モモは、咳払いをしてから言った。
「……じゃ、目閉じて?」
「…………はっ!!?」
「チュー……。」
「なっ!!?ちょ、ちょ!!ちょっと!!タイムっ!!」
あたしは、迫りくるモモの顔面を掴む。
「告白ついでに、花火でも見ながらチューって言ったのエリーじゃん!!」
「あっ!あれは!そ、そういうあれじゃ!!」
「エリーのケチ!」
「はぁ!?ケチとか、そういう問題じゃないから!!」
「あっ!!エリー!!
今の花火、タコの形してた!!」
「えっ?」
モモが指差す方向を見上げるあたし。
その瞬間、モモの唇があたしの頬に触れた。
「ちょっ!ちょっと!!」
モモは、クスクスと笑う。
思わず立ち上がって、文句でも言ってやろうとしたあたしの腕をモモは引いた。
「えっ!?ちょっ!?」
そうして目が合ったモモは、ものすごく至近距離。
あたしの心臓、世界新記録くらいの大ジャンプ。
モモは声を発することなく、口だけを動かした。
「(目、閉じて?)」
ドクンドクンと、バカになってしまったらしい心臓の音が耳に響く。
モモの瞳に映る、あたし。
……目を閉じる、あたし。
モモは、
触れるだけの素早いキスを
あたしに落とした。
ニコっと、笑顔のモモ。
夏の夜空に咲く花の下、
あたし達は初めてキスをした。
― なんか、いいなぁって思った。
なんか、いいなぁって。 ―
「…蒼井さん…ごめん……。」
「え?」
夏休みが終わって、それでも暑さ厳しい9月。
この時期、どこのクラスも10月に行われる文化祭の準備で慌ただしくなる。
あたしにポツリポツリと謝るゴリは、俯いて落ち着きなく目が泳いでいた。
『カレー食堂3―3』の看板を書いていたゴリ。
しかし、“3―3”ではなく“3の3”なのだ。
クラスの女子の冷ややかな視線を浴びるゴリ。
……なんだ…そんな事か。
あたしは、冷静に言った。
「…背景と同じ色で一度塗り潰してから、書き直せば大丈夫でしょ。」
ゴリは、安心したようで、ぶつぶつと独り言を言いながら作業に戻る。
「蒼井さぁ〜ん!」
廊下から大声を上げて、教室に入ってくるメガネ。
「俺、ポスターのデザインの事マジ忘れてた!」
息を切らしてメガネは言った。
「大丈夫。さっき、学校のパソコンで作ったから。
これで、いい?」
手に抱えていた書類の中から、一枚を探してメガネに見せる。
「うっわ!完璧じゃん!!あぁ〜、よかったぁ〜。
マジで焦った。」
「それより、Tシャツのデザイン画4候補のアンケートをクラスでとっておいてくれるかな?
発注の都合もあるし。」
「了解!」
やる事は山程ある。
まとまらないクラスをまとめるところから始まり、誰も意見を出さないクラスをその気にさせて、
こうしてやっと形になってきた。
メガネは、アンケート用のプリントのコピーに職員室へ行く、と言って再び教室を飛び出していく。
文化祭ではクラス全員で同じTシャツを着て、
2種類のカレー(チキンとポーク)と豊富なトッピングを用意する事と、手間はかかるが『焼きチーズカレー』という看板メニューを作る事が決まっている。
文化祭でカレーって、ありきたりだけど悪くない、とあたしは思っている。
あたしの机に美帆が自分の椅子を持ってきて、いつものお昼。
美帆は、サンドイッチを食べながら言った。
「エリってさ、面倒見イイよね。」
「はっ?」
……んな事、初めて言われたんだけど。
「いや、なんかさ、ここ最近?文化祭の準備で走り回ってるとこ見てて、思ったんだよねぇ。
なんだかんだ言いながら、きっちり学級委員やってるし。」
「仕方なくだよ、仕方なく。」
あたしの返事に、美帆は笑う。
「いざとなると、エリは頼りになるじゃん。
相沢くんは頼りないけど……。」
そこまで言って、美帆は思い出したように急に小声になる。
「ってかさ、エリ知ってる?」
「……何を?」
「相沢くんと瀬名さんって別れたらしいよ。」
「………はっ!?」
思いもしなかった話で、あたしは呆気に取られてしまう。
「…え、だって、あたし夏祭りの時に見かけたよ。
仲良さそうだったけど………。」
「夏休みが終わる直前に別れたって。」
あたしは、信じられなかった。
メガネとチビが別れた……。
「何で…また……?」
美帆はサンドイッチを噛る。
「上京して大学に行きたい相沢くんと、地元の専門学校に行きたい瀬名さん。
……相沢くんがフったらしいよ。受験で余裕ないからって。」
言葉を失う、あたし。
構わず、美帆は話し続ける。
「ほら、だから瀬名さんって最近ちょっと変じゃん?」
………確かに。
あたしは、黙って頷く。
チビは2学期になってから、遅刻と早退が多い。
そういえば、一昨日なんて昼休みに突然教室で泣き出して、そのまま早退。
あたしがメガネと話していても、睨んできたり、ケンカ売ってきたりしなくなった。
美帆は、溜め息を零して呟いた。
「やっぱ、遠距離とかヤバいよね……ウチも他人事じゃないしぃ〜。」
………進路、か。