あの花がきれいだから、なんて言ったら花菜に笑われてしまうのだろう。


だから、言わないことにした。


「お腹へったでしょ? 着替えてきなよ」


みんな、もう行ったよ、と花菜は忙しそうに洗濯場へ走って行った。


大きな洗濯かごをかかえて、チャキチャキと素早く。


タフな女だと思う。


あの炎天下で長時間に渡る試合に、疲れただろうに。


勿論、おれの胃袋はすっからかんだったし、東ヶ丘と西工業の試合もこの目で見届けたい。


でも、おれはその場から離れられなかった。


その花が、あまりにも美しかったからだ。


しばらく立ち尽くしていると、岸野が呆れた顔で現れた。


「ほんと、マイペースでよく分かんねえ男だなあ。夏井は」


ハッとして振り向く。


岸野はもうすでに、ジャージに着替えていた。


「あ、岸野」


「あ、岸野。じゃねえよ」


クックッと肩で笑って、岸野が続けた。


「監督が呼んでる。早く来いって。大至急だってさ」


思わず、あっと声をもらした。


花に見とれて、すっかり忘れていた。


バスに乗り込んだ時、監督に言われていたことを。


「ほら、バッグとサポーターかせよ。部屋に置いてきてやるから」


「ああ……ごめん。ごめんな、岸野」


そう言って、おれはスポーツバッグと、アイシングのサポーターを岸野に渡した。


そして、2階の1番奥の監督の部屋に駆け足で向かった。


ドアをノックすると、すぐに監督が出てきて、おれを部屋に入れた。


「入りなさい」


「おす。失礼します」


1人部屋ってのは、どうしてこうも高級感があるのだろう。


畳の、青臭いにおい。


光沢感のある、木のテーブル。


床の間にはいかにも高そうな掛け軸が垂れていて、いかにも骨董品のような花瓶に、和の花が生けられていた。


「そこに座りなさい」