お式が終わり、軽く会食になる。
私は初めて、部長の叔父さん夫妻に挨拶をした。
うちの両親より年上の印象の叔父さん夫妻は、結婚式をとても喜んでくれていた。
「二人の写真を、褝くんのお母さんにも見せておくからね」
お加減はいかがですか?と聞こうとしたけど、横から部長が引き取って話す。
「ありがとうございました。母をよろしくお願いします」
やっぱり部長は、お母様のことは話題にしたくないみたい……。
部長の叔父さんご夫妻は会食が終わると帰路についた。
名古屋近辺が部長のご実家で、静岡なら近いからと宿泊を遠慮されたみたい。
宿泊メンバーのうち、父と社長は部長を連れてホテルのバーラウンジで早々酒盛りを始めてしまった。
挙式直後なのに……。
ま、想像ついたけど。
割りきって、私と母と祖母は豪華な大浴場と露天風呂を楽しんだ。
「佐波ちゃんがお母さんになるなんて、嬉しいね」
湯船の中、祖母はしわしわの手で私のお腹を撫でた。
昔、祖母とよくお風呂に入った。身体を洗ってもらったことを思い出す。
「おばあちゃんの曾孫だよ。たくさん、抱っこしてあげてね」
「あらあら、だめだよ。おばあちゃんもう体力無くなっちゃったんだ。たくさん抱っこできないよ。
……今から腕立て伏せしたら、産まれるまでに筋肉が戻るかねぇ」
「あら、いいんじゃない?母さん。あと、3ヶ月くらいあるから私もやろうかしら?腕立て伏せ」
母が真顔で相槌を打つ。
「ヒンズースクワットも長寿にいいらしいよ。毎日100回くらいやる芸能人がいるんだから」
「やだ、血圧上がっちゃいそうよ、母さん。でも、孫育てには体力がいるものね。やっぱり必要?」
母の天然は祖母ゆずりに違いない……。
私は生温い視線を隣の母娘に向け、お腹を撫でた。
お風呂が気持ちいいのか、ポンちゃんは伸びやかに動いている。
この半月でいっそう胎動が強くなった。
すると、ひくっひくっと規則的にお腹が動き出す。
外から見てもわかるくらい。
あ、これは……。
「お母さん、おばあちゃん、見てー!ポンちゃんがしゃっくりしてるー!」
「あらホント」
「懐かしいねぇ。60年も前だから忘れちゃってたよ」
二人はまた交互に私のお腹を撫でだした。
不思議。
私はお母さんから産まれた。
お母さんはおばあちゃんから産まれた。
ポンちゃんは私から産まれる。
不思議。
命の連鎖だ。
このいとおしい幸福。
産まれること。
産むこと。
ああ、すごくいとおしい。
きっとポンちゃんができなければ、こんな気持ち知らなかった。
私は母と祖母と、いつまでもお風呂に浸かっていたかった。
この四人の時間をじっくりと味わいたいと思った。
結婚式から6日目。
金曜の夜が私たちの結婚披露パーティーだった。
会社の人を招いたものなので、社長の配慮で全員定時上がりの指示が出た。
休日にあらためて集まってもらうより、飲み会の延長程度の方が負担も少ないはず。
ご祝儀は受け付けず、会費制にしたのもそのためだ。
会場は会社から徒歩で行ける距離のホテルを選んだ。
挙式をした熱海のホテルはここの系列。
規模的に披露パーティーの方が大きいので、プランナーさんもこっちのホテルの人だ。
19時スタートの披露パーティーなので、メイクなどなどのため、私は17時には退社させてもらった。
ホント、この会社優しいなぁ。
ホテルの新婦用メイクルームで本日も変身しますよ!
肩より少し長くなった髪は、
ハーフアップっぽくまとめて、垂らした部分をふわふわくるくるに巻いてもらう。
生花をたっぷりとのせて、華やかに仕上がった。
今日のドレスは黄色のプリンセスラインだ。
だけど、パニエは控え目だし、ちょうどお腹のふくらみにお花の刺繍が。
これが目立って、丸いお腹を強調してくれる。
体重は、現時点で妊娠前からプラス4.5キロだ。
これって、割とコントロール出来てる数字よ。
マタニティビクス頑張ってるし、お腹以外はいいボディラインだと思うんだよね。
ふふふ、計画通り。
部長もすぐに合流して、私たちは最終の打ち合わせ。
大きな流れは作らず、立食形式にしているので、普通のパーティーと変わらない。
問題は最後の挨拶まで、部長がシラフでいられるかだけどね。
「いよいよだな」
まるで、いざ決戦という様子の部長。
私も勇ましく頷いた。
対外的にはこれが一番大きいイベントなのだ。
うまく決めて、安心して出産に挑みたい。
19時。
社員のほとんどが集まってくれた会場。
流れる曲はムーンリバー。
扉が開き私たちは腕を組んで入場した。
「可愛い!」
「ウメさん綺麗!」
女子社員から歓声が上がる。
女子っていいよね。
こういう場って、無条件に褒めてくれる。
お世辞でも空気読みでも、
めちゃくちゃ嬉しいッス!!
「部長ー、顔固いッスよー!」
ここぞとばかりに部下たちが声を張る。
「うるせー!!」
部長が声の方に怒鳴る。
みんな爆笑だ。
ちょっと、部長。新郎らしくしてよー。
中央の新郎新婦席に着くと、お辞儀する私たち。
わあっと大きな拍手が巻き起こった。
自分が主役って、すごく恥ずかしいし、変な感じだけど、
嬉しいもんなんだな~。
パーティーが始まる。
すぐにわかった。
新郎新婦って隙あらば写真責めに遭うのね。
テーマパークの着ぐるみみたいな感じ。
まずは和泉さんと夢子ちゃんが飛んでくる。
「いっちば~ん☆きゃあ、ウメさんかっわいい~!」
「ホント、お腹のベビーちゃんにもグッドなデザインね。良く似合ってるわ。お姫様みたいよ」
二人は私を褒めそやし、お腹を撫でまくって、あとに続く女の子たちと交代。
何度か繰り返しているうちに私の前に来たのは……
「梅原さん、おめでとう」
「もう、一色さんになったんだよね。おめでとう」
そこにいたのは7人の女子。
上の階、マスコミ担当グループの女の子なんだけど。
中でも根強い一色褝ファンのコたちだ……。
上はアラフォー、下は新入社員というメンツ。
「これ、ちょっと早いけど」
一番年上のお姉さまが私の手にのせたのはリボンのついたビニール巾着。
プレゼントみたい。
「赤ちゃんのお洋服なんだ。性別わからないって聞いたから黄色系で統一したよ」
「え!ありがとうございます!」
この人たち、私のことあんまりよく思ってないんじゃないのかなぁ。
せっかくだし、部長からお礼言った方がいいよね。
キョロキョロするけど、部長はすでに男性社員の輪の中。
というか、あれは死ぬほど飲ませ合ってるって状況だな。
笑い声だか叫び声だかわかんない声が聞こえるもん。
「梅原さん、誤解しないでね」
お姉さま社員が言った。
「私たち、確かに一色部長のこと大好きだったけど、それってファン心理だからさ。彼が死ぬほど厳しい鬼部長なのは知ってるのよ」
他のコたちも言う。
「見てるだけでハッピーっていうか?実際にお付き合いして結婚は無理だよねーって、みんなでよく話してたんです」
「だから、あの強者を落としてゴールインした梅原さんは勇者だよ」
「勇気っていうか、ガッツがあるよね!」
「結婚生活、頑張ってね。勇者様」
彼女たちは言うだけ言って去っていった。
花嫁を勇者扱い。
一切悪気はない様子。
こんなところもマイペース。
さすがだぜ、女子って。
ま、祝福されてるみたいだし、よしとしましょう。
私はもう一度、部長を見やる。
部下たちに囲まれた彼はゲラゲラ笑いながらお酒を飲んでいる。
まあ、楽しそうだこと。