「…こんなことが言いたかったわけじゃないの。」
私は俯いたまま、ポツリ、ポツリと言葉を絞りだす。
「…そんな、メチャクチャで訳分かんない男…誰が好きになるかって思ってた。」
私の肩を支えるように触れている佐倉くんの手、その温度さえ。
「サヨナラをするの。」
私は、きっと一生覚えていられると思うから。
「…サヨナラ?」
だから、きっと。
「言い訳ばかりの自分に、サヨナラをするの。」
少し遠くなっても想いは届く、そう信じてる。
見上げると、佐倉くんの瞳は真っすぐに私を捉えていた。
私が言いたかったことは、たったひとつだ。
「佐倉くん。
私、佐倉くんのことが好――…!!」
言いかけた言葉は、その赤い唇に塞がれた。
私の世界は、佐倉くんでいっぱいになる。
引き寄せられた身体は佐倉くんの腕の中に収まり、匂いや温もりに閉じ込められた。
「ん、」
瞳を閉じると、もう何も考えられなかった。
抵抗する気も、押し返そうとする気も始めからなく、私は佐倉くんの背中に手を回す。
唇が離れると、互いに熱っぽい吐息がもれた。
脳髄から溶けてしまったみたい、酷くぼんやりする。
「続きは、帰国してから聞かせてください。」
「…っ…帰国って…そんな先…。」
何年も伝えずに帰ってくるまで待ってろ、とでも言う気か?
だとしたら鬼だ。
ぜったいドSだ。
どこまで性悪っ!
「私っ!いくつだと思ってんのよ…キミが帰国する頃なんてオバさんになってんでしょーが。」
思わず睨んでみると、なぜか佐倉くんはキョトンとしている。
「…芳乃さん、何か勘違いしてません?」
「は?」
「俺、留学期間半年ですよ。」
「…は?だって…退職…。」
「退職なんかしないっすよ。帰ってきたらまた働きたいんで休職のつもりですけど。」
「……はぁ!?」
「言ってませんでしたっけ?」
言ってねぇーよっ!!
なんかっ!なんかムカつくっ!本当ムカつく!!
うわぁ!?えっ何コレ!?恥ずかしっ!!
「う〜顔から火が出そう…。」
頬をおさえる私を見て、佐倉くんは笑った。
「本当に可愛い人ですね、貴女は。」
「シレッとそういうこと言わないでよ!!」
「恥ずかしいの?」
「!!」
真っ赤になって固まる私に、佐倉くんは更に笑いだす。
「ゴメン。可愛くて、つい。」
「だからっ!!」
もう怒ってるんだか、照れてるんだか、自分でも分からない。
「あ〜も〜!!」
「まぁまぁ。じゃあ飲みにでも行きましょうか。お詫びに奢りますよ。」
そう言って、佐倉くんは手を差し出した。
「…ビール…カクテルもね。」
「姫の仰せのままに。」
佐倉くんはクスリと笑う。
繋いだ手の向こうに、
二人の未来が見えた気がした。
夏がやってきた。
目覚めると、見慣れた天井が広がっていた。
カーテンの隙間から漏れる光が、夜明けを告げる。
いつもと変わらない日常。
ただ、いつもと違うのは、俺の隣で眠る彼女の存在。
丸くなって眠っている芳乃さんは、まるで猫のようだ。
包まっているシーツから覗く細い肩、雪みたいに真っ白な肌。
日本を発った頃よりも伸びた髪が線となり、白いシーツに絵を描く。
芳乃さんの横顔にかかった、その髪に触れる。
あまりに柔らかくて、零れ落ちてしまいそうだ。
俺は髪を指先で梳きながら弄ぶ。
世の中に、こんなに愛しいものがあったなんて。
ひっそりと、俺は笑みを零した。
芳乃さんが起きないのをいいことに、彼女の眼鏡を手に取る。
赤いフレームの眼鏡を、
起こさないよう慎重に、芳乃さんにかけてみる。
「ん。」
長い睫毛が少し揺れたが、芳乃さんは目覚めない。
俺はまた、静かに笑みを零す。
こんな子供じみた一人遊びまでやるなんて重症だな。
芳乃さんに覆いかぶさると、ベッドがギシリと音を立てた。
耳元に、唇を寄せて囁く。
「愛してますよ。」
起きていたら、きっと頬を赤く染めるであろう芳乃さんを想像する。
仕事では大人なのに、少女のような顔をするから可愛くて堪らない。
だから、からかったり、イジメてやりたくなる。
俺は曖昧に笑って、適わねぇな、と呟いた。
貴女には適わない。
俺は貴女でいっぱいだ。
“今度の休みは二人で海に行きましょう?”
芳乃さんが起きたら、そう言おう。
青い空、青い海、白い砂浜、夏の海。
“出来れば水着で”、
なんて言ったら、きっと文句を言いながら狼狽えるんだろうな。
芳乃さんが目を覚ますまで、もう少し。
もう少しだけ、このままで。
貴女の隣で眠ろうか。
俺は、その細い肩にキスを一つ落として、
朝焼けの中で瞳を閉じた。
――――〈 end 〉**
はじめまして!の方も、
そうでない方も、
こんにちは*
水野ユーリです。