あまい檻−キミ、飼育中。−








ジンは、私を見下ろしている。




真っすぐな瞳に射ぬかれて、もうダメだ、と思った。






完敗だ。




いやに、自分の鼓動が耳に響く。










「ヤキモチだよ。悪ィかよ。」


「…………。」





自分の中の体温がどんどん上昇していく。


ぜったい、顔真っ赤だ。




それを見られたくなくて両手で顔を覆うと、
ジンはイタズラっ子のように言った。




「なぁに?恥ずかしいの?」


「ッ!……もぉ…分かったから、どいて………。」




消え入りそうな声で言うが、ジンは言うことを聞いてくれない。



「ダーメ。」


「ッ!」






このドS!!、と心の中で叫ぶ。



まるで、“ご主人サマ”と“ペット”の立場まで逆転してしまったみたい。








「ご主人サマは頼りないね。心配だから、ちゃんとしるしをつけておかないと。」


「ふぇ?」






ジンは、私の両手を片手で抑え込んでしまう。


頭の上で自由がなくなった手は動かせない。





ゆでダコみたいな顔を見られたくなくて、私は顔を背ける。












「なにっ!!?」




ジンは、私の問いに答えず屈みこんできた。



頬にかかるジンの前髪がくすぐったい。





何する気!?








動かせない両手がもどかしくて、
スキだから息苦しい。





あがけば、あがくほど、まるで深みに填まっていくみたいだ。







ジタバタしていた私が大人しくなる………それは、ジンが私の着ている上着のジャージのファスナーを下ろしたからだ。




「ちょっ!!待って!!ジンっ!!!」






ジンは言うことを聞いてくれない。



器用に半分ほどファスナーを下ろしてしまうと、
ジンは更に私に覆いかぶさった。





そして、ジンの唇が私の鎖骨に触れる。




「ッ〜〜〜!!!」









鎖骨に這わせた唇は熱く、そのキスは深く。





私は、ただ白い天井を見上げていた。



それは、次第に滲んでいく。






痛みさえ覚えるキスに、眩暈さえ覚える。




あぁ、気が狂ってしまえたらいいのに。



ジンの身体の重み、

吐息、

鼓動、

くすぐったい前髪、

熱。










途方もない。



息苦しくて、ツライ、ツライ。



















私の瞳から一筋の涙が流れ落ちた頃、

ジンはやっと唇を離した。





私は酷くぼーっとしてしまっていて、ジンが抑えつけていた両手を放しても身動き一つ取ろうとはしなかった。


ただ、走った時のように荒い呼吸を繰り返している。






ジンは流れ落ちた涙さえ、その舌で舐めとった。












「ご主人サマは、ペットのものだから。」








囁くように言ったジンの言葉が、
いつまでも私の耳に残った。



ジンが私の鎖骨につけた赤いしるしも、
いつまでも淡い熱を持っている。




























・『ハンバーグ』・




















例えばの話、私がジンに「スキ」だと伝えたら、ジンはどんな顔をするんだろう―……。






っていうか、ジンは私のことをどう思ってるんだ?




ご飯を作ってくれる人?



やっぱり、“ご主人サマ”?









……ご飯を作ってくれる、ご主人サマ?














制服を着ると、シャツの襟元から見え隠れする赤い跡。



鏡に映る、ジンの跡。






何度見ても、私は胸がキュンと鳴る。


ジンの息遣いも、唇が触れた時の感覚も覚えてる。







「……ジンのバカ。」














今日の夕食はハンバーグにした。


それは、もちろんジンのリクエスト。




美味しそうにハンバーグを頬張るジンは、子犬のようで。




私にキスマークをつけたドSオオカミは、一体どこへ消えたのか。

まるで、別人みたい。




世間では、こういうのをギャップとでも言うのか?







「……美味しい?」


「美味い!」





……あぁ!もう〜!可愛いなぁ…。





「ツバサちゃん、はい。」


「はっ?」


「アーン。」


「なっ!?」



フォークにハンバーグ、……そして“アーン”……。


「ほら。」






恥ずかしさMAXだが、ニコリと笑うジンに嫌だとも言えず、私はパクッと食べた。



「美味いでしょ?」


頷く私。




「ツバサちゃんも、やって。」


「はぁ!?」




可愛い顔して口を開けて待っている、……あぁーー!可愛いな!!






「……はい。」



ジンは、パクリと食べた。









……なんだ?この食べさせっこは…………。




バカップル化(?)してる自分を冷静に考えて恐ろしくなった。








私は、いつも翻弄されてばかりだ。



ドキドキしてるのも、私ばっかり。






ジンは悲しいくらいにいつも通り………でもないか。











ジンは、ぼんやりしている事が増えた気がする。




何となく…だけど。







たぶん、それに関係してるのは沢崎さんで。



私が思うに、二人は知り合いで……。






分からない事は山のようにあったけど、

知りたい事はいくつもあったけど。


……それでも、ジンの言葉を待っていたかった。









構わない。


分からない事ばかりでも、ジンは変わらず私の目の前にいる。

今は、それでいい。





「ま、いっか。」、ってね。







「ツバサちゃん!」


「ん?なに?」


「カレーは辛口と甘口、どっちがスキ?」


「……いきなりだね。」


「どっち?」


「ん〜、甘口かなぁ。」




そう答えると、ジンは嬉しそうに身を乗り出す。



「マジで!?」


「え!?あ、うん。カレーの辛さって苦手で。子供が食べるみたいな、甘口がいい。」


「カレーに何かかける?」


「え?ん〜…、半熟の卵?」


「だよなっ!」


「な、なに、そのテンション……。」





ジンは嬉しそうで、楽しそうで、とにかくご機嫌で…。



私には訳が分からない。











「やっぱ、そうだよなっ!カレーライスは甘口、半熟卵のせだよなっ!」


「あ、うん……。」


「俺とツバサちゃんって味の好みが一緒!相性バツグンだ!」







……相性バツグンって…。


さりげなく、そういうこと言わないでよっ!










「今度、作ってよ。甘口で半熟卵がのったカレーライス。」




……結局、食いモンのリクエストがしたかっただけかっ!?




「……了解。」



返事をして、ジンを見れば、その口元にデミグラスソースがついていた。






……もう、何なの。


27歳のイイ大人が、口元にソースって。

天然か!?天然なのか!?




自分に母性本能なんてものが備わっているのかは分からないが、備わっているとすれば擽られまくりだ。



ジンの可愛さは、ぜったい罪でしょ。







まったく、人の心を掻き乱しやがって………。













「ジン、ついてる。」


「ん〜?」





私は、指先でジンの口元についたソースを拭ってやると、その指先を舐めた。



……うん、自分で作ったものだけど美味いわ。






なんて、思っていると、
そんな私を見つめていたジンは言った。




「ツバサちゃんってさ、分かっててやってる?」


「へ?」


「…無意識だとしたら、すげぇ心配。」


「何が?」



さっぱり分からない私の様子を見て、ジンは目を細めて微笑んだ。


「ツバサちゃんが時々見せる男心をそそる仕草について。」


「ッ!?なにそれ!?バッカじゃないの!?」





アホペット!エロペット!何言ってんだ!?


……そそるって……どんな仕草だよ!!?






私は椅子から立ち上がり、キッチンへ向かう。


…また顔が赤くなっている気がしたから。









その背中にジンは言った。




「……もう、知らない男を拾っちゃダメだよ。」


「え?」