あまい檻−キミ、飼育中。−








ベランダは、カップラーメンやコンビニ弁当の容器、ペットボトルなどなど有りとあらゆるゴミの森となっている。




ゴミ捨てという習慣が面倒な私は、「ま、いっか。」という魔法の言葉を使って日常で出るゴミをベランダに投げる生活をしていた。




だから、ゴミを投げる時以外、ベランダに向かう窓は開けない。


激しく異臭がするからだ。(こんな主人公でゴメンよ…。)







未だに固まったままの男。




「……少し散らかってるけど、気にしないで。」




私は、そう口を開きながら、“少し”どころじゃねぇな、と自ら心の内で突っ込んでいた。













バスルームに向かった男の背中を見送り、私は考える。




さて、どうするか。






とにかく、メシだけ食わせればいいよね?




何者かも分からない男に、ここまで親切にしてやったのだ。


きっと……ちゃんと、私はママの教えを守れてるよね?





そう思いながら、ママの写真に目を向ける。



写真立ての中で、ただのガキンチョだった私を抱きしめて、ママは笑っていた。






― 「人に優しく、自分に正直に。」




20歳で私を産んだママは、未婚のシングルマザーだった。


突然の交通事故で亡くなるその日まで私を愛し、育ててくれた。




世界一、いや宇宙一、大好きなママ。





この部屋も元々はママと二人で暮らしていた。


……もちろん、ママがいた頃は今のようなゴミ屋敷ではなかったのだけど…。













懐かしい記憶に浸っている時だった。







「ギャーーーー!!」






バスルームから響く男の悲鳴。



私は驚いて、肩を揺らした。





何なの!?何だっていうの!!?



急いでバスルームへ向かった私は、浴室の扉を叩いた。




「ちょっと!?どうしたの!?」







その瞬間、ものスゴい勢いで扉が開いた。










「ゴキ○リーーー!!!!」





身体から上がる湯気、濡れた髪…………全裸の男。



「ヒッ!!?」




半泣き状態の男は、扉を開けた時の勢いのまま私に抱きつく。







「ギャーーーー!!??」


「ゴキ○リ!ゴキ○リ!!」






浴室を指差しながら必死の男。



熱く濡れた身体に、ぎゅうっと抱きしめられている私。





………しかも、男は素っ裸。










私は、気絶するんじゃないか、という程の目眩を感じていた…………。

























・『PET』・


















白米、水、和風だしの素、すりおろした生姜を鍋に入れる。



火をかけて、グツグツしてきたら弱火に。



溶き卵を流し入れて、蓋。



ほんのりと卵に火が通ったら梅干しをのせて、お粥の完成。






グチャグチャのキッチン、テキトーに片付けをして久しぶりに料理をした。




濡れた服は洗濯機に放り込んで、湯上がりの男には昔ママが着ていたグレーのジャージを渡した。


それは、やっぱり男の体型には小さいようだ。




とりあえず、風呂に入らず着替えだけを済ませた私は、中学の指定だったアズキ色のジャージに身を包んでいる。












男は、出来上がったばかりのお粥を目の前にして停止中………。





「……毒なんて入ってないけど?」


「…いただきます。」





恐る恐る、といった様子で男はお粥を口に運んだ。



直後、ぱぁっと瞳を輝かせたかと思うと勢い良く頬張り始めた。






……まったく素直な奴だ。






「ウマい!優しい味がする!!」




男の感想を、私は黙って聞き流す。










よほど腹が減っていたのか、男はその後おかわりまでした。




















「名前は?」


男が、私にそう尋ねたのは、私がキッチンで洗い物をしている時だった。




「川野 翼。」


「ツバサちゃん、か。いい名前だね。
こんな豪華なマンションで一人暮らし?」


「元々は母と……今は一人。」


「…そっか。」






少しずつ近づいていた男の声が、振り返ろうとした時にはもう背後で聞こえた。



私は、後ろから男に抱きしめられて身動きがとれなくなる。






「……何のつもり?」


「だって、そういうコトでしょ?」




男は私の身体から手を離すと、上半身だけ服を脱いだ。





………ふざけんな。



身体の中の血が頭に上っていくのが、自分で分かる。



「何を勘違いしてるのか知らないけど、“そういうコト”なら今すぐ出てって。」



私の声は、恐ろしく冷静に響き渡った。







バカバカしい。


こっちは100%善意で行動しただけだ。


大体、いくら顔が良くても、ゴキ○リ退治もできない男に興味はない。













腹が立っている私をよそに、男は上半身裸のまま不思議そうに口を開いた。





「…もしかして、俺のこと知らないの?」


「はぁ!?」




知らねぇーよ!!、という言葉はギリギリのところで飲み込んだ。



「そういえば、ここ、テレビもないもんねぇ〜。」







……何言ってんだ?この男??






「テレビは母が嫌いだったから。ウチにはラジオしかないけど?」


「へぇ。」




男は、なぜか微笑んだ。









………マジで何なの?






私は男を睨む。


しかし、男は動じない。






それどころか…………。














「ツバサちゃんって面白い子だね。部屋はグチャグチャなのに、料理上手。」





……ホメられているのか、貶されているのか、よく分からない。





「俺、行くトコないんだよね。あんなにウマいメシが食えるなら、ずっとここにいたいなぁ。」


「……迷惑。」


「ツバサちゃんは優しいから、一度拾ったモノをまた捨てたりしないよね?」




男はそう言うと、キラキラとした笑顔を私に向ける。



「もちろん、タダでとは言わないから。
俺のこと、スキにしていいよ。」


私と同じ目線の高さまで屈んだ男は不敵に笑う。





愛嬌たっぷりの笑顔、人懐っこさは、この男にとって最高の武器なのかもしれない。









だけど、今日の私は色々あって………たぶん、頭が可笑しいのだ。