ここにいないなら、いつまでも見ていても仕方ない。
隣にある事務室の前まで進み、ドアノブに手をかけた。
キィィィ……という音を立てて開くドア。
その中をのぞいて見ると……部屋の奥に、かすかに見える黒い人影。
そして……。
廊下側から、事務室のカウンターに伏して、目を閉じて眠っているような留美子の姿があった。
何か……おかしい。
それは私にも分かる違和感。
恐る恐る携帯電話の明かりを奥の人影に向けるとそこには……。
身体中から血を噴き出して、ピクリとも動かない伊勢が、壁にもたれるようにして床に座っていたのだ。
そんな……伊勢まで「赤い人」に殺されたの?
二見の死に方とは違うけれど、こうも簡単に人を殺せるなんて、「赤い人」しか考えられない。
「伊勢は『カラダ探し』の事を……知ってるんじゃないの? なのに……」
なのに、どうしてと言いたかったけれど、逆を言えば、それを知っている伊勢でさえ、殺されてしまうのだ。
その光景を見て、落ち着いた呼吸が再び荒くなる。
足の震えが止まらなくて、立っている事さえできない状態。
「い、伊勢が死んでる……留美子は? る、留美子は何をして……」
伊勢がこんな姿なのに、カウンターに伏せている留美子が無事なはずがない。
でも、室内から見ると留美子は何かされているようには見えないけど……。
ドアを閉めて、壁伝いに廊下側へと回って、その姿を確認した私は、絶望という言葉の意味を知った。
ただ、カウンターに伏せていたんじゃない……。
下半身は廊下に倒れていて、上半身はすがり付くようにカウンターの縁をつかんで息絶えたのだという事を理解した。
と、同時に、生徒玄関の前の、避難口誘導灯の光に照らされて浮かび上がる「赤い人」の姿を、私は見てしまったのだ。
「赤い人」が、西棟の方に向かって歩いている。
うなるように、唄を歌いながら。
姿を見てしまったけれど、まだ私に気付いていない今なら、なんとか逃げる事ができるかもしれない。
留美子の亡骸に涙しながらも、私はゆっくりと後退した。
初めてできた男子の友達の伊勢、今日アドレス交換をしたばかりの留美子。
そんなふたりの亡骸を見て、涙しながら、伊勢が言った事を必死に心の中で叫んでいた。
絶対に振り返るな。
絶対に振り返るな。
絶対に振り返るな。
その言葉だけを信じて、事務室のドアの前まで後退して、その場に崩れるように腰を下ろした時だった。
『「赤い人」が、東棟一階に現れました。皆さん気を付けてください』
そんな校内放送が流れて、私の背後から、無邪気な笑い声が聞こえた。
「キャハハハハハハッ!」
私は……振り返ってないのに……。
何度も校内放送が流れるなんて聞いてないよ。
伊勢も留美子も殺された。
だったら……もうどうでもいい。
ゆっくりと振り返った私は、「赤い人」の笑顔を見た。
「ねぇ……赤いのちょうだい」
あぁ、二見は、トイレで振り返ったから殺されたんだ。
ひとつだけ、納得した瞬間……「赤い人」の手が私の顔に迫り、目の前が真っ暗になって、私は思考を停止した。
ピピピピピピッ!
ピピピピピピッ!
どこからか、アラームの音が聞こえる。
私は確か、「赤い人」に殺されたはずなのに。
いつもの私の部屋、ベッドの上で私は目を覚ました。
なんだ……夢だったのか。
でも、やけにリアルで痛みのある夢だったな。
伊勢も留美子も私も、「赤い人」に殺されたけど、夢の中での事なら良かった。
「あれ……携帯がない?」
アラーム音は聞こえるのに、枕元で充電器に挿していた携帯電話が見当たらない。
もしかして、ベッドの下に落ちたのかな?
上体を起こし、脚をベッドから下ろした私は、この時に妙な既視感に襲われた。
あれ……昨日も同じ行動を取っていたような気がする。
こうやって起きるのも、かがんで携帯電話を拾うのも、昨日とまったく同じだ。
首を傾げながら携帯電話を拾い上げ、それを開いた。
時間は、いつもアラームが鳴る7時。
「寝てる間に落としたのかな?」
そう思い、フフッと笑いながら電話帳の名前を表示する。
ふたりも友達の名前が登録されたから、それを見るのが楽しい。
でも……。
そこに、「柊留美子」の名前はなかった。
昨日、留美子の番号とアドレスを教えてもらったはずなのに、どうして消えてるの?
私の宝物だったのに。
でも、伊勢の名前は残っている。
もしかして、私が寝てる間に間違って削除してしまったとか?
いや、そんな複雑な操作を、寝ながらできるはずがない。
と、なると……どういう事?
その場に立ったまま、しばらく考えて、私は昨日の夜に伊勢から送られたメールの事を思い出した。
「なんか、変な事が書いてあったよね。えーっと……」
たどたどしい手付きでメールの受信画面を開いた私は、またおかしな事に気付いた。
昨日、伊勢から来たはずのメールが……そこにはなかったのだ。
あるのは『大丈夫か?』という、11月20日に送られてきたメールだけ。
「何て書いてあったかな……うーん」
同時に送られてきた「赤い人」のメールの印象が強くて、思い出せない。
とりあえずメール画面を閉じて、待ち受け画面に戻した時、表示されている文字に、私は目を疑った。
「11月……21日? 今日は、22日でしょ?」
そう言葉に出した時、伊勢のメールの内容を思い出した。
『カラダを全部見つけるまで、明日は来ない』
確か、そんな内容だったと思う。
釈然としないものを感じながらも身支度を始め、学校に行く準備を済ませた私は家を出て、通学路を歩いていた。
明日が来ない……つまり、「カラダ探し」を終わらせないと、11月22日が永遠に来ないって事?
そんなバカなと思うけど、伊勢の言っている事に嘘はなかった。
だとすると、伊勢も前回の「カラダ探し」で、終わるまで同じ日を繰り返したのかな?
携帯電話を眺めていた私が、ふと顔を上げると、目の前には浦西の姿。
なんだか調子が悪そうで、歩く速度も私より遅い。
「あ、あの……浦西君、おはよう」
ほんの少しだけ勇気を出して、私はその背後から声をかけた。
「ん? ああ、相島か。おはよう……最悪な事に巻き込まれたな、俺達」
この様子だと、浦西はきっと気付いてる。
あれが夢じゃなかったって事も、今日が11月21日だって事も。
「相島は……どうだったんだ?」
「どうって……伊勢君の言う通りだったよ。だから、しっかり話を聞くべきだと思う」
「そうか……高広か。あいつは、袴田とは違うみたいだな……」
浦西のその言葉は、どういう意味だろう?
袴田とは違う……確かに伊勢は「カラダ探し」を行った事があるから違うだろうけど。
この時はまだ、その意味が分かっていなかった。
「相島は高広と一緒にいたんだろ? だったら、いろいろと教えてもらったんじゃないのか?」
少しでも情報がほしいと言わんばかりに、私の顔を見て尋ねる。
「特に何も教えてもらってないけど……私達がいる方に『赤い人』が来てさ、皆死んじゃったんだ」
私の言葉に、「あー」とうなるような声を上げて、浦西が申し訳なさそうに呟いた。
「悪い、俺達が見つかったせいだ」
「えっ! 浦西君達、『赤い人』に見つかったの!?」
学校に向かって歩いている間に、いつの間にか自然と話ができるようになっていた。
私に友達ができなかったのは、単純な理由だったのかもしれない。
私が話をしなかったから。
「どうやら、どこかから校門にいるのを見られていたらしい。夜に届いたメールを確認していたら、笑いながら生徒玄関の方から走って来たんだ」
そこで、浦西は殺されてしまったのかな。
二見が東棟の一階のトイレに入って来たのは知っている。
「でも、伊勢君と袴田君が違うってどういう事?」
「ああ、俺は昨晩、袴田に殺されたようなものなんだ。少なくとも、高広はあんな事はしないと思うけどな」
袴田に……殺された?
穏やかじゃないその言葉に、私は少し不安を覚えた。
「あんな事って……何をされたの?」
そうきくのは、正直怖かった。
一緒に「カラダ探し」をしなければならないのに、仲間を殺すような人がいるの?
「『赤い人』を俺達が見た時、あいつ、俺を無理矢理振り返らせたんだ。人を生け贄みたいにしたんだよ」
自分が生き残る為に人を犠牲にする……最低だと思ったけど、二見を見捨てた私は、何も言う事ができなかった。
学校に着くまで、私達は昨晩の話で分かった事を話していた。
浦西は、振り返らせられて、何度も身体を手で貫かれたらしい。
朝起きたらその場所にアザができていて、それを見せてもらった。
これは、事務室の中の伊勢と同じ殺され方。
振り返るなと言った伊勢も、きっと何か理由があって振り返ってしまったのだと思う。
でも、二見と私は違う。
二見は首を飛ばされ、私は頭を潰された。
おかげで頭痛がするけれど、この事で分かった事は、振り返ったら「赤い人」の気分次第で殺され方が変わるという事。
「留美子も振り返ったんじゃないのか? その可能性はあるだろ?」
「んーん、振り返ったって考えると、正面から殺されるはずでしょ? それなのに、留美子の上半身は、事務室のカウンターの上に伏してたの。だから、これはきっと、唄を歌い終わられたんじゃないかな?」
「なるほどな。そう考える方が自然か……とにかく、高広から話を聞き出すしかないな。それに、今日が本当に11月21日なのかも確かめる必要があるからな」