“愛嬌100%の優しい王子様・一ノ瀬 仁”
画面の写真に映るのは、
優しい微笑を浮かべる美しい容姿の青年。
スポットライトが照らしだす―……、
現れたのは、黒いハットを目深に被った青年。
音楽がピタリと止まった瞬間、青年はハットを放り出す。
割れんばかりの歓声。
そんな青年の様子を大画面モニターが映し出す。
歩美が「リーダー!!」、と叫ぶ。
長身で黒目がち、
その青年は笑った時にえくぼが出来ることを私は知っている。
子供が好きそうな食べ物が好きで、
ゴ○ブリ退治が出来なくて、
ときどき犬じゃなくてオオカミになる…………。
私の愛しいペットが、そこにいた。
手足が震えて、まともに立っていられない。
声も出せない。
何コレ?何コレ?何コレ?
浮かぶのは疑問ばかりで、私はあり得ない夢か幻を見てる気分だ。
ムチャクチャだ。こんなの。
私が拾った野良犬→愛犬は、今をトキメク大人気アイドルグループのリーダー?
ムチャクチャだ。こんなの!
私の思いとは無関係に、ステージ上に集いし5人の美青年たちは、
星のように輝いていた…………。
・『干物、ダウン』・
コンサートの余韻がいつまでも覚めない歩美とともに夕食がてら入ったのは、
ファーストフード店。
昼間は快晴だったのに、先ほどから雨が降り始めていた。
注文したハンバーガーやポテトには目もくれず、歩美は意気揚々と団扇を取り出す。
それは、歩美が大ファンの沢崎八重の顔写真の団扇。
「グッズ買いすぎちゃったぁ。マジ金欠。」
そう言いながらも、歩美はやっぱり嬉しそうだった。
私はハンバーガーもポテトも注文しなかった。
食欲がない。
目の前には、コーヒーだけがある。
「ねぇ?」
「うん?」
「『HONEY』って人気なの?」
「当たり前じゃん!っていうか、女子高生で『HONEY』が分からないなんて翼くらいだよ!」
私の中で渦巻いているのは、自分でも説明のつかない複雑な感情。
煌めくステージの上で華やかな衣装を身に纏い、歌って踊る『HONEY』を見て、
私はただ呆然とするばかりだった。
「なぁに?もしかして、『HONEY』に興味持ったの?」
「……まぁね。」
「マジで!」
歩美は嬉しそうに笑う。
「『HONEY』はね、5年前にリーダーと八重サマで結成したの。
当時から超人気だったけど、1年ちょっと前に柊ちゃん、海斗、岬くんが一般オーディションから選ばれて5人体制になって、話題になったの。」
「…リーダーって、人気なの?」
「リーダー?えっ、なに、気に入ったカンジ?」
「まぁ……。」
「リーダーは人気だよ!やっぱり結成メンバーだし!完璧な王子様だもん!
活動休止前に主演したドラマ『愛しさの果て』は高視聴率で……って、知らない?」
「知らない……。」
「じゃ、主演映画『極上プリンス』は?」
「ご、極上プリンス…?」
「…マジかぁ。」
渦巻く複雑な感情がぐるぐると回る。
私は、そんな人を飼っていたのか……。
「でもさ、MCでも言ってたじゃん?これからも5人で頑張ってく、みたいな。
八重サマのソロの話って、やっぱガセだったのかなぁ。」
歩美の声を、どこか遠くに感じていた。
駅で歩美と別れて、私は自宅であるマンションを目指す。
降り続く雨は冷たく、息を弾ませて走った。
それほど遠くない道程なのに、こんな日は遠く感じる。
ビシャッ、ビシャッ、と水溜まりを踏みつける。
もう、けっこう雨に濡れてしまっているのだから、
この際走っても意味がないんだろう。
戦意喪失で立ち止まる。
荒い呼吸を整えていると、そこがカフェの目の前だったことを知る。
今日も、すでにカフェは閉店していた。
ジンと出会ったのも、
雨の夜だった。
あの時も、カフェは閉店した後だった。
まだ桜は咲き始めたばかりで、二人並んで雨宿りをした。
私は桜助にフラれた日、
ジンは薄着で裸足。
……まさか、カレーライスが原因でケンカして飛び出してきてたなんて。
子供っぽい所と大人な顔の両方を持つジンらしいな、と思った。
― 「忙しすぎて気づかなかった。東京でも星は見えるんですね。」
………もうすぐマンション……早く、帰ろう。
歩きだすと、もう花が散ってしまった桜の木が行儀よく並んでいる。
雨に濡れる木々は、どこか寂しそうだった。
― 「ツバサちゃん!おかえりっ!」
― 「アナタの愛犬は、独占欲が強いから。よく覚えておいて。」
― 「閉じ込めて襲うのも悪くない。」
― 「俺の目には、ツバサちゃんが天使に見えたんだよ。」
― 「…“翼”って、いい名前だよね。」
― 「もう大丈夫だよ。もう一人ぼっちじゃない。」
― 「ヤキモチだよ。悪ィかよ。」
― 「俺とツバサちゃんって味の好みが一緒!
相性バツグンだ!」
― 「…しっかり味わっておかないと、さ。」