シボレー・サバーバンが音を立てて急停車した。
両手でハンドルを握っているトラヴィスは、ブレーキペダルを思い切り踏みつけ、やや体勢が前のめりになったが、前方の赤ランプがついた信号機に顔を向けたまま、口だけ動かす。
「信号が急に赤になったんだ、大丈夫か」
後部座席で急ブレーキの反動をもろに喰らったカーティスは、何事もなかったかのように上身を起こすと、座席のシートバックに深々と寄りかかった。
「大丈夫だ。ハリケーンに乱暴にアタックしたような素晴らしい安全運転に、感動している」
端正な口元に薄ら笑みを貼りつける。
「そうだな」
トラヴィスも白けた笑みを見せる。
「これで、本物のハリケーンにアタックしても楽勝だな。あなたはとてもラッキーだ」
「ラッキーなのは君の方だ。私はハリケーンのように穏やかな男だからな」
カーティスも含み笑いで応酬する。
FBI本部ビルを出発して、まだ十数分。
車内の空気は、最悪だった。
その日、本部に出勤したトラヴィスは、捜査のパートナーであるミリアムと挨拶を交わしてすぐに上司のパトリックに呼び出され、CIAの任務に同行するよう命令された。
「場所はワシントン郊外だ。君が運転し、彼らと行動を共にするように」
パトリックの傍らには、二人の男がいた。どちらも背が高く、金髪の白人男性である。
ラングレーの連中かと、トラヴィスは軽く観察した。CIAは映画やドラマでもお馴染みの米国諜報機関である。いわゆるスパイ組織だ。FBIと混同されがちだが、司法省に属し法執行機関であるFBIとは全く異なる組織である。米国内で事件の捜査にあたるFBIに対し、CIAは国外での諜報活動が主だ。
「俺たちが必要ということは、イカれた愛国者でも見つけたのか」
CIAが自国民を対象にスパイ活動を行うのは、法律で厳格に禁止されている。国内の安全保障関係はFBIの管轄になるため、トラヴィスはジョークで相手の反応を確かめてみた。
「そうだ」
片方の男はニコリともしなかった。
「イカれた愛国者にインタビューをしに行く。そのために、FBI捜査官が必要だ」
トラヴィスのジョークを口真似て、ちらっと視線を投げた。まるで、明日アメリカはエイリアンに攻撃されますかとでも質問を受けたような素っ気なさだ。
トラヴィスは腰に手をやり、改めてその男を見た。派手な野郎だというのが第一印象だった。真っ先に目を奪うのは、腰まで波打つように伸びて、背中を眩しく覆っている金髪だ。髪形など人それぞれで、トラヴィスも自身のフリーダムな髪の毛に頓着ないが、CIAという秘密組織で、ウェーブがかかった金髪のロングヘアが許されていることに驚いた。しかも顔立ちもスタイルも、普通のスーツを着ているにも関わらず、パリコレのファッションモデルのような華やかなさで、本当に諜報活動の人間なのかと疑うレベルである。もう一人の方は、別段特徴もなく、その辺にいるスーツ姿の白人男性だ。
「トラヴィス、彼らのサポートをするように」
「了解」
トラヴィスは気乗りしなかったが、任務は忠実に遂行することにした。
「俺はトラヴィス・ヴェレッタ。よろしく」
まず華やかな男へ手を差し伸べた。トラヴィスのジョークに反応したということは、この男が立場は上だということだ。
「ああ、よろしくヴェレッタ捜査官。私はカーティス・ミラード。優秀な捜査官が同行してくれることに感謝する」
流れるように話しながら、トラヴィスと軽く握手を交わす。トラヴィスはニヤリと笑った。言葉に含まれた皮肉に気が付かないほど間抜けではない。
「俺が優秀な捜査官かどうかは、これからわかる」
文句があるのかと言外に吹っ掛けると、青い海を映したような男の瞳が、トラヴィスを真正面から見つめ、フッと鼻で笑った。なるほど、馬鹿ではないのだなとでも言いたげに。
ーー嫌味な野郎だな。
トラヴィスはもううんざりしたが、任務に自分の感情など必要ではない。もう一人の男とも握手を交わし、早速目的地へ向かうことにした。だが、本部の車両保管場所にあるシボレー・ザバーバンに乗ったのは、カーティスだけだった。
「彼には他の任務がある」
後部座席のドアを開けながら、カーティスはそう説明した。運転席に乗り込んだトラヴィスは、露骨に眉をひそめてバックミラーに映るカーティスを見た。保管場所へ向かう途中で居なくなったのには気づいたが、いくらCIAでも、FBI本部で不審な行動など取らないだろうと黙っていた。
「職務熱心だな。さすがCIAだ」
おそらくパトリックにも話していないだろうと踏んだ。彼らと行動を共にするようにとの命令だったからだ。くそったれめと胸の中で吐き捨てる。
「君たちFBIと変わりない」
カーティスは涼しい顔をして足を組むと、手にしていたブリーフケースから一冊のファイルを取り出し、ページを開く。
トラヴィスはまるで戦闘体勢に突入したかのように顎を引くと、バックミラーから視線を剥がし、エンジンをかけた。
「OK、俺も職務を遂行する。熱心なCIAを見習ってな」
小さく唸るようなエンジン音が聞こえてくる。
「さすが優秀な捜査官だ」
カーティスはファイルから顔も上げない。
トラヴィスは愉快そうに口笛を吹いた。
「優秀な捜査官かどうかわかるのは、今からだ」
アクセルをゆっくりと踏む。
公道に出ると、シボレー・サバーバンはまるでアクション映画に出演するような運転で走り始めた。
車内の空気は乾燥して、さらに白けきっていたが、カーティスは今回の目的を端的に説明した。
「違法売買で得た利益を、政府が取引を禁止している国へ送付している可能性があるという情報がもたらされた。それを確認しに行く」
「それで?」
トラヴィスはハンドル捌きを通常モードに切り替える。カーティスは同伴するFBI捜査官に、説明責任を果たすつもりはあるようだ。一応は。
両手でハンドルを握っているトラヴィスは、ブレーキペダルを思い切り踏みつけ、やや体勢が前のめりになったが、前方の赤ランプがついた信号機に顔を向けたまま、口だけ動かす。
「信号が急に赤になったんだ、大丈夫か」
後部座席で急ブレーキの反動をもろに喰らったカーティスは、何事もなかったかのように上身を起こすと、座席のシートバックに深々と寄りかかった。
「大丈夫だ。ハリケーンに乱暴にアタックしたような素晴らしい安全運転に、感動している」
端正な口元に薄ら笑みを貼りつける。
「そうだな」
トラヴィスも白けた笑みを見せる。
「これで、本物のハリケーンにアタックしても楽勝だな。あなたはとてもラッキーだ」
「ラッキーなのは君の方だ。私はハリケーンのように穏やかな男だからな」
カーティスも含み笑いで応酬する。
FBI本部ビルを出発して、まだ十数分。
車内の空気は、最悪だった。
その日、本部に出勤したトラヴィスは、捜査のパートナーであるミリアムと挨拶を交わしてすぐに上司のパトリックに呼び出され、CIAの任務に同行するよう命令された。
「場所はワシントン郊外だ。君が運転し、彼らと行動を共にするように」
パトリックの傍らには、二人の男がいた。どちらも背が高く、金髪の白人男性である。
ラングレーの連中かと、トラヴィスは軽く観察した。CIAは映画やドラマでもお馴染みの米国諜報機関である。いわゆるスパイ組織だ。FBIと混同されがちだが、司法省に属し法執行機関であるFBIとは全く異なる組織である。米国内で事件の捜査にあたるFBIに対し、CIAは国外での諜報活動が主だ。
「俺たちが必要ということは、イカれた愛国者でも見つけたのか」
CIAが自国民を対象にスパイ活動を行うのは、法律で厳格に禁止されている。国内の安全保障関係はFBIの管轄になるため、トラヴィスはジョークで相手の反応を確かめてみた。
「そうだ」
片方の男はニコリともしなかった。
「イカれた愛国者にインタビューをしに行く。そのために、FBI捜査官が必要だ」
トラヴィスのジョークを口真似て、ちらっと視線を投げた。まるで、明日アメリカはエイリアンに攻撃されますかとでも質問を受けたような素っ気なさだ。
トラヴィスは腰に手をやり、改めてその男を見た。派手な野郎だというのが第一印象だった。真っ先に目を奪うのは、腰まで波打つように伸びて、背中を眩しく覆っている金髪だ。髪形など人それぞれで、トラヴィスも自身のフリーダムな髪の毛に頓着ないが、CIAという秘密組織で、ウェーブがかかった金髪のロングヘアが許されていることに驚いた。しかも顔立ちもスタイルも、普通のスーツを着ているにも関わらず、パリコレのファッションモデルのような華やかなさで、本当に諜報活動の人間なのかと疑うレベルである。もう一人の方は、別段特徴もなく、その辺にいるスーツ姿の白人男性だ。
「トラヴィス、彼らのサポートをするように」
「了解」
トラヴィスは気乗りしなかったが、任務は忠実に遂行することにした。
「俺はトラヴィス・ヴェレッタ。よろしく」
まず華やかな男へ手を差し伸べた。トラヴィスのジョークに反応したということは、この男が立場は上だということだ。
「ああ、よろしくヴェレッタ捜査官。私はカーティス・ミラード。優秀な捜査官が同行してくれることに感謝する」
流れるように話しながら、トラヴィスと軽く握手を交わす。トラヴィスはニヤリと笑った。言葉に含まれた皮肉に気が付かないほど間抜けではない。
「俺が優秀な捜査官かどうかは、これからわかる」
文句があるのかと言外に吹っ掛けると、青い海を映したような男の瞳が、トラヴィスを真正面から見つめ、フッと鼻で笑った。なるほど、馬鹿ではないのだなとでも言いたげに。
ーー嫌味な野郎だな。
トラヴィスはもううんざりしたが、任務に自分の感情など必要ではない。もう一人の男とも握手を交わし、早速目的地へ向かうことにした。だが、本部の車両保管場所にあるシボレー・ザバーバンに乗ったのは、カーティスだけだった。
「彼には他の任務がある」
後部座席のドアを開けながら、カーティスはそう説明した。運転席に乗り込んだトラヴィスは、露骨に眉をひそめてバックミラーに映るカーティスを見た。保管場所へ向かう途中で居なくなったのには気づいたが、いくらCIAでも、FBI本部で不審な行動など取らないだろうと黙っていた。
「職務熱心だな。さすがCIAだ」
おそらくパトリックにも話していないだろうと踏んだ。彼らと行動を共にするようにとの命令だったからだ。くそったれめと胸の中で吐き捨てる。
「君たちFBIと変わりない」
カーティスは涼しい顔をして足を組むと、手にしていたブリーフケースから一冊のファイルを取り出し、ページを開く。
トラヴィスはまるで戦闘体勢に突入したかのように顎を引くと、バックミラーから視線を剥がし、エンジンをかけた。
「OK、俺も職務を遂行する。熱心なCIAを見習ってな」
小さく唸るようなエンジン音が聞こえてくる。
「さすが優秀な捜査官だ」
カーティスはファイルから顔も上げない。
トラヴィスは愉快そうに口笛を吹いた。
「優秀な捜査官かどうかわかるのは、今からだ」
アクセルをゆっくりと踏む。
公道に出ると、シボレー・サバーバンはまるでアクション映画に出演するような運転で走り始めた。
車内の空気は乾燥して、さらに白けきっていたが、カーティスは今回の目的を端的に説明した。
「違法売買で得た利益を、政府が取引を禁止している国へ送付している可能性があるという情報がもたらされた。それを確認しに行く」
「それで?」
トラヴィスはハンドル捌きを通常モードに切り替える。カーティスは同伴するFBI捜査官に、説明責任を果たすつもりはあるようだ。一応は。



