健司は……きっと耐えられなかったのだ。


「理恵……俺と一緒にいてくれ……ずっと一緒に」


涙を流しながらそう言った健司は……笑っていた。


涙を流しながら、それでも笑って理恵に歩み寄る健司は……不気味すぎた。


時おり、健司の雰囲気がガラリと変わったような気がすることがあったけど、それとは違う。


包丁を持つ手はブルブルと震えていて、「赤い人」とは違った恐怖がある。


「理恵が……あんたなんかと一緒にいるわけないでしょ!!理恵を襲って、高広まで刺したんじゃないの!? あんたなんか……」


健司に詰め寄り、胸をドンッと押した留美子だったが……その行動は、軽率だったのかもしれない。


私の角度からは、何が起こったのかはわからない。


けれど、目の前でゆっくりと床に倒れる留美子の背中を見て、悲しくなった事は覚えている。


横たわる留美子の身体から赤い液体が流れ出ているのが、携帯電話の画面の明かりでわかった。


健司が……留美子まで手にかけたという事を、そこでやっと理解できたのだ。


悶え苦しむ留美子と、笑い続ける健司を前に、私は身動きすら取れずに。


ゆっくりと歩みよる健司を前に、私は何もする事ができずに、鋭くとがった包丁の先端を目で追うだけ。