「……一体、何の用?」
「んー?」
「桜助!」
声を荒げた私を、桜助はじっと見つめた。
「あのコと別れるから。やり直してほしい。」
「バカじゃないの。」
「…悪かったと思ってるよ。
でも、翼ってあんまり束縛とか嫉妬とかしないからさ。大人っていうか。
正直、浮気くらい笑い飛ばしてくれんのかなって思ったところもある。」
「…………。」
「勝手なのは分かってる。だけど、俺は翼がいい。その気持ちに嘘はないよ。」
「帰って。」
そう言い放って背を向けた私を、桜助は抱きしめた。
「ッ放して!」
「ヤダ。」
強い力に、抗うこともできない。
「もう、傷つけたりしないから。ちゃんと翼だけを見てる。信じてほしい。」
熱っぽい声、桜助の言葉が耳元で響く。
「もうイヤなんだよ!!愛とか、恋とか!!面倒くさいんだよっ!!」
ジタバタと足掻いても、男の力には適わない。
桜助は強い眼差しで私を見つめると、そのまま唇を塞ごうとした。
ッキスされる!!
唇と唇が触れる寸前。
その瞬間、バンッ!!という物凄い音が響き渡った。
驚いて、動きを止める桜助。
音は、私の部屋からだ。
バンッ!!バンッ!!
ドンッ!!バンッ!!!
扉が揺れている。
まるで、体当たりでもしているような…………ジン?
そこで、私はハッとした。
「帰って!!」
「え!?」
「知らない人の匂いがして興奮してるから!!早くっ!!」
「はっ!?何コレ!?翼が飼ってんのって大型犬?」
「いいから早く!!」
私はソファーに投げ出された桜助のカバンを拾い上げると、玄関の扉を開けて外へ放り投げた。
「なっ!?おい!!何すんだよ!?」
慌てて駆けてきた桜助が外へ飛び出す。
「私、やり直すつもりはないからっ!!二度と来ないで!!」
「おい!翼!!」
私は、桜助の言葉を無視して勢い良く扉を閉めて、鍵をかけた。
扉に凭れかかったまま、溜め息を吐き出す。
………マジ疲れた。
……超疲れた。
けれど、ジンが気になる。
足早に、自分の部屋へと向かった。
先ほどと違い、すっかり静かになって音は止んでいた。
「ジン……?」
そう言いながら、私は扉を開けた。
暗闇の部屋の中、
ジンは腕を組んで壁に凭れかかり立っていた。
「ジン?」
ジンは私を見つめる。
その瞳は真っすぐで……。
真っすぐすぎて。
初めて見る眼差しに、私はドキリとした。
怒っているのか、不機嫌なのか。
そういう類の瞳の色だったのだ。
その中で、囚われたまま身動きもできない私。
自分の鼓動の音だけが、耳に響いていた…………。
・『やきもち』・
空には、いくつもの羊雲が浮かんでいた。
私は、綿飴みたいだ、なんて柄にもなくメルヘンな事を考えながら、ぼんやりと青い空を見上げていた。
「翼、口開いてるよ。」
「ふぇ?」
「…………。」
屋上でそれぞれにお弁当を広げた私と歩美は、貴重な昼休みを気ままに過ごしている。
「…まったく。」
歩美は呆れたように言い放って、身を乗り出すと私の口を掴んだ。
「んっ!?」
「アホ面。ったく、ワンちゃんのことで頭がいっぱい?」
「…………。」
……えぇ、その通りですとも。
私は食べかけのお弁当を放り出すと、胡坐をかいて頬杖をつく。
「あーぁ、女の子がそんな格好して。」
歩美は、まるで母親のような口調で言った。
私は、さながら反抗期の子供のよう。
空は、あんなに大きいのに。
自分は、なんてちっぽけなんだろう。
ボリボリと頭を掻き毟った。
潤いを失った髪は妙に重く、ベタつく。
もう、3日。もう、3日目だ。
桜助が家に来た夜から、ジンの様子が可笑しいのだ。
ご飯を作っても、まるで食べてやってるみたいな態度で……ウンともスンとも言ってくれない。
怒っているような、拗ねているような。
ジンの部屋は元・物置の六畳のフローリング部屋で、そこを片付けて使っているのだが、ふわふわのタオルケットに包まって、ほとんど引きこもっている。
……昨日なんて酷いモンだった。
機嫌を直そうと思って、私は精一杯の勇気を振り絞って言ったのだ。
― 「ジン、シャンプーしてあげるから、おいで。」
………なのに。
なのに!!あのバカ犬ときたら、チラリと振り返っただけで、そのままタオルケットに包まってゴロリと横になりやがった……。
ジンが今までしてくれていた掃除や洗濯を放棄したおかげで、私の部屋はまたゴミ屋敷に戻りつつある。
ジンが可笑しくなってから3日。
そして、私も何だか可笑しくなって、
ジン以外の何もかもが面倒になって……髪も洗わず、お風呂にも入らず3日目だ。(←こんな主人公で、本当に…ゴメンよ。)
「干物女っていうか……もう汚ギャルじゃない?」
頭を掻く私の様子を見ていた歩美は苦笑して言った。
「つか、変わった犬だよね?」
「へ?」
「桜助が来てから、ご機嫌ナナメなんでしょ?オス犬っていうより、人間の男みたい。」
ギクリ………。
「な、何で?」
「んー…私、犬飼ったことないから分かんないけど……何かヤキモチ焼いてるみたいだなぁって。」
「ヤキモチ?」
「うん。ご主人サマを盗られちゃう、とか思ったのかな。」
ヤキモチ……。ジンがヤキモチ………。
ヤキモチ!!?
えっ?えっ!?えぇーー!!?何ソレ!?
ヤ、ヤキモチ!
ヤキモチなの!?
………だとしたら、超可愛くない!?
ガッとテンションが上がった私を見て、歩美は何とも言えない表情。
「それって!どうしたら、いいの!?」
「どうしたらって……や、優しくしてあげる、とか?甘えさせてあげる、とか?」
………フフフッ。ヤキモチねぇ〜、ヤキモチ。
ニヤリと微笑む私、引き気味の歩美。
「…っていうか、桜助はどうすんの?まだ、諦めてないんでしょ?」
「あー、知らない、知らない。」
「……え、瞬殺?」
そっかぁ。ヤキモチかぁ。
どうしてだろう。何か…すごく嬉しい。
超嬉しい!!
ニヤつく私を、歩美は冷静な目で見つめる。
「ペットに依存すんのもいいけどさぁ、とりあえず風呂入れよ……。」
「え?」
すっかり、心ここにあらずな私。
諦めにも似た歩美の溜め息が、空へと溶けだしていった…………。
・『独占欲』・