あまい檻−キミ、飼育中。−






「ねぇ、歩美。」


「ん?」


「犬って、どうやって飼うの?」


「は?犬??」


「うん。昨日、野良犬拾ってさぁ…。」




私の言葉を聞いて、歩美は固まってしまった。





「犬!?翼が!?……あのゴミ屋敷で犬飼う気!?」


「あー、ウチの犬が片付けてくれて、さ。」


「…はっ?犬が!?」


「そう。犬が。」




歩美は再び固まる。





「…犬種は?」


「雑種?」


「メス?」


「オス。」


「名前は?」


「あーっと…ジン!」







そこまで答えて、ようやく歩美の質問攻めは終わった。












「翼が犬って……桜助にフラれて寂しかったんだね…。」


「そういう訳じゃないけど……何ていうか、成り行きで……。」


「犬の飼い方かぁ……私も分かんないなぁ。
あっ、ネットで見てみたら?」


「あぁ!そっか!」


「今度、会わせてよね!翼のジンくんに!」


「…あぁ、そうだね……。」




私は苦笑い。






ゴメン、歩美。



たぶん、会わせられない………だって、人間のオスだから…………。








「ねぇ!っていうか、朝のニュース見た!?」



歩美は急に身を乗り出す。




「見てない。」


「あっ!そっか!アンタんトコ、テレビなかったもんね。」


「何かあったの?」


「『HONEY』が無期限活動休止だって!超ショックなんだけど!!」


「ハニー?」








……確か…歩美が大ファンらしい5人組アイドルグループだっけ?




ラジオだけで生活してる私にとってはチンプンカンプンだ。













「1年前に新メンバー3人が入って5人体制になったでしょ?
人気絶頂なのに充電期間とか有り得なくない?無期限って、いつまで〜!?
……やっぱり、八重サマがソロでやりたいってウワサ、マジなのかなぁ…。」




一気に饒舌になった歩美は、そこまで喋りきると肩を落とした。




けれど、正直なところ、私は会話の半分もついていけてない……。






「…歩美は、ヤエさま(?)が好きなんだっけ?」


「そう!結成メンバーだし、出来ればソロとかなってほしくないかも〜。
セクシーな八重サマと、優しくて可愛いリーダーがいてこその『HONEY』だもん!!ねぇ、翼もそう思うでしょ!?」


「う、うん!思う!思う!(←分かってない)」








女子高生の話題についていけない女子高生…………。(ペコン……)






はぁ〜〜、今頃ウチのペットはイイ子にしているだろうか。




………募る不安。








イタズラなんてしてたら、追い出してやる!!


























・『飼い主の責任』・
















放課後、
カラオケに行こうという歩美の誘いを断って、私はスーパーマーケットにいた。


ショッピングカートを押しながら、今日の夕食は何にしようかと考える。


自分一人ならコンビニでテキトーに済ませられるけど、ペットがいるからそうもいかない。





面倒くさい、と思いつつも、何となく楽しんでいる私がいるのはなぜだろう。



夕方のスーパーマーケットは混雑していて活気に溢れている。







……ジンに聞いておけばよかった。

スキな食べ物とか、キライな食べ物とか。




そうすれば、こんなに悩まなくてすんだのに…。









ふと、野菜売り場で足を止める。



鮮やかな赤と黄色のパプリカが目についた。


ツヤツヤしていて、新鮮そうだ。




私は、赤いパプリカを手に取ってみる。






……牛肉と一緒に炒めようか。


甘辛い味付けにして……うん、色合いも綺麗だし、絶対美味しい!





それにホカホカのご飯とお味噌汁、サラダも作って……。




頭の中で、食事を前にしてスマイル満開のジンを想像する。


私は、思わず頬が緩んでしまう。






一人では料理をする気にもならないけど、一緒に食べてくれる人がいると頑張って作りたくなる。




私は足取りも軽く、買い物を続けた。
















家に帰り、部屋の鍵を開けると、なぜだか室内は真っ暗だった。




電気をつけて、周囲を見渡すがジンの姿がない。






「ジンー?」







キッチン、私の部屋、バスルーム、トイレ、ママの部屋…………どこにもジンはいない。




バタバタと部屋中を駆け回っていた私は、リビングのテーブルの上の紙切れに気づく。



慌てて手に取ると、
一言だけ書かれていた。












― 散歩。 ジン ―










「…………。」





あのバカ犬!!







どっと疲れが襲う。


心配して損した。




いなくなったのかと思ったじゃん!


……いや、別に、いなくなろうが関係ないけどっ!!












……つーか、勝手に散歩って何なの!?




マジで頭にくるっ!!


帰ってきたら、叱ってやる!!






置き去りの紙切れを放り出して、私はキッチンへと向かった。




夕食の準備をしつつ、パソコンの電源を入れる。







インターネットに繋いで、検索ワードは……シンプルに“犬の飼い方”でいっか。




表示されたページからテキトーにクリックして…………えーっと、なになに?



犬の世話……散歩……。



散歩の目的は、
犬の運動不足、ストレスの解消……飼い主とのコミュニケーション…へぇ〜。





ん?犬のブラッシング……シャンプー…………シャンプー!?



いやいや、でも、アレはね………一応は人間だし。

うん、人間だし!!





っていうか、躾だよ!躾!!




えーっと、『犬のしつけ』あった!!




私は早速クリックしてみる。







簡単に流し読みしながら、目に留まったのは『褒めてあげる』という項目。





“ちゃんとホメてあげることで、犬もしつけを覚えることが楽しくなる。”







……ちゃんとホメてあげる、かぁ。











『犬の叱り方』は、
名前を呼ばずに「ダメ!」、「いけない!」、「No!」。




えっと、無視で躾けるのも有り?
へぇ〜。




ん?ダメな叱り方は、
“時間が経過してから叱る”、“散歩に連れていかない”、“エサを与えない”、か。







んん?『発情期』?





“発情という体の変化はメス犬だけ。”




へぇ〜そうなんだ、知らなかった。









“オス犬は1年中発情していて、発情期のメスから出るフェロモンに誘われて、メスを追いかけまわす行動………。”




…………え?







“オス犬に発情期はない。発情期中のメスの匂いを嗅ぎ分けて発情する。
オスは、いつでも交尾可能。”




…………はい?






………………まさか、ね。









私は慌てて時計を見つめる。



私が帰ってきてから1時間弱経過…………。










……あのバカ犬!!

一体、どこまで散歩に行きやがった!!?
























・『ご褒美はキスで』・