「ンギョッ」
「ギョギョギョオォォーッ!」
『我はクラーケン。この海域を統べる大精霊なり』
「ンギョオォーッ!!」

 サンゴの成長開始から三日後、魚人と人間がやってきた。
 魚人は海を泳いで、人間は小舟に乗って。
 岩陰に隠れて見ていたけれど、魚人が成長させたばかりのサンゴを採ってしまったので作戦結構だ。

 作戦とは――

 脅す――こと。

 砂漠の町で『我が同胞を傷つけたら、町を周辺もろとも焼き払うぞ』と脅したアレだ。
 
『この海域のサンゴ礁は、我が庭である。我が庭を穢すもの、盗み取るものを、我は決して許さぬっ』

 恐怖心を煽るため、クラーケンにはベヒモス巨大獣バージョンに乗ってもらっている。
 下半身は獣――みたいに見せるためだ。
 さらに三体のワームが頭部から生えているようにも見せた。
 さらにさらに、アクアディーネの力で泡をまとわりつかせ、やや見えにくくもしてある。
 最後は声だ。
 近所のおばちゃん風だと怖さが足りないので、風の大精霊ジンが代弁。
 彼にはアドリブで適当に怖がらせてくれと頼んである。

 最初はブツブツ文句言ってたわりに、めちゃめちゃ雰囲気出してるじゃん。 


「ク、クラーケンさま。わ、わわ、わしらは盗んじゃおりませんっ」
『ではその袋の中身はなんだ。我が見ていなかったとでも思うのかっ』
「ンギョーッ。ここ、これ、これは、に、人間に頼まれて」
『ほっほぉ。では頼まれれば死んでくれるか? よし。では死ね。サンゴの海のためだ。喜んで死んでくれるであろう?』

 楽しそうだなおい。

「そ、そそ、そ、それは……」
『嫌だと申すか?』
「は、はいっ」
『ではサンゴを盗むのをやめることだ。さもなくば、貴様らの住処を――』

 ん?

 あ、なんかジンがクラーケンの後ろでごにょごにょ言ってるな。

『おほん。全ての魚人の住処に、巨大な渦潮を送りつける。もちろん人間どもにも罰を与える。この海域に侵入する全ての船を沈めると伝えろ』
「ン、ンギョ!?」

 クラーケンとは脅し文句を話し合ってたのか。

『住処を逃れても、貴様らの孫の代まで渦潮が付きまとうと思え』

 渦がついて来る……そりゃ怖いな。
 そして止めとばかりに、クラーケンが腕を振って渦を作り上げる。
 海上の小舟がその渦に巻き込まれて、木っ端みじんになってしまった。

 だけど小さな渦ですぐに収まったから、乗ってた連中は無事だ。
 木材にしがみついて浮かんでいる。
 
『分かったか』
「ギョギョ」
『ではあの人間どもを陸に連れて行くがいい。そして二度と海に近づくなと伝えろ』
「ンギョッ」

 魚人たちは慌てて泳ぎ出すと、海面へと向かった。

『これでいいのかい?』
「たぶん。まぁ魚人たちの慌てようからして大丈夫だろうけど。人間の方はどうかなぁ」

 船を壊された程度で諦めてくれるか。

『バイバーイ』

 隣で呑気に手を振るアス。
 手を……あ、そうだ。

「クラーケン」
『クラちゃんでいいわよぉ』
「……クラ、ちゃん。えっと、お見送りしてやるのはどうだろう?」
『見送るのかい?』
「そう。アスみたいに、バイバーイって手を振るんだ。海面まで伸ばして」

 そう言うと、俺の意図を理解したようでクラーケンは目を細めた。

『そうだねぇ。見送ってあげなきゃねぇ。うふふぅ』

 楽しそうだ。
 クラーケンは腕をみよぉーんっと伸ばして、海面から突き出す。
 海の底からは彼らがどんな顔をしているのか分からないけど、手足をばたばたさせているあたりはめちゃくちゃ驚いているようだ。

 クラーケンの腕の先は、人間をぺちんっと叩き潰せるほどのサイズがある。
 そんな腕で海面をバシャーンっと叩けば、激しくしぶきが上がって波も立つ。
 しかもクラーケンは何度もバシャバシャと海面を叩くから、沈みそうになる奴もいた。

 クラーケンが満足して腕を引っ込めると、彼らは一斉に泳ぎ出した。
 必死過ぎてバタ足が機能していないけど、そこは魚人がちゃんと腕を引いて連れて行く。

「これで人間たちにも恐怖心を与えられただろう」
「だがユタカ。人間を脅かす存在は、討伐対象にもなりかねないぞ」
「その時はまぁ、実際に船を沈めるしかないかなぁ。そもそも海の中にいるクラーケンを、どうやって倒すんだ? 海上に出てきたところを狙うか、海に潜るしかないだろ?」

 海上に出なければいい。いや、たとへ出たとしても、討伐隊は船でここまで来るしかない。沈めてしまえば終わりだ。
 海に潜って来たとしても、水の抵抗でまともに戦えないだろう。
 魔法でどうにかできるとしても、海の中で有利なのはクラーケンだ。

「勝てるだろ?」

 とクラーケンに聞いてみると、

『そりゃまぁねぇ。勝てない理由がないだろう? でもわたしゃあんまり喧嘩は好きじゃないんだよ』

 と。
 いや、喧嘩じゃないから。