもゼロにはならんが。町長と相談して、海岸の警備も置くように考えねぇとな」
「そうやってサンゴを守ってくれる人間がいれば、クラちゃ――クラーケンも喜ぶよきっと」

 危うく「クラちゃん」なんて言いそうになった。

「クラーケンの恩恵を受けられるようになるといいがなぁ。そうなりゃ、ここの海は豊かになる。海が豊かになりゃ、魚が増えて食も豊かになるからな。お前ら知ってるか? 海の魚ってのはうめぇんだぜ」
「た、食べ物だったのですか!?」
「魚って、あの海の中にいた小さくて綺麗なのでしょ? アレを食べるの?」
「あんな小さなのでも、モンスターだったのか……」
「「ん?」」

 ルーシェ、シェリル、そしてハクトの言葉に俺とギルドマスターが首を傾げる。
 
「え、違うのか? 魚と言えば、なぁ?」
「魚と言えば、砂の中を泳ぐサンドフィッシュでしょ」
「小型ですが、立派なモンスターですし」

 それを聞いて俺もギルドマスターも「あぁ~」と声を漏らす。

 そういや砂漠で暮らす人たちにとってのたんぱく質って、ほぼほぼモンスター肉だったな。