花材選びをする素振りをしながら防水加工の腕時計をちらりと覗き見る。この人で最後だなと小さく呟いて、真希はトルコキキョウの茎を指の間から引き抜いた。



真希の指先から、一気にちぎり取られた柔らかな葉が白いタイルの床にひらひらと零れ落ち、連続して違う種類の葉が次々と床に積み重なっていく。



正確なスパイラルに組み上げられた様々な長さの茎は、切れ味の良い刃で同じ長さに切り揃えられ、積み重なった葉の上に、切り落とされた茎が一度に落ちる。茎の色と同じ緑の紐で束ねられた花束は、保水処理のあと柔らかな素材の深い紫と硬い黒のペーパーで包まれた。



真っ赤な薔薇と鮮やかなグリーンのトルコキキキョウの二種類だけを使った小ぶりなブーケは、黒と紫のラッピングに映える。金のリボンの装飾を施したこの時期限定の紙袋にも、しっくりと品良く収まった。


スーツ姿の男性客は、それを見てうんと頷いた。真希も口元に少し笑みを浮かべてそれに答える。クリスマスの夜、この日最後の仕事が無事に終わろうとしていた。










12/25 22:00













遮光カーテンをそっと捲り窓の外を見ると、辺りは真っ暗闇だった。


いったいどれくらいの時間こうしていたのだろう。


枕にするには硬くて太過ぎる二の腕はお世辞にも寝心地が良いとはいえなかったし、おまけにきつく抱きしめられすぎて、眠ろうとしても苦しくて何度も目が覚めてしまう。

ベッドと古いテレビ、簡単なテーブルと椅子だけしかない室内は、やけに暖房がきいていて、乾燥で喉もすこし痛む。

空調を調整しようにも、彼が目を覚ますまではリモコンの場所すらわからない。


それなのに。


彼女は隣で寝息をたてる彼の側から、たとえ一瞬でも、離れたいとは思わない。


まるで何かから守ろうとするように、時には眠れないでいる子どものように、自分を抱きしめて眠る逞しい体。


人は見かけによらないものだ。


彼と抱き合うたびに、彼女はいつもそう思う。


心優しく、誰よりも自分のことを大切に思ってくれる、不器用な男。



荒っぽく見えるのに繊細で、細かい作業が不得意そうなごつごつとした指先からは想像もつかないような、優しい愛撫をする男。












もっと早く出逢っていればと思ったことは一度もない。


こんなふうに出逢っていなければ、世間知らずで流されやすい自分は彼の素晴らしさに気付くこともなかっただろうと思うから。


ききすぎた暖房は寒がりな自分の為だろう。もう何度も訪れているこの部屋の、リモコンの位置すら自分が把握していないのは、それだけ彼に甘やかされているという証拠だろうと彼女は思った。


冷蔵庫を開ければ自分の好きなレモンティーが入っているだろうし、喉が渇いて痛むのだからキッチンでそれを飲めば良いだけのことだ。

けれど、限られた逢瀬を彼と、たとえばキッチンへ行くほんの少しの時間でさえ、離れて過ごすのは惜しい。



いつの間にか枕元に置かれたクリスマスプレゼントには、彼が目を覚ましたその瞬間に気付いたふりをして、嬉しそうに喜んで見せることにしよう。

きっと彼は自分の驚く顔が見たいはずだから。



彼女は愛しい彼の頬にそっとキスをして、もう一度静かに目を閉じた。















「はぁ、今年もクリスマス終わっちゃいましたね」



少し色褪せた黒いカッターシャツに黒いパンツ、腰に巻くタイプの長いエプロンをつけた浅井絵美が、肩まである栗色の髪をシュシュで結び直しながら呟いた。



長い睫毛にほんのり赤く染まった頬、化粧っけのない幼い顔立ちが、全身真っ黒の出立ちのおかげで余計に際立ってしまっている。



「忙しかったぁ…。あ、レジ閉めなきゃ」



髪を結び直した絵美はレジカウンターに駆け寄った。



「あ、お腹鳴っちゃった」



絵美は一瞬立ち止まり、両手でお腹のあたりを押さえてみた。いつもの半分の時間ですませた昼休憩が、遥か遠い昔のことのように思える。その休憩で何を食べたかももう思い出せないほど忙しかったのだから当然だ。


「いくら売れたかなぁ」


特に誰かに返事を求めるわけでもなくそう呟いて、レジのダイヤルを点検に合わせる。慣れた手つきでいくつかのキーを押すと、画面に項目別の売上金額が表示された。



「去年の売上は超えたんじゃない?あ、まだあと2時間はクリスマスよ、絵美ちゃん」


浅井絵美と同じ、全身真っ黒の動きやすいスタイルに、こげ茶色の髪を頭の上に大きなお団子でまとめた真田真希が言った。



疲れを感じさせない清々しい表情で、真希は鮮やかな緑色の葉が大量に落ちた床を箒でせっせと掃いている。

猫のようなアーモンド型の瞳をアイラインで強調してはいるけれど、2日間以上ほとんどまともに眠っていなかったせいで、いつものリキッドファンデでも荒れた肌は隠せない。



「あっ店長、このポインセチアひとつ持って帰ってもいいですか?」



鉢ごとラッピングしてカウンターに飾っていた3寸サイズの小さなポインセチアをひと鉢持ち上げて、アルバイトの絵美が店長の真希に向かって嬉しそうに言った。



「なんならぜんぶ持って帰ってもいいわよ」



真希は呆れたような表情で言った。

絵美がたくさんあるポインセチアの鉢植えの中から選んだ淡いピンクのポインセチアは、どちらにしても明日からはほとんど売り物にならない。


クリスマスには欠かせない真っ赤なポインセチアも、今日でお払い箱という訳だ。



「やったぁ!このピンクの狙ってたんです!ぜんぶ売れなくてよかったぁ…」



小さなポインセチアを抱えて、絵美は嬉しそうに笑った。


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