部長……頼りになりますね、マジで。


友達の話。
結婚の時にお金の話をしておかなかったせいか、
二人で自由に使っちゃって貯金ができない。
……なんて言ってたっけ。


私の旦那さん、堅実でよかったなぁ~。

って、まだ旦那さんじゃないけど。


「今週末のご挨拶は、予定通り伺ってもいいんだよな?」


「あ、はい。うちの両親、張り切ってました」


今週の土曜日は遅くなったけど、群馬にいるうちの両親に結婚の挨拶に行く予定だ。
婚姻届を出すのも、式の日取り決めもそれからの話。


「何か好きなものはあるか?」


「えーっと、うちの父はゴルフが好きですけど」


「手土産の話だ、大馬鹿」


ナチュラルに怒られた……。
やっぱり、部長はちょっと怖いです。


目の前に来た料理は本日もフライドポテト。
それにトマトサラダ。
ふふふ、
安定のラインナップですよ。


部長は目の前でミックスグリルを食べてるけど、匂いはだいぶ気にならなくなってきたと実感。

むしろ、今日はアイスクリームくらいデザートにつけられそう。


「おう、食べられるならもっと頼め」


再びグランドメニューを手に取った私に、部長が言った。


「じゃー、リンゴシャーベットを……」


「食え食え。食べられるって良いことだな」


「ホントにそうですね」


「あ、そうだ」


部長が何かを思い出したように、
一瞬宙を仰いだ。

それから、私の方をじっと見る。

なんだろ?

私は店員を呼ぶボタンを押しかけて、やめた。


「梅原」


「はい」


「今日から二人暮らし、よろしくな」


「え!?ああっ!はい!!こちらこそ、よろしくお願いします!」


私は慌てて額をテーブルにくっつけた。


何の脈絡もなく、
このタイミングで言うとは……。

読めないぜ!一色褝!







翌日、会社に出社した私は、自分のデスクにいた。
思い出すのは昨夜。
記念すべき二人暮らし初日。


一口だけワインで乾杯とか?
お茶しながら未来を語り合ったり?
並んだベッドで眠りながら
「まだ、起きてるのか?」
「なんか緊張して眠れないです」
「……こっちくるか?」とか?


そんなやりとりは1ミリも無かった!

なぜなら、20時前に私が一人で寝てしまったから!


ファミレスから帰ったら、鉛のように身体が重くてもうダメだった。
なんとかシャワーを浴びて、メイクをぐしゃぐしゃーっと拭いて、何の保湿もせずにベッドへバタン。

妊娠発覚頃から、やたら眠くはあったけれど、つわりで体力が落ちたせいか、余計に夜は身体に堪える。



部長が、自分もシャワーの準備をしながら言った。


「おい、梅原。明日は報告だからな。忘れるなよ」


「……やっぱ、言うんスかー?」


「当たり前だ。おまえが住所変更を総務に申請して、俺と同じ住所じゃモロバレだろうが。その前にきちんと社内に報告するんだ」


部長は言うだけ言って、シャワーに行ってしまった。
そして私は夢の中へ。


今朝になってみて、色々考えた。

部長の言っている報告は

結婚の報告。

社内に、今日の朝ミーティングで。


うわぁー、
想像しただけでこっ恥ずかしいっ!!

だって、相手は一色部長だよ?
鬼の一種だよ?
冷血仕事虫と評判な……

いやいや、優しい面も結構見てるけどさ。

でも社内では鬼の一色褝なわけですよ。

そんな男と結婚……。


同じグループ内の人たちはどんな顔をするだろう?

えー!!いつの間に!?
ウメちゃん勇気あるな!!
っていうか、部長、なんでウメちゃんを?

私は反応を想像して

萎えた。


私と部長、釣り合ってないんじゃない?
忘れてたけど彼、結構なイケメンですよ?

ちらりと顔を上げると、部下の松方くんと打ち合わせをしてる一色部長。

鼻筋は通ってるし、目元はセクシーだし、背だって180くらいあるから低くはない。
しかも仕事ができたら、女の子なんて選り取りみどり!


なのに、なんで梅原佐波を?

って空気になっちゃうよなぁ。

上の階のマスコミ担当グループには一色ファンの女の子たちが結構いる。
あの子たちなら絶対言うよな。
「なんで梅原さんなんかと結婚するの?」って。

私はデスクに突っ伏す。

横では出社したばかりの夢子ちゃんが、慌ててパソコンを起動させている。
早く出退勤押さないと遅刻って時間だもんね。


「彼氏んちお泊まりしたら寝過ごしちゃってぇ~」


聞いてないぞー、そんなこと。
突っ込む元気がないので、頷くだけの私。


うちなんか初夜だったけど、何にもなかったんだぜ!
と威張ってやりたい。



男の人と住むのは初だ。
見栄っ張りな私は、今までの彼氏なら、
一緒にお泊まりでも化粧は落とさないし、イビキとか恥ずかしいから相手が寝るまで寝ないようにしてた。

なのになぁ、
ゆうべの私、気ぃ抜き過ぎ。
ノーメイクだし、髪も乾かさず、先にガーガー寝ちゃったよ。

今朝、部長は何にも言わなかったけど、
きっとあきれてるよ……。
ぞろぞろとフロアに社員が入ってきた。
上の階の総務とマスコミ担当グループの社員だ。


週の頭は、こっちのフロアで朝礼をするんだ。
100人くらいの小さな会社なので、この時に内輪の報告をするのが常。

結婚報告や子どもの誕生報告、
育休もらいまーすなんて言った男性社員もいたっけ。

今日集まってるのは60人くらいかな?


気が重いままミーティングスタート。


今日はマスコミ担当グループの森部長が仕切り役だ。
社長のお話があって、
目下の仕事の確認。
今週の目標。
各部署より連絡事項。


「他はないかな?」


森部長が言う。


スッと一色部長が手をあげた!


一色部長は何ら普段と変わらない様子で口を開いた。


「この場を借りまして、個人的なご報告があります」


場がざわついた。
この言い回しは……誰もが察しがついただろう。

でも、皆一様に思っているはずだ。

まさかこの人が?
そんな様子は無かったぞ!


「梅原!」


私の覚悟が決まらない内に、一色部長が私を呼んだ。

私はおずおずと部長の立つ位置へ近付く。
場のざわざわが大きくなる。


「私、一色は部下の梅原佐波と結婚することにいたしました」


集まっていたほぼ全員が何らかの声を上げた。
驚きや、早くも歓声、一部の女子社員からは悲嘆を含んだ叫び。


私はただただ、いたたまれず真っ赤になって唇を噛み締めていた。
一色部長が重ねて言う。


「梅原のお腹には私の子どもがいます。今、4ヶ月ですが、仕事の面で皆さんにご迷惑をおかけすることもあるかと思います。何卒、よろしくお願いします」